3話 目標
眠っていた俺の頬を太陽の光が照らし、意識が覚醒にむかう。
すると頬に湿り気のおびたザラザラした気持ち悪い感触を感じる。相当疲れが貯まって居たのだろう、重いまぶたを必死で開いてみると目の前には大きく長い舌で俺の顔を舐め回すハチの姿があった。
「うわぁぁぁ! ちょっとハチ。舐めるな! やめろ、止めてくれ!!」
「ガウ?」
首を傾げ何が悪いのと言わんばかりの表情を見せたハチから俺は飛び跳ねる様に逃げ出した。
俺の顔はハチのよだれでベトベトになり、着ていたシャツで拭き取る。
「クゥーン」
ハチは俺が嫌がっていた事を知ると、肩を落としシュンとなりながら舐めるのをやめ地に伏せた。
ちょっと……言いすぎたか?
この世界で唯一の家族と言ってもいい。ハチに悪い事をしたと、少し反省して機嫌をとってみる。
「ハチ、俺は怒っていないから、落ち込むなよ」
頭を撫でてやり、顎の下の柔らかい部分をさする。
「ワン。ワン」
するとすぐにハチがハッハッと息を吐き出し尻尾をブンブン振り回す。巨大なだけあって尻尾を振っているだけなのに凄い風圧だった……。
明るい場所でハチをよく見てみると、巨大化したと言っても均等のとれた躯体を持ち長く強靭な銀色の毛は汚れ一つ付いていない。下から見上げると嬉しそうにスリスリと頬を寄せてくる。
もっと撫でてくれと言わんばかりだ。
ハチは大きいままかぁ……こりゃ夢じゃないのは確かだな。やっぱ覚悟をするしかないのか……。
まずは落ち着いて状況判断。
1度大きく深呼吸を行い周囲に視線を移すと、アマゾンの熱帯雨林を彷彿させえる何処までも続く森が広がっていた。
日本では生息しない1mを超える花が咲き乱れ、世界中のどの映像でも見たことが無い……。
ビルの様に高い巨大な巨木が所狭しと生えている。
次に気付いた事は足元はふかふかの腐葉土が溜まっていた事だ。頻繁に人が通る場所はもっと地盤は固く締め固められている筈……。これでこの森にあまり人が踏み入れない無い事が解った。
「あぁぁ。ちくしょう…… これから俺はどうすればいいんだよ?」
状況が解ったと言っても助かる訳でもなく、ただ周囲の様子が解っただけ。
落ち着く所か更に不安が募り途方にくれる。地面に尻を付き膝を抱えて、地面に意味不明な絵を掻きながらしょぼくれる。
そんな俺を気遣ってか? ハチは恋人の様にピタリと側に寄り添う。何をしてくる訳では無いがハチのやさしい気持ちが活力に変わる気がする。
「お前は励ましてくれているのか?」
「クゥーン。」
「そうだな…… ここが地球だろうが、異世界だろうか生きていかないとな! 俺もまだ死にたくないから絶対に2人で日本へ帰ろう! ハチも力を貸してくれよ。ついでに俺達をここへ呼んだあの偉そうな奴にも仕返ししないとな」
「ワン。ワン!」
言葉に出してみると、少し気力がわいてくる。兎に角先ずは生きる事が先決だ。
グゥ~
生きることを決めてると腹が減って来た事に気づく。
俺の身体も生きたいと言っている。
今思えば、昨日の昼食以降何も食べていなく、このまま何も食べなければ直ぐに死んでしまう。そう考え直した俺は取り敢えずハチと共に食料を探す事を決めた。
「よし! ハチ食料を探しにいこう」
「ワン!!」
俺はふと違和感に気付く。今までは劇的な事ばかり起こっていたので、気付かなかった些細な事。
「ハチ、お前ってやたらいい返事をするんだよな? 森の中を移動する時は背中に載ってもいいか?」
「ワン。ワン」
半分冗談で言っただけだったのだが、ハチは巨大な体をペタリと地に付けて俺が背中に登りやすい体勢をとっていた。
まさか……?
「もしかしてお前、本当に俺の言っている事解るのか?」
「ワン」
本当かよ? 半信半疑で俺はもう一度だけ指示を出してみる。
「それじゃハチ。目の前の大木の周りを2週回ってから俺の前でお座りをするんだぞ」
「ワン!!」
ハチは元気良く返事をすると大木の周囲を2周回り指示通りに俺の前でお座りをした。そして褒めて褒めてと頭を差し出す。
「マジかよ……」
此処は日本では無く俺の知らない世界。現にハチもあり得ない程大きくなっている。例えどんな事が起こっても不思議では無い。
俺は頭がおかしくなる前に、ここは異世界なんだ何でもアリなんだ。と無理やり結論づける他なかった。
結果的には能力に優れ信頼出来るハチとコミュニケーションが取れると言う事は俺が生きる上で大きな力となってくれる。
「さっきよりもお腹が減ってきて死にそう…… 早く何か食べないと」
今は深く考える事よりも何かを食べる事を優先するべきだ。そう決めた俺はハチを再び寝そべらせその背中に飛び乗ると大きな声で指示を出した。
「ハチ。何か食べ物を探そう。一緒に森の中を捜索してくれ」
「ワオォォン」
ハチは風の様に速い速度で駆け出すと森の奥へと駆け出した。その速度は空気を切り裂き自動車の様に早く森の中を突き進む。
まるで高速道路をバイクで爆走している感じで、ハチは森の中を駆け抜けた。
「おおおお!? 速い、速すぎる。このままじゃ振り落とされる!!」
必死でハチの銀色の長い毛をしっかりと握りしめ、頭を沈めて風の抵抗を受けない様に身を隠すと、案外居心地が良い事を発見する。
ハチの四肢は柔軟で動物が走っている上に載っているのに振動を余り感じない。
「アハハこれはいい。後はハチが果物か何かを見付けてくれたら……」
そんな事を考えていると突然大きな振動に襲われる。
「うわーっ!」
俺は振り落とされない様に必死で白銀の毛にしがみついた。何とか振り落とされずに済んだが、その後ハチは走るのを止める。
「ん? どうしたハチ?」
俺が下げていた頭を出して前方を見てみると、深紅の色をした牛の様な動物を咥えたハチがいた。
食料って言ったけど……まさか獲物を獲るとは思いもよらなかった。
ハチは褒めて欲しいと言わんばかりに、ブンブン高速で尻尾を振っている。
「ワン、ワン」
「これ喰えるのか?」
喰え喰えと言っているハチはドスンと動物を地面に落とす。
「嫌……俺は料理出来ないから、生じゃ喰えないしな……」
食べたくないので言い訳をしてみる。
俺の呟きを逃さずに聴いたハチは突然大きな口を開くと、火炎放射器の様に炎を吐き出し動物を焼き出した。動物はミルミル消し炭へと変貌をとげる。
ボロボロの消し炭になった動物の残骸を見ながら俺は冷や汗を流していた。
(ハチ間違っても俺を焼かないでくれよ……)
「そうだ果物が食べたい。俺は今、喉がカラカラなんだ。ハチ果物にしてくれよ」
「クゥーン……」
勘弁してくれとばかりにそう提案すると、ハチは悲しそうに声を出しトボトボと歩きはじめる。
(ありがとうなハチ…… でも俺には異世界で見たことも無い動物の丸焼きを喰う根性はまだ無い)
せめてもの償いで心の中では献身的なハチに感謝を告げた。
それから暫くして、ハチはナシに似た果物を見付けて取ってくれた。
ハチは最初に自らその果物を食べだし安全だと言う事を俺に教える。
俺も食べてみると甘い果実が胃の中へと染み渡り、疲れた体を癒やしてくれた。大きい実だったので2個食べただけでお腹は満たされた。
けれどそろそろ限界のようだ。実は朝起きた時から体調は芳しく無く。けれどハチに心配を掛けない為に無理をしていた。
「今日は疲れたから何処か安全な所で眠ろうか?」
本当の事を言えば、体調は時間が経過するにつれて悪くなる一方である。
ハチも俺の顔を覗き込み、野性の感だろうか? 体調が悪い事を理解すると、すぐに休める所を探してくれた。
そこは大木の根のがむき出しとなって自然と作られた空間。中の安全を確認した俺達はそこで二人重ね合いながら眠りにつく。
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森の夜は不気味な雰囲気に包まれていた。夜行性の動物達の鳴き声が恐怖をさそう。
普通ジャングルで地べたに寝ようなら虫にやられて大変な目にあうがハチのシルクのような柔らかい毛に包まれた祐介は快適な空間を手に入れていた。
理由は解らないが、ハチの近くには虫が寄ってくる事がない。
しかしハチは不安そうに祐介の顔を見つめる。その理由は祐介が高熱を出し苦しそうな表情を浮かべていたからだ。
額を舌で舐めると更に熱が上がってきており、ハチは不安を募らせる。
「クゥーン。クゥーン」
大丈夫か? 大丈夫か? と問いかける様に祐介の身体を強く抱きしめた。すると祐介は少し目を覚まし、「大丈夫だよ」と答えを返す。
祐介がハチの顔を優しくさすっていると、ついに力尽きたかの様にパタリと腕が地に落ちた。その後は荒い息遣いが続き、祐介の顔色が黒色へと変化していく。
ハチは瞬時に立ち上がるとグッタリしている祐介を長い尻尾で包みこみ洞穴から飛び出す。周囲は日も落ち夜空に輝く星が煌めいている。
ハチは一番近い大木に向けて走り出すと、爪を突き立ててそのまま木を登り始めた。途中の枝は鋭い爪で切り裂き地上を走っている速度と変わらない。
そして頂上付近の枝の上で立ち止まると、瞬時に周囲を見渡す。
すると少し離れた森の中で光が灯っている場所を見つけた。
「ウオォォォーン」
哀愁の含まれたハチの遠吠えは山彦の原理で森中に鳴り響く。
その後ハチはその場から光がある場所へに向けて飛び出した。