4話 魔族の砦
大森林の中には幾つかの砦が造られていた。
この森は人間と魔族の境界線となっており、砦を建てていたのは魔族側ある。大森林を抜けると魔族達の国。その国には多くの魔族達が住んでいた。
この世界の人間が呼ぶ魔族とは、自分達の以外の種族の事を言う。魔族は数多くの種族が存在していた。
美しい容姿と強い魔力をもつエルフや、強靭な肉体と優れた身体能力を持つ獣人、手先が器用で様々な武具を作るドワーフなどと、種類は多い。
なので種族によっては力の弱い弱者も数多く存在する。
けれど平均的に見れば人間と比べ能力は魔族の方が格段に高い。けれど生殖能力は人間に大きく劣り数は少なかった。数の人間と力の魔族と言った所だろう。
魔獣には知性が無く、本能のみで獲物を喰らう。
魔族と言えども魔獣に襲われる事がある。その為、砦にいる魔族の兵士達の仕事と言えば魔獣が増え過ぎない為の間引きであった。
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深夜に鳴り響く獣の遠吠えを聞いた夜兵はブルブルを身震いをする。これ程の大きな声は聴いたことが無かったからだ。
「おい、今の声…………」
「あぁ、俺にも聞こえた。かなり大型の魔獣だな。だが声の響き方からして近くには居ない。まぁここには来ないさ。もし来てもガラン隊長もいるし安全だろう」
コンビを組んで警戒任務に当たっていた兵士達はそう話し合う。けれどその楽観的な考えはすぐに消し飛ぶ事となった。
最初に気づいたのは高倉から周囲を警戒していた夜目に強い獣人の兵士。
「あれは何だ!! 何か巨大な魔獣が砦に突っ込んで来るぞ! 門兵は退避-!!」
緊急事態を知らせる鐘を鳴らし、高倉から大声で危険を伝えた。
門兵は前方の闇へと目を凝らし視線を向けると、次第に見えてくる白銀の巨狼の姿を見つけて驚愕な表情を浮かべてながら門の前から逃げ出す。
「逃げろ。逃げろ。魔獣が突っ込んでくるぞ!!」
兵士達が驚くのも無理は無い。これ程大きな魔獣はこの森には生息していないからだ。
「魔獣だ! 大型の魔獣が現れたぞ!」
突然の緊急事態で砦の兵士の表情に焦りが見える。しかも相手は大型の魔獣とあって悲観な表情を浮かべる者が多い。
「早く武器を取れ、陣形を整えるんだ」
緊急事態を知らせる鐘を聞いた、宿舎で休む他の兵士達も武器を手に取り門の前に集まってきた。
銀狼は砦の高い塀の前で急ブレーキを掛けると、周囲をクルリと回る。そして分厚い木を何枚も重ねて造られた門の前で立ち止まる。
次に前脚の爪で扉をなぎ払い、軽々と大きな門を引き裂いて敷地の中へと侵入していく。
「うそだろ……おい!」
その光景をみていた兵士達が驚きの言葉をあげる。
ズドンと鈍い音を立てながら崩れる門の正面には既に兵士達も集まっており、銀狼を扇状に取り囲んだ。
銀狼は砦の中へゆっくりと入ると数m程進んでピタリと歩みを止める。
「グルルル……」
少し唸り声を出しただけだが、その圧倒的な威圧感で体中がガクガクと震える。自分達より数倍大きい魔獣がほんの数m先にいる状況で仕方ない事だろう。兵士達は気持ちが折れそうになっているのを必死で歯を食いしばりながら、銀狼との距離を一定で保つ。
銀狼は砦の中へ入ってきてから一向に動こうとはしない。兵士達も迂闊に手を出す事が出来ずに、砦の中は重苦しい空気に包まれた。けれど極限の緊張感に耐えきれず1人の兵士が奇声を上げながら、銀狼へと斬り掛かかる。
銀狼は前脚を軽く上げて兵士の前に振り落とす。その動きで舞い上がった凄まじい風圧で兵士の男は後方へとふっ飛ばされてしまう。
「近づくのは危険だぞ。魔法だ! 遠距離攻撃が出来る者は一斉に打ち込めー!!」
先程の交防が動きがきっかけとなり、兵士達が攻撃へと行動を移した。
兵士は最初から全力で魔力をぶつける。多方向から同時に打ち込まれる炎や氷の玉などの攻撃は死角など存在しない程であった。けれど銀狼は口を大きく開き、息を吸い込むと巨大な炎を吹き出した。その威力は凄まじく、兵士達の魔法攻撃は全て空中で無効化されていく。
兵士達にとってその光景は絶望としか言えなかった。膝を付いて呆然とする者や後方へと逃げようとする兵士が続出する。
「も、もぅ駄目だ」
「俺達は全員殺されるぅぅ」
観念した言葉がこぼれだした時、後方から大柄の男が近づいて来た。その男は頭に2本の角を生やした筋骨隆々の体格をしており手には大きな斧を持っていた。
彼を見て全ての兵士達は安堵の表情を浮かべる。
「どうゆう状況だ。被害状況を報告せよ」
「ガラン隊長。現在敷地に侵入した大型の魔獣を取り囲んでいますが、我々には手も足も出ない程に強力です」
「チッ。敷地に入られたのか!? それで何人やられた?」
「負傷者はいません。魔獣は敷地に入ったきり、襲ってくる気配がありません……。 此方から一度攻撃を仕掛けましたが、無効化されてしまいました」
「襲って来ない…… それはどういう事だ? 魔獣なら見境なく襲ってくるだろう」
ガランは兵士達を掛け分け、先頭へと躍り出る。そこで見たのは長く美しい銀髪を靡かせた一匹の巨大な狼の姿。ガランにはこの魔獣に心当たりがあった。
「巨大な銀色の狼だと!? おいおい、まさかこいつは銀狼……。 いや銀狼は先代の魔王様が片腕と引き換えに殺したと聞いた。ならば此奴は銀狼の末裔か……? その銀狼がどうして、こんな砦に現れた?」
驚きと、困惑を混じらせた顔を見せたガランではあったが、警戒だけは解いていない。
警戒は解かずにもう一度、銀狼の様子をガランは見つめた。
「ふぅ。80年前に先代の魔王と戦ったと言われている伝説の銀狼。その姿は巨大で美しく、更に強さは魔王様と同等。本来なら誰に与する事も無い孤高の魔獣。けれど先の大戦時、人間側に力を貸し魔族側と激しい戦闘を繰り広げた伝説が目の前に……」
ガランは大きく息を吸うと、斧を持つ手に力を込める。そして大声で兵士達へ指示を出した。
「総員退避だ。俺が時間を稼いでいる間に国に戻り銀狼が現れたと報告せよ」
そして体中からありったけの魔力を放出させ、身体強化を行う。その瞳は自暴自棄になった物ではなく、覚悟が込められていた。
「相手は伝説の銀狼、さて俺の攻撃が何処まで通用するのか……。 俺の名は一番隊隊長ガラン! 銀狼、お前の相手は俺がしてやる覚悟しろ!!」
ガランはそう叫ぶとハチに目掛けて全速力で突進を開始する。大量の魔力で身体強化されたその動きは素速くその力は巨大な斧を軽々と振り回している。そして斧の間合いに入ると、ハチの額目掛けてただ一心に叩きつけた。
「喰らえ!!」
しかしガランの攻撃は手応えや逆に魔獣の反撃も感じる事は無く空振りしてしまう。驚いた事に手に持っていた斧の重さも感じなくなっていたからだ。
ガランが視線を斧に向けると、鋼鉄製の斧が途中で切断された跡が見て取れた。ガラドの攻撃は銀狼にとって何の脅威にもなっていないと言う事になる。
「ここまで圧倒的だとは…… これは俺の命もここまでだな。まぁ最後に戦った相手が伝説の銀狼なら本望だ……」
ガランは覚悟を決めて潔く瞳を閉じた。しかし止めの一撃はいくら待っても訪れる事は無い。
不思議に思い閉じていた瞳を開くと、赤い瞳で見つめる銀狼の姿があった。
その瞳は何か訴えている……。ガランな何故かそう感じた。
「俺を殺さないのか?」
ガランが尋ねると銀狼は一度だけ頷く。ガランは銀狼が頷いた事に少し驚く、魔獣が返事を返すと言う事など前代未聞だからだ。けれど相手は伝説の魔獣。言葉を理解していても不思議ではないと思い直す。
「それじゃ、何をやりに来たんだ? 一体、何が目的だ?」
すると銀狼はゆっくりとガランに近づき、尻尾で守っていた人間の少年をそっと地面に置く。そしてペロペロと頬を舐めて見せた。
「こいつは……人間? まさかこの人間を助けろと言うのか?」
銀狼は再び頷き答えを肯定させる。
(80年前、人間に味方した銀狼…… 人間と銀狼の間に何が?)
ガランの好奇心が自身の命と引き換えに一度だけ天秤に掛ける事を選択させた。
「もしも、嫌だと言ったらどうする?」
その瞬間、銀狼の目は強烈に釣り上がり鋭い牙で威嚇する。足元から嵐の様な魔力を撒き散らし周囲の小屋を大きく揺さぶり始めた。そして空に向かって極大の炎柱を吐き出してみせる。
(これはもう、言う事を聞く以外生き残る道はないな……)
「解った。必ずその人間を助けると俺が約束しよう!」
ガランがそう告げると、銀狼は怒りを収め再び少年の頬を舐めだした。
ガランは少年に近づき状態を確認する。顔色は黒く変色しており、変色は体全体にまで進んでいる。
「こりゃ、ここに居る者たちだけじゃ手に負えないな……」
そう呟くと背後に振り返り、様子を伺っていた兵士達に素早く指示を飛ばす。
「飛翔隊は今から全力で国へ戻り、緊急事態だと報告を入れ魔導師カーラを連れてくるんだ。次に氷魔法が扱える物は直ぐに氷を大量に作れ。今から人間の熱を冷やす。全員解っていると思うが、この人間が死ねば俺達の命も無いと思え!!」
「「ハッ!」」
一連の流れを見ていた全兵士たちが即座に動き出す。ガランは少年を抱きかかえると兵士達が準備している部屋へと運びはじめる。
銀狼はその後を心配そうについて行く。