5話 治療
祐介が部屋に運ばれて2時間後、空を飛べる者達で結成された飛翔隊が一人の女性を砦へと連れ帰ってきた。ガランは自ら出迎える為に砦の中庭で待っていた。
飛翔体が担ぐ籠から出てきたのは魔族の中でも1、2を争う魔法の実力者。
彼女の名前はカーラ。
25歳前後の見た目美しい女性だが、長寿のエルフで実際の年齢は100歳を越える。金髪の長髪と長い耳を持っていた。睡眠を大切にするカーラは夜に無理やり連れて来られて少々……いや、かなり機嫌が悪い。
「ガランよ。どういう事か説明して貰おうか。こんな夜更けに無理やり連れてきおって! もし下らない用件だった場合は覚悟しておくんじゃな」
腕を組み睨みつけながら、憤慨した様子で語尾を強めてカーラは言い放つ。強者が多い魔族でトップレベルの魔法使いの彼女に睨まれれば、大概の者は怯え竦んでしまう。けれどガランはその怒りすら気づいていない様子で話を進めてだした。
「下らない用件って訳じゃない。別の意味で言えば国の運命も左右されるかもしれん。
簡単に言えば用件とは人間を一人治して貰いたい。兵士の俺達には手の余る病状なんだよ」
そう言いながらカーラを部屋に案内する。ガランはカーラの口撃など効いていないとばかりに、一人でスタスタと目的の部屋へと歩き出した。カーラも仕方なくその後を追う。
「人間じゃと? 何故、人間などを治さねばならぬのじゃ?」
「それは…… まぁ……なんだ俺達の命が掛かっているからな。取り敢えず部屋に入れば全て理解する」
困った様子でぶっきら棒にそう言い放ちガランは祐介が眠る部屋のドアを開く。部屋の中を見たカーラは目を見開き暫し言葉を失う。そして絞り出す様に呟いた。
「ぎっ銀狼じゃと…… 馬鹿な。先の大戦で死ぬ所をワシはこの目で見たんだぞ」
ハチは魔力を使い自身の身体のサイズを一回り小さくしていた。これは身体強化の魔法と源流は近い。
「やっぱり、銀狼で間違いないか! 先の大戦に参加していたカーラが言うなら間違いない。そう銀狼が突然砦にやって来て人間を治せと言ってきたんだよ。それで治せなければ俺達の命がないって言う訳だ。おれも銀狼だと思ったんだが、いかんせん産まれる前の話しだもんな。子孫とかじゃないのか?」
ガランは自分の予想が正しかった事が嬉しくて柏手をたたく。そして一度死を覚悟しただけあって、どうとでもなれとお気楽な冗談交じりに経緯の説明を始める。
カーラは大きくため息をつき、額に手を当てた。貧乏くじを引かされた腹立たしさがにじみ出ている。
「まぁ…… 状況は解った。仕方ない! 今回は特別にその人間とやらを見てやろう。もし死なせてしまえば、今ここに居る私の命も無いと言う事なのだろう? 全くお前と言う奴は、難題ばかり持ってきおって」
カーラは憤慨しながらもベッドの側によると祐介の状態の確認を始めた。両手に魔力を纏わせ祐介の体を触りながら調べ上げている。
「ふむ、黒色に染まった身体…… これは魔素にやられておるな。と言う事は魔力器官が損傷している可能性が……」
突然カーラの表情が険しいものへと変わり、顎に指を当ててブツブツ独り言を言い始める。
次に額に大粒の汗を流しながら自身の両手に大量の魔力を纏わせ祐介の身体をなぞっていく。その結果祐介の身体全体が薄っすらと輝き出した。
けれどカーラの表情は時間が経過するにつれて険しさを増して行く。
「ふぅ~ もう、これ以上はワシも限界じゃな」
カーラがそう呟き出した頃にはベッドに眠る祐介の顔色は少し赤みが戻っている事に気づく。
「状況を説明するぞ。銀狼よ……。 この人間はこのままでは、後数時間も絶たずに死ぬだろう」
「グルルルゥ!!」
その一言だけで、ハチの表情が激変し犬歯を見せて威嚇をはじめる。足元からは魔力が立ち上がりはじめる。
「銀狼よ。お主は意外と短気であったのか、まぁ話は最後まで聞け。その理由はこの人間は魔力を持っていないからじゃ」
「魔力が無い? そんなやつがいるのか?」
ハチの隣で様子を見ていたガラドが驚愕の表情をしていた。この世界に産まれた者は全て魔力器官といって体内で魔力を作り出す事ができる。
「偶に産まれる事もあると聞いた事はあるが、もし産まれても直ぐに魔素にやられて死んでしまうじゃろう。だからここ迄成長している事自体が不思議ではあるのじゃが……。とりあえず、その件はどうでもいい。
次にこの人間を生かす為には魔力を注ぐ必要がある。魔力を注いでやると体に魔力が染み渡り魔素から体を守ってくれる。
生きている物は全員、魔力器官によって自身で魔力を作れるから問題ないのじゃが此奴の場合だけはずっと誰かが魔力を注ぎ続ける必要があると言うわけじゃな」
ガラドもまさかの結果に驚きを隠せないでいた。しかしこの人間を救わなければ砦にいる者の命に関わるかもしれない。
「それじゃあよ。魔力が高い兵士を数名つれてくるからそいつらに……」
「待つのじゃガランよ。今ワシが全力で人間に魔力を注いでみたが、まだまだ足りんようじゃ。その辺にいる者が何人集まっても足らないじゃろうて。それでじゃ……」
カーラはハチを見つめて問いかけた。
「この人間は銀狼が連れてきたのじゃろ? ならば銀狼! 大量の魔力を持つお主が魔力を注げばよい。そうすればこの人間も生きながらえる事ができるじゃろう」
ハチはコクンと頷く。けれど魔力の注ぎ方が解らない。
ハチは見よう見まねでベッドの方へ一歩前に前進すると、カーラが魔力を当てていた事を真似て大量の魔力を放出させ眠っている祐介に当てだした。
けれど、カーラの時とは違い祐介の身体に光が纏わない。ハチはカーラとの違いに苛立ちを覚える。他人の方が祐介の力になっている。その事実はハチにとって何物にも耐え難い屈辱であった。焦るようにハチは魔力の放出量を上げていく。
その様子を見ていたカーラがハチに声を掛けた。
「銀狼よ。魔力を与える場合は、ただ放出した魔力を当てるだけでは意味がない。ちゃんと器官から注入してやらねば効率が悪いのじゃ。魔力をコントロールして鼻や耳など身体の内部と通じる場所から送る事が大事なのじゃ」
「ガウ……」
アドバイスを受けたハチは、眼下で苦しんでいる祐介の為に彼女の指示に従う事に決めた。
だが必死で魔力を祐介の器官へと送ろうと試してみるが、彼女もまた異世界に来て日が浅い事で魔力操作が上手く行かなかった。
「クゥーン」
自分では祐介の力になれない。
その事実がハチに重くのしかかる。ハチの瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。それは頬を伝い眠っている祐介の手の平へとポツリと落ちる。
「ハチ…… 俺は大丈夫だ……から」
祐介がうなされならがら、そう呟いた。その言葉を聞いたハチはまた涙を流し祐介の頬を優しく舐めて自身の不甲斐なさを謝っていた。
「もう、見ておれんな……」
後ろで見ていたカーラはそう言うとハチの側へと進む。ハチは自分では祐介の力になれないと悟り、仕方なく、一歩後ろへ下がった。
「銀狼よ。何故お主が下がるのじゃ? この人間を助けられる程の魔力を持っておるのは者はお主しか居るまい」
カーラの言葉はハチにとって衝撃を与える。けれど幾ら魔力を送っても自分では祐介を楽にさせられない事は実証されている。
ハチは首を左右に振ると悲しそうにカーラを見つめた。
「魔力操作が苦手なら、直接放り込めばよかろう。銀狼よ先ずは人化をするのじゃ」
人化と言われたが、ハチにとってその言葉は理解出来ない。
「ガウ?」
「なんじゃ、人化は出来ぬのか? ふむ……いやそんな訳は無いはずじゃ、先の大戦、お主の先祖は人化もしておるのをワシはこの目で見ておる。お主にも出来るはずじゃ。此奴を助ける為に試してみんか?」
そしてカーラは人化とはどう言う事かハチに説明を行った。
人化……。要するに祐介と同じ姿になればいい。簡潔に悟ったハチは祐介の為に自身の願いを魔力に載せる。
すると足元から魔力が立ち上がり、嵐の様に自身を包む。手や足など全ての部位に魔力が行き渡ると、ハチの身体が少しづつ変化して行く事を感じる。
願いはたった1つ祐介の為に……。
その後、魔力の嵐が収まった中には一人の美少女が立っていた。腰まで伸びた銀色の髪と透き通る程の白い肌。目は赤く大きな目をしている。頭にはツンと尖った耳、お尻には長い尻尾が生えていた。
ハチも自身の変化に驚き、手をマジマジと見つめていた。
「俺達の獣化とは逆の発想……」
ガランは真剣な顔でそう呟く。
「やれば出来るではないか! ではお主の口から直接、人間の口へと魔力を注ぎ込むのじゃ。そうすれば確実に魔力を注入出来るぞ」
カーラは助言だけ与えると、後ろでジッと見ている。ガランの横へ戻っていった。
「祐介……は私が助ける」
ハチはベッドに眠る祐介を見つめながら呟く。一歩前に進むと、なれない2本足歩行でバランスを崩し転んだ。
けれどすぐに立ち上がり、よろけながらもベッドに手を掛けて必死で側にたどり着く。目の前には祐介が眠っている。砦に来た時より顔色は良くなってはいるが、まだまだ苦しそうだった。
(早く助けたい)
その想いを抱き、ハチは自分の唇を祐介の唇へと優しく重ねた。
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祐介の症状が改善した事を確認したカーラはホッと息を吐く。
ベッドには顔色が戻った祐介とその横で子犬が一匹スヤスヤと眠っていた。
「おい、銀狼が子犬になっちまったぞ。こりゃ一体……?」
「まぁ予想じゃが、大量の魔力を与えすぎた事が原因なんじゃろう。どうじゃ? 今なら銀狼を仕留める事が出来るかもしれんぞ」
カーラはイタズラっぽくガランにそう問いかけた。
「ふん。寝首をかく程、俺は卑怯者じゃない。それに銀狼には全力をぶつけて一度負かされてるんでね。敗者は大人しくしとくさ。ところでカーラよ。今日の礼で秘蔵の酒を馳走しよう……朝まで付き合ってもらうぞ」
「まぁ、仕方ない……。今日だけはつきやってやろう」
笑顔を浮かべながらガランとカーラは部屋から静かに出ていった。