8話 訓練
カーラさんが用意してくれた部屋には一通りの家具が揃っていた。翌朝起きてみるとハチがスヤスヤと眠っている。
実は昨日の夜にハチは元の姿に戻っていた。だが喜んだのはつかの間で、ハチの巨体では屋敷の中を動き回れなかった。悩んでいると、ハチが自ら魔力を体に纏わせ身体のサイズを小さくしたのには驚いた。
カーラさんの説明によれば、魔力操作で体型を変える事が出来るのは、獣人のごく一部らしい。ハチは伝説の魔獣と呼ばれているので、この位は出来て当たり前だと言っていた。
俺の目覚めに合わせてハチも目を覚ます。ハチは日本にいた時と同じ50cm程度。
昨夜、着替えの無い俺の為にメイドのメイが幾つかの衣装を用意してくれていた。俺はその服に着替え、今日から魔力操作の訓練を開始する。
「おはようハチ。よく眠れたか?」
「ワン!!」
目が合ったハチと元気よく朝の挨拶を交わした後、俺達はリビングへと移動する。今日から始まる魔力操作の修行。ワクワク感が止まらない。
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リビングに向うと、カーラさんがお茶を飲んでいた。テーブルに置かれている食器の状況から既に朝食は済ませているようだ。
「カーラさんお早うございます」
「うむ、昨日はゆっくり眠れたのか?」
「はい、お陰様で。着替えまで用意して貰ってありがとうございます」
「服位で気にするな。朝食を食べたら、魔力操作の訓練を始めようか……。その前に一度お主の魔力残量を見ておいた方がいいな」
簡単な挨拶をするとカーラさんは俺に近づき、額に手を当てた。そして手に温かい魔力を灯して服の上からゆっくりとなぞって行く。
「ふむ、残量が少なくなっておるな。どうやら訓練の前に魔力補給をした方がいいかもしれぬ。銀狼殿、すまぬが魔力を注入してやってくれぬか?」
「ワン!!」
カーラさんの指示を受けて、ハチが元気よく吠えた。
一度魔力注入ってのは受けているのだが、それは俺が眠っていた時の事で、実際に魔力を注入して貰うのは今回が初めてとなる。俺も密かに魔力注入がどんなものかと興味を持っていた。
ハチは体に魔力を纏わせると、少しづつ自分の形を変化させていく。
まさか変身するとは想像しておらず、俺は驚いていた。
「えっ!? ハチその体は!!」
変化する形は直ぐに人だと言うのが解ったが、余りの驚きで言葉が出ない。ハチは可愛い女の子に変わると俺の方をジッと見つめた。
「ハチっ。服を着ろ。前を何か隠してくれ!!」
どうやら変身後の姿は裸体のままで、俺には少々刺激が強い。横を向いて咄嗟に視線を避けたが、脳裏にはハチの裸体が焼き付いていた。
けれどハチは俺の言葉を無視して超至近距離まで近づくと、俺の頬を両手でしっかりと押さえる。まるで万力で締付けられている様な怪力で力を入れてもビクともしない。
「ぐぬぬぬ。ハチィィ……一体何を……」
「ゆーすけ……。今から魔力をあげるね」
「ハチお前喋れるのか!? 何をする……気」
初めて聞いたハチの声は綺麗で可愛らしい声だった。そして必死で逃げようと試みているが、無力だとさとる。そのままハチは俺に口づけを始めた。
「うーーっ!」
俺のファーストキスがまさか飼い犬なんて……。その衝撃は頭を貫き俺の思考を完全に停止させていた。
だがハチの口を伝って、温かい液体の様な物が体に流れて込んでくるのが解る。それはお腹に貯まると体の隅々まで浸透していく。
(これが……魔力)
そして体中に魔力が満ちた時、ハチもゆっくりと俺から離れた。呆然とする俺の前でハチは嬉しそうに人化されていない尻尾を振っていた。
「終わったようじゃな。どうじゃ魔力を注入された感じは?」
終始見ていたカーラさんに尋ねられると俺は恥ずかしさの余りに顔を真赤にさせる。
(おい。今のキスじゃねーかよ。俺の初キッスが……ハチだって!? マジで泣けてきた)
「カーラさん! 魔力の注入には他の方法は無いのですか!!」
こんな事をずっと続ける訳には行かない!! 俺が混乱しながら尋ねてみたが、カーラさんは即答だった。
「ないな!!」
ガックリと肩を落として俺はもう一度ハチに視線を送り、両手で頭を抱えて自分の無力を嘆いていた。
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今は屋敷から出た中庭で魔力操作の講義を受けていた。俺の前でカーラさんが魔力の説明と基本的な利用方法である。今は身体強化について喋っている。
「説明はこれまでじゃ。お主は今朝、魔力を感じ取れたと言っておったな? ならば後は簡単じゃ。魔力が体中から出ておるのがわかるじゃろ? その魔力の量を調整すればいい」
「調整すればって言われても……。どうやって?」
「そうじゃな……。 うむハッキリ言って解らん! ワシ達の場合は体の中から常時魔力が作り出されておるから、意識して調整する必要が無いのじゃ。ワシが知っておるのは原理だけじゃ。お主が色々と試す方が早いじゃろう」
そう告げたカーラさんは、用事があると言って家の中へと帰っていった。残された俺は仕方なく試行錯誤を試してみる。
「えっと、カーラさんが言うには魔力の圧力を操作して量を減らすと……」
取り敢えずはもう一度体内の魔力を確認してみると体の中に魔力が溜まっているのが認識できた。
「よし、次は魔力が自然と体の外に出ている状況を確認だ」
意識を温かい魔力に集中させ、その流れを感じ取って行くと、魔力は体中をグルグルと巡りながら、毛穴から汗がでる感じで、体外へとあふれ出していた。
(なるほど……。これの事か!?)
魔力が放出されている状態を理解すると、次はこの放出状態を調整してみる。
(調整って言ってもな……。どうやるんだ? 毛穴を閉める感じ?)
一人でブツブツと試行錯誤を繰り返している姿は、他人が見れば変人だと思うだろう。幸い俺の側にはハチしかおらず。ハチは中型犬に戻り楽しそうに俺の周りをクルクルと回って一人遊びをしている。
少女の姿はまだ歩行にも慣れていないらしく、動き辛いので犬型が好きだと言っていた。
「おっ!! 出来たぞ。やっぱりこうやるのか」
魔力放出を抑制する方法は意外と簡単で、想像通り毛穴を閉める体に魔力を閉じ込めるイメージで調整する事ができた。
「これで、少しはマシになったか? そうだ魔力を全部、体の中に閉じ込め続けたらどうなるんだ?」
推測と実証は祐介がずっとやってきた事で、思いついたら挑戦せずにはいられない。祐介が魔力の放出を止めてみると、魔力は体内を循環して行く事がわかった。
けれど大気の魔素に皮膚をやられて、気分が悪くなってくる。
「駄目だ。駄目だ。魔力は必要量を体外に放出して、体の保護に使わないと」
それから数時間を掛けて最適な放出量を割り出す。次に取り掛かるのは魔力を使った身体強化だ。
カーラさんが教えてくれた方法は魔力を体の体中に巡らせ、筋肉と同化させるイメージ。
「よし、一丁やってみるか!?」
放出魔力量を適量に保ちながら、体内に貯蔵している魔力を循環させる。次に筋肉と同一に馴染むイメージを意識していく。
時間を掛けて一工程つづ丁寧に重ねていくと、フッと体の体重が軽くなった気になる。その場でジャンプしてみると軽々と2m程度飛び上がっていた。
「うおぁっ。これが身体強化か!! すっげー!!」
自分自身の余りの変わり様に驚きと興奮が入り乱れる。テンションは瞬時にマックスとなり、敷地の中を走り出した。
「ハチ、追いかけっこだ。付いてこいよ」
「ワン。ワン」
ハチも俺の後を嬉しそうに追いかけてきた。体感で言えばバイクで走っている位の速度だろうか? 中庭に作られている幅2.0m位の花壇も軽々と飛び越える。
「こりゃスゲー。オリンピック選手になった気分だ」
敷地内を何周かした後、一度休憩を取る。しかし俺は既に違う事を考えていた。
「身体強化も調整出来ないのか?」
そう出力を上げたり抑えたり。そんな感じで調整出来ないかとつい考えてしまった。ここで悪い虫が出てしまい。昼食も食べずに俺は身体強化の改良に着手してしまう。