2話 異世界召喚
「おぉ成功だ。召喚されたぞ」
「「おめでとう御座います」」
力強い男性の声とそれに続く歓喜の声が意識が薄れていた俺の頭の中に響き、意識が覚醒へと導かれる。
(何か声が聴こえるぞ…… 俺達どうなったんだ?)
「それにしても…… 何じゃ? 銀狼以外にも召喚されておるではないか。おい! これはどういう事だ?」
老いた老人の訝しげな声が、背後から聴こえる。
「可能性としましては召喚の儀式に巻き込まれただけでしょうな。目的の銀狼召喚は無事に完了しましたので、放って置いても問題ないかと……。もし……邪魔でしたら速やかに処理を……」
ランプの温かい光が俺の顔に近づけられ。ランプの熱と眩い光を受けて目を開く。
「ふんっ。この儀式を血で汚して問題が発生しても事だ。問題ないなら始末は後にしろ!」
男は鬱陶しそうにそう吐き捨てる。
ぼんやりする意識の中でも、視界は周囲を状況を俺に教えてくれた。
壁はレンガ? いや大きな石で積み上げられた壁が四方を囲み俺がいる場所を中心に四角形で豪華に飾られた祭壇が作られている。
どちらにしても、住んでいた日本とは大きく違う雰囲気が周囲に立ち込めていた。
その祭壇の中心に俺が座り隣でハチが気持ちよさそうに眠っている。
次に視線を前に移すと俺達の元へ一人の長い髭を蓄えた男性が近づいてくる。その男性は豪華な衣服を身に纏い、頭には王冠を被っていた。その背後には白髪の老人。その瞳は青色で肌は白く日本人では無いと直ぐに感じ取る。
「救世主様、古の盟約に従い。我々をお救い頂きたい」
背後に付いていた老人がはそう告げると、俺達の前で深々と頭を下げる。
「えっ? あ……」
俺は理解が追いつかずに呆気に取られる。頭が混乱しすぎて思考自体できなくなっていた。
必死で心を落ち着かせてもう一度、状況を整理してみる。
先ずは日本とは違う雰囲気の建物、近づいて来る男性や背後に従う老人の衣装も何処か外国の古い衣装。老人の背後には鎧を身にまとった兵士の姿も目に入る。
俺とハチは光に包まれ地面に引きずり込まれた事を考慮して導き出せる答え……。
信じられない事だが、これしか説明できない。
「もしかして、これって異世界召喚とかなんじゃないのか?」
今まで何冊も読んだ異世界物の小説。チート能力を授かって異世界を救ったり謳歌する話。友人達も自分が面白いと思った小説を勧めあったりしていたので、俺の読破数はかなりのものだ。
「まさか俺が異世界に召喚されるなんて……」
何度も何度も考え直し、ブツブツと独り言を始めた。。
そうしていると老人の視線が俺を睨みつけている事に気付く。
「お主はさっきから邪魔しおって。さっさとそこを退かぬか!!」
老人はかなり怒っており、俺の事をゴミでも見ているかのようだ。その剣幕に俺はついすくんでしまう。
そのまま俺の腕を掴み祭壇の横へと押しやった。
「さぁ救世主様。これは契約の首輪で御座います」
そう言いうと、背後から近づいて来た兵士が膝をおり丁重に差し出した豪華な台座の上には、宝石が散りばめられたネックレスが置かれていた。
「これが契約の首輪か…… これで……」
ニヤリと口角を釣り上げながら、王冠の男性が頷くとそのネックレスを手に取り、今だ眠っているハチに向かって差し出した。
「クゥーン」
今も気絶しているハチは眠ったまま小さな声を上げた。その時初めて俺は違和感に気が付いた。
彼等の目的は俺では無い……ようだ。 一連の流れを見ても、この人達の目的はハチであり、どうやら俺は邪魔者に思われている。
「俺じゃなくて………… えっハチ?」
素頓狂な声を上げて俺はハチへ指をさす。その時の俺は狐に化かされたような顔をしていた。
男達は俺の言葉を無視したまま、眠ったままのハチの首へネックレスを掛けた。
するとネックレスが光りハチの目が大きく開くと大きな遠吠えを上げながらハチが苦しみ出す。
「ガァァァァー」
目は見開いたまま、瞬き一つもせずに身体は大きく震え痙攣している。
「ハチ!! ハチどうしたんだ」
必死の形相で四つん這いに近づき、苦しむハチに近づき強く抱きしめる。
「大丈夫か? ハチ!」
俺は知らない世界に飛ばされて右も左も解らないこの状況で、唯一心を許せるのはハチしかいない。
そんなハチが苦しんでいる。理由はそれだけで十分だった。
この後どうなるか予想がつかない。けれどそんな事は考慮する間もなく、ただ、ハチを助ける……っという想いだけで俺はハチを強く抱きしめる。
「さっきからお前は邪魔ばかりしおって。おい誰か此奴を捕まえろ」
「ハッ」
苛立つ老人は語気を強め、本気で俺の排除に動き出す。鎧を来た屈強な兵士達は指示にしたがい俺の方へと近づく。
俺は苦しむハチを必死で抱きしめ、兵士達を睨みつける。
「ハチィィッ。俺の事が解らないのか!? クソっ一体どうなってるんだよ」
近づいてくる兵士に焦りを覚えながら、ハチを正気に戻そうと声をかける。
けれどハチには正気に戻らない。
俺が悔しがっている間にも苦しみは次第に増大している様で、苦しみと合わせて次第に身体中から眩い光がこぼれ出す。
すると突然、ハチの身体に変化が起きた。
「おい、嘘だろ!? ハチの身体が大きく……なって……」
ハチの身体は光に包まれながら大きくなり続ける。
50cm前後の体長は5mを軽く超え、短く白い毛並みは銀色に変わり、シルクの様に長く伸びていた。目は真紅に染まりその姿は巨大な狼へと変貌を遂げていた。
「ガァァァー!」
赤い瞳で苦しみの咆哮を上げるハチ。
俺はそんなハチの足にしがみつき、もう一度、正気に戻れと声をかける。
「おいハチ大丈夫なのか? しっかりしろ!」
必死の叫びを行う俺の側には歓喜に震え、喜びを露わにする王冠を被った男とそれに従う者達の姿があった。
クソーッ。なんで俺達がこんな目にあうんだ!
なんでハチがこんなに苦しまなければならないんだよ!
無性に腹が立ち、 殺気立った顔で睨みつけた。
「遂に……遂に我らの守護者である銀狼様が我らの元へと舞い戻った!! これでやっと魔族共との長き戦いに勝利できるぞ」
王冠の男は両手を広げ口角を釣り上げながらハチを見上げる。その横で老人や兵士達が力強く拍手を送る。
その後巨大化が完了したハチはピタリと動く事を止め、王冠の男の前にスッと頭を降ろした。
ハチの顔には表情は無く、操り人形の様に無表情となっていた。
その一瞬で頭に血が上り叫び出していた。
「おい……お前ら。ハチに何かしたら絶対に許さねーぞ!!」
ハチを苦しめる異世界の男達に啖呵を切る。
しかし背後から近づいて来た筋肉質の兵士に首根っこを掴まれると後方へと投げ飛ばされてしまう。
石を引き詰められている固い床の上を何度も、何度も転げ回り体中を強く打ち付ける。
「ぐぅはっ…!! ぐぅぅっ。痛ぇぇぇ」
床を転がる最中、特に頭と背中を打ちつけ、息が出来なくなり疼くまる。そしてそのまま動きを止める。
「これで再び我ら人類が大いなる発展を遂げるだろう!!」
「「おぉぉぉ~」」
王冠の男がそう叫ぶと、部屋にいる者全てが雄叫びを上げた。
俺は動かない身体を必死に持ち上げ、最後の力を振り絞る。
頭からは熱い液体が流れ出し、それが血である事は直ぐに理解できた。
だが今はハチに……ハチに俺の声が届く様に……。
「ハチィィーーーッ!!」
頭から血を流す俺を視界に収めたハチは、突如大きな唸り声を上げ、動かない身体を必死で動かそうとしていた。
首に掛けられたネックレスから今まで以上に強い光が発光しハチを拘束しようと試みる。
けれどハチが一歩踏み出した時にネックレスがバラバラに弾き飛んだ。
「アウォォォーーーン」
ハチは遂に拘束を解き狼の様な遠吠えを上げた。
すると大きくジャンプをし、一瞬で側に降り立つと俺を優しく咥え、背中に乗せるとレンガで作られた前面の壁へと鋭い前足の爪で引き裂く。レンガは豆腐を包丁で切った様にスパッと崩れ去る。
「ハチ、お前凄すぎるぞ……クソかっけーなおい!!」
ハチの規格外の力を目の当たりにし、俺は歓喜に震え背中からハチの首を強く抱きしめた。
「ワン!」
ハチも得意気に返事を返す。
崩れた壁から見える外の景色。
この場所は地上から数十mの高さ造られた、城の様な場所だった。ハチはそのまま空へと飛び去ると重力を無視した様にゆっくりと地上へと着地を成功させる。
そして、遥か前方に見える森に向かって風の様に走り出した。
俺は血を流し過ぎた為だろう。
心許せるハチに護られながら薄れゆく意識の中、ハチと共にいれる事に心底安堵していた。