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14話 秘策

 村から飛び出した俺の前方には、幅30m程に広がり波の様に押し寄せてくる魔獣の群。

 

 見ただけでも100匹は超える数が甲高い金切り音を上げながら近づいていた。躯体の大きさは大人より一回り大きい程度。けれど空を飛ぶ機動性と蜘蛛の様に8本もある手足が脅威だ。捕まれば一瞬にして動きを封じ込められ、口に付いた大きな2本の牙で食い殺されてしまう。


「うおぉぉぉー!」


 剣術などやった事の無いが、ガラモスと呼ばれる魔獣の群れに突っ込んで行く。戦法なんて考えていない。手当たり次第に剣を振り回し近づく魔獣を全て切り倒す。

 

「お前らの相手は俺だ!!」


 魔獣達もいきなり自分達に突っ込んできた俺に目標を変え、四方や上空から一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 幸いにもディーゼルの魔力で身体強化した身体は、魔獣を簡単に切り裂く力を得ている。体をコマの様に回しつつも剣の動きは止めずに連続で一気に切り裂く。


「うげぇぇ。気持ち悪っ。チクショー何で俺は死ぬかも知れないのに、こんな事をしていんだよ!」


 自分で飛び込んだ状況に嫌気がさして悪態をつく。


 引き裂かれた魔獣はドサっと地面に落下し、ピクピクと痙攣しながら息絶えていた。そのまま最初に倒した魔獣の死体から少し移動し、足場が良い場所でまた数匹程倒す。魔獣の群れは俺の都合に関係なく襲ってくるので、一息付く間もない。

 体中には小さなキズが増えて行くが、そんな事を気にしていられない。


 ひたすら斬り続けるのみ。

 

 もし俺が距離を置けば、魔獣が村に殺到するかも知れない。なので群れの中を走り回る以外に方法が思いつかなかった。


----------------------------------


 どの位戦ったのだろう。5分? 15分? 体感では1時間は戦っている気がしている。けれど魔獣は倒しても倒しても、数が減っている気がしない。


「クソ。これじゃキリがない……ディーゼルの魔力も残り半分を切っているっていうのに……」


 最初から全力を出しっぱなしにしている為、魔力の減少速度が予想以上に早い。このままだと全ての魔力を吐き出しても全ての魔獣は倒しきれないだろう。


「何か一度に多くの敵を倒す秘策は無いのか?」


 焦りを浮かべ、作戦を考えながら必死で剣を振う。


「そもそも魔力の燃費が悪すぎるんだよ。普通の燃料と同じなら、ディーゼルはレギュラーガソリンより燃費が上がる筈だぞ……。いや待て……燃料? ガソリン? もしかしてこれなら行けるか!? ハチがいつ戻って来るか解らないなら、俺が全部倒す気でやってやる!!」


 今まで幾つもの実験を踏まえて導き出した答えに俺は確かな手応えを感じていた。

 

 俺は直ぐに身体強化をディーゼルの魔力からレギュラーの魔力に切り替える。魔素から守るために常時放出している魔力も全てだ。魔力を変えた俺の動きは2段階アップし縦横無尽に魔獣達のうねりの中を走り続ける。


「循環速度を上げろ。魔力を体内でかき回せ!!」


 俺の全身から魔力が勢い良く溢れ出す。その光景は真夏日によく見る、アスファルト舗装から蜃気楼が立ち上る感じと似ている。レギュラーの魔力を使っているので、スピードが格段に上がり動きに余裕も産まれていた。


「レギュラーの残量は残り半分を切った! よし次の工程に移る」


 俺は剣を右手だけで持ち、左手にヘヴィーの魔力を送り込む。ヘヴィーの魔力は大型船舶などを動かす巨大エンジンに使う重油と性能が似ていた。ディーゼル以上のパワーを生むが、その発現までに一定の暖気時間を必要とする。


 俺は片手で魔獣を切りつけながら走り回り、ヘヴィーの魔力が爆発するのを待っていた。


 今まで無理をしてきたからだろう。体中には血が滲み出している。格闘技や武術などやってきていない俺が、四方八方から襲ってくる魔獣相手に上手く立ち回る事など出来ずに多くの攻撃を受けていた。


 それに魔力があるから……身体強化をしているから魔力が尽きるまで動き回れると言う訳では無い。やはり本来の体力に比例し段々と息も上がってくる。

 

 だがそんな苦労は全て報われる。

 

 準備が整い左手に力が漲るのを確認した俺は、魔獣の群れの中心で動きを止めた。


「次の一撃で全部終わらせる。覚悟はいいな!!」


 俺の動きが止まった事で近くの魔獣が一斉に襲ってきた。すかさず左拳をギュッと握り、思いっきり足元の地面を叩きつける。


 ドドーン!!


 俺のパンチは大きな地響きを立てて土煙を巻き起こす。左腕で叩いた地面には大きな穴が出来上がっていた。深さや幅は大人一人が十分に入れる程に大きい。


「痛てーー。クソ! 左腕がイカれた」


 左腕から強烈な痛みが襲う。けれど痛がり、休んでいる時間は無い。すぐに穴に飛び込んだ俺は動く右腕をギュッと握り込む。

 その間に土煙は収まり、魔獣達が穴に殺到してきている。もし穴の上から襲われればもう俺に逃げ場はない。けれど俺には焦りは全く無かった。逆にニヤリと笑みを浮かべて言い放つ。


「お前たちは知らないだろ? ガソリンって気化するんだよ。ずっと大気中に流し続けた高純度の魔力……喰らえよ俺のとびっきりの一撃……爆ぜろよ虫けら共!!」


 次の瞬間、右手で準備していた爆炎の魔法を穴の中から外へと放り投げた。そして俺は大きく息を吸い込み頭を伏せてジッと穴に隠れ込む。

 

 ドババババッーーーン!!


 数秒後、耳をふさぎたくなる様な大爆発と連続する大爆発、そして大気を震わす振動。うずくまった背中には丸焼きとなった魔獣の死体がのし掛かかり、俺の衣服が焼け更に皮膚がただれはじめる。


「うぅぅぅ痛っ!!」


 それを歯を食いしばって耐え抜いた。しばらくすると音が静まりだす。それでも必死に息を我慢し、更に2分が経過する。もう息を我慢出来ない、口に手を当てて息を少しづつ吸い込んだ。


「ふぅ。息は出来るな。中毒で死んだらどうしようと思ったけど」


 重なっていた死体を退けて、穴から顔だけ出して周りの様子を伺い絶句してしまう。


 視界には焦げて消し炭と化した魔獣の塊が所狭しと転がり、大地は焼け野原と化していた。


「これは駄目だ。使い方を考えないと俺まで死んでしまうぞ」


 自分の無鉄砲さ加減に恐怖を覚えた。今回は、たまたま穴に殺到して来ていた魔獣が防波堤となって被害を抑えてくれていた。


 視界には一匹も魔獣は残っていない。俺が安心していると背後から聞き覚えのある金切り音が聞こえてきた。


「ギィィー!!!」


 後ろを振り向き、頭上を空に向けると一回り大きな個体の女王だけがフラフラと上下に飛びながらも生き残っていた。体は焼け、8本ある手足も残り3本となっている。


「クソ。これでも倒せないのかよ。とれだけ化け物なんだ!! 俺の魔力も残っているのはハイオクだけだぞ」


 直ぐに穴から這い上がろうと腕を地面に手を付いた時、左腕に激痛が走り苦痛の表情を浮かべた。

 再び片腕で這い上がろうとすると、今度は背中からも体験した事の無い痛みが襲う。


「ぐぅぅ……」


 俺は強烈な痛みを受けて穴の中で動けなくなっていた。

 魔獣の女王はバッサバサと羽の回転を上げて、単騎で俺に突っ込んでくる気配だ。

 でも、こちらもただではヤラれる気は無い。動く右手で剣を持ち相打ち覚悟で女王を突き殺す構えを取る。


 しかし女王が急降下を始めた瞬間、空中に銀色の光が現れ魔獣の女王へと突き刺さる。


「ハチィィー!!」


 俺はその姿を見た瞬間、嬉しさの余り痛みを忘れて叫んでいた。やっと来てくれた親友……この世界でハチ以上に信頼出来る家族はいない。


 ハチは鋭い牙を女王の腹に食い込ませて、空中で体を九の字に曲げて貯めを作ると地面に向けて叩きつけた。


 大きな衝撃音と共に女王は強く叩きつけられ、何度も転がる。そしてその身体を痙攣させた。

 女王は思う様に身体が動がずに必死で動こうともがいている。

 ハチは地面に着地すると一瞬だけ俺の方へ視線を向ける。俺の傷だらけの姿を見たハチは犬歯を全てむき出し赤い目を大きく見開いた。


「グゥルルル……」


 威嚇する様な喉声を上げ、一瞬にして大きな口を開くと業火を吐き出して魔獣の女王を消し炭へと変えてる。


「流石はハチだ……でも俺の方はもう駄目……」


 ハチが応援に来た安心感から集中力が途切れてそのままパタリと意識を手放した。


-----------------------------


「ゆーすけ。ゆーすけ……」


 誰かが呼ぶ声で目が覚めると、俺はうつむき状態で人化したハチに膝枕をされていた。不思議と背中の傷は余り痛みを感じなくなっている。

 周囲に目を向けると魔獣の大群を倒してまだ時間も立っていない様子だった。


「痛てて……」


 背中がまだ少し痛む。


「ゆーすけ。まだ痛む? もっと舐めようか?」


 ハチはそう言うと、ペロペロと俺の焼けただれた背中を舐め始める。普通大やけどをした背中に、そんな事をされたら激痛が走る筈。だが不思議と痛みが引いていく感じがする。

 これも銀狼と呼ばれるハチの力なのだろう。少しだけ関心したが、直ぐに俺は頭を左右に振り直す。今はそんな事よりも言いたい事があった。


「約束通り戻って来てくれて、ありがとう」


「えへへ……」


 俺が褒めてやるとハチは嬉しそうに笑う。それに釣られて俺も笑みを浮かべる。

 

 ハチは約束通りに来てくれた。

 俺もそれを信じて全力で足掻いてみせた。

 結果としては俺自身で女王は倒せなかったが、村人達の命を救えて心は晴れやかな気持ちに包まれていた。

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