6話 目覚め
悪夢にうなされ目を覚ますと、昨日の苦しみや気怠さが嘘のようになくなっていた。自分の体調の回復に驚きをみせたが、意識を周囲に移し驚く事となる。
(ここは何処だ? 俺はハチと森にいた筈なんだが? それに……)
「ハチ!? ハチ! 何処なんだ!!」
いつも側にいてくれたハチの姿が見当たらない。
即座ににじみ出す冷や汗が額にあふれ頬を伝う。
異世界に飛ばされてから、共に居るはずのハチが居ない事で心配が募り周囲をキョロキョロと見渡した。
しかしハチの姿は何処にも無い。しかし太ももの上に小さな重みを感じる。視線を向けてみるとそこには白い毛をした子犬がスヤスヤと眠っていた。
「なんで子犬が俺の上に? でも何処かで見たことが有るような……?」
俺が記憶の引き出しを引き出そうとしていると、部屋のドアが開かれ一人の巨体な身体をした男が入ってきた。その男の側頭部からは2本の角が生えている。
見知らぬその男を見たその瞬間、俺は身構え足先から指先まで神経を研ぎ澄ます。最悪の場合は逃げ出す必要があるからだ。
「……」
どう接すればいいのか解らず固まり言葉に詰まっていると、男の方から話しかけてきた。
「そう警戒するなって、俺は敵じゃない。俺の名はガラン。お前さん体調はもう大丈夫なのか?」
ニカっと笑みを浮かべて、そう問いかけるその雰囲気は確かに敵対している物ではない。
そう感じると警戒を一段階下げ、強張った筋肉から力を抜いた。
ならば次は俺が此処にいる理由、それにハチの居所を聴きたいと思う。
「ガランさん、助けて貰ったみたいで有難うございます。今の状況が掴めなくて……。どうして俺は此処にいるんですか?」
「そうだな、お前からしたら、その質問は当然だろうなぁ。何処から説明すれば良いんだが……。俺はまどろっこしい事は嫌いだ。簡単に言うとだな、昨日の夜に銀狼がお前の病気を治せと此処へに来たんだよ」
「ハチが俺の為に……」
この場所が俺とハチがいた場所からどれだけ離れているのかは解らない。けれど俺の事を想って行動してくれた……。信頼する者が自分の為に行動してくれた事が何よりも嬉しく感じた。
「それじゃ、ハチは何処に?」
ハチに会いたいと強くそう想う。もし目の前に居れば飛びついて強く抱きしてめている所だ。
「ハチ? 何だそれは? もしかして銀狼の名前か?」
「たぶん、ガランさんが言っている銀狼の名前。それがハチです。それでハチは何処にいるんです?」
男は腕組みしたまま、肩を震わせクックックと笑い出す。そして俺の膝の上でスヤスヤと眠る子犬を指差していた。
「そいつだよ。そのちっちゃいのが銀狼だ。まぁお前が眠っている間に色々あってな、結果こんな姿になってるって訳だ。でも心配するなよ。カーラが言うには時間が経てば元の姿に戻るって言っていたからな」
カッカッカと大げさに笑い。男は俺に近づいてきた。
「よう。病み上がりで腹減ってるだろ? まずは飯を喰え。その後此処であった事を全て話してやる」
確かに飯の言葉にお腹が反応し、ギュルルと音を立てる。俺は彼の提案を受け入れた。
膝の上で未だに眠る子犬を見返すと確かに産まれて間もない頃のハチにソックリだ。
「ハチありがとうな」
感謝を伝え、俺はそっとハチを抱きかかえて起こさない様に注意しながらベッドから立ち上がる。
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食事を取りながらガランさんから聞いた話しは俺を驚愕させる内容だった。小さくなったハチも俺の足元でお皿に盛られた動物の肉をガツガツと食べている。
「砦に殴り込みを掛けて、兵士さんと大立ち回りをしたって!?」
「おう、俺達の完敗だったんだがな」
「ホントすみません!!」
食器が並ぶテーブルに額を擦りつけ、飼い主の責任として俺はハチの暴挙に謝りをいれた。ガランも突然俺が取った行動に驚いている。
「気にするなって、強者が弱者に命令する。別におかしい所はないだろう」
俺はキリっとハチを睨みつける。ハチも俺の目をみて怒っている事を察したんだろう。ビクンっと体を震わせた後、固まりだした。
「ハチィィッ!! いつも言っているだろ? 他人の人に迷惑を掛けたら駄目だって!!」
俺は大きな声でハチを叱る。ハチはブルブルと震わし身を縮ませた。
「クゥーン……」
その様子を見ていたガランが腹を抱えて笑い出す。
「アーハハハッ! あの銀狼が叱られて、震えるなんて……。俺は夢でも見ているのか? 信じられねぇ~」
ハチは俺にビビり固まったままだ、もっと怒っても良かったのだが、それはガランさんに止められる。
「お前さん……。いや祐介だったな。祐介を守るために銀狼も必死だったんだ。許してやんな。俺達の被害も殆ど無いしな」
「本当にすみません」
日本人体質全力で自分が悪ければしっかりと謝る。それは親父が口を酸っぱくして何時も言っていた事だ。
今回はガランさんの許しも出た事でハチをゆるしてやり、今度は膝の上で抱きかかえて頭を撫でてやる。アメとムチの使い分けじゃないが、今までも怒った後はこうやって慰めてやっている。
そのお陰でハチの機嫌も直ぐに治っていた。
その後、全ての料理を食べながら、ハチが俺に魔力を与えてくれて小さくなった事を聞く。
(ハチが俺のために…… 本当に感謝しても仕切れないよな)
「ハチありがとうな。お前のお陰で俺は生きているんだな」
「アンッ。アンッ」
子犬状態のハチは誇らしげに可愛らしい声で返事を返してくれた。
すると、正面に座るガランさんが俺が次にやるべき事を告げる。
「よし飯も食べた事だ。祐介にはこの後、カーラの屋敷に行って貰いたい」
「カーラさん? その方はどういう……」
「カーラはお前の病気を見てくれた魔道士だ。祐介は身体に問題があってな、その事でカーラが話があるらしく、起きたら屋敷に呼べと言っていた」
俺を助けてくれた人。これは直接会ってお礼を言わなければ行けない。
2つ返事でカーラさんの所へ向う事を告げると、ガランさんは空を飛べる飛翔隊を手配してくれた。
空を飛ぶ事が出来る彼等の籠に乗れば、空を飛んでカーラさんの元へと連れて行ってくれるとの事。
ハチはまだ小さいままなので、俺の膝の上にチョコンと座り、その日の昼過ぎには砦からカーラさんの屋敷へと向う。
「空を飛ぶって気持ちいいよな~ そう思うだろハチ」
「アンッ」
高度は100mを越え、上空の風に載って高速で移動を始めた。俺は日本でも体験した事の無い空の旅を満喫する。眼下には広大な森が広がり俺達がいた場所がまだ森の入口部分だった事が見て取れる。
この森を抜けるには徒歩だと1週間以上かかりそうだ。
暫くの間、森の景色を眺めていると森を抜け、その先には家屋が密集している平地が見える。
「あれが魔族の人達が住む場所……」
「銀狼殿、もう少しでカーラ様の屋敷に着きます」
しかし飛翔隊は街の方にはには向かわず、街から離れた森の直ぐ側にある平地へと降下していく、降下地点にはひっそりと建てられた木造の大きな家屋が見えた。
「あれがカーラさんの家かな? 一体どんな人だろう……それに俺の身体の問題って……。」
一抹の不安を覚えながらも俺とハチはカーラさんの家へと降り立った。