13話 襲撃
今日はカーラさんと森の中に入っている。それは俺とハチが出会った魔獣の場所を教える為だ。
ハンスさんを助けて既に3日が経過しているので、他の魔獣に死体を荒らされているかも知れないが、少しでも遺体が残っていればどの魔獣なのか検討が付くとカーラさんは言っていた。
ハチの背中に俺とカーラさんが乗り込み、ゆっくりとした速度で目的地へと向う。カーラさんは最初ハチの背中に乗る事を嫌がっていたが、俺が無理やり載せている。
カーラさんは何故かハチに対して敬意を払っており、今回も恐縮して断っていたのだ。
「カーラさんもう少しで着きますよ」
「そうか、それにしても銀狼殿の背中の乗り心地は素晴らしいな。毛がクッションの様に柔らかく衝撃を取り除いてくれて殆ど揺れないし、肌触りも格別に良いい」
「ワン!!」
カーラさんに褒められて、ハチも満足そうに吠えていた。
そんな話しをしている間に目的の場所へとたどり着く。
「此処です。あっ死体はまだ残っていますね。他の魔獣もこんな気味の悪い魔獣は食べないみたいだな」
ハチが倒した魔獣の死体はそのままで残っていた。カーラさんは死体の側に近づくと膝を曲げて近くで見ている。
「どうして……こんな所にこいつらがいる?」
カーラさんは額に汗を浮かべ、何やら必死で考えている様子だ。この魔獣がどんな存在なのかは解らないが危険な魔獣なのだろう。
「カーラさん。その魔獣ってやっぱり危険な奴なのですか?」
「あぁ、この魔獣の名はガモラスと言ってな。首都を越えたもっと北に生息している魔獣だ。群れを作って集団で獲物を襲う凶暴で危険な魔獣。普通はボスである女王の側から離れない筈なんだが……」
「じゃあ、群れからはぐれたんでしょうか?」
「それは解らぬが……何も起こらねばいいのじゃが……」
予想が付いていないのか? カーラさんも深刻な表情を崩さず。願望に縋って居るようにも見えた。
「取り敢えずワシは、屋敷に戻って今回の事を首都へ報告せねばならぬ」
その日は魔獣の一部を持ち帰り、明日にでもカーラさんは首都へもって行き説明をすると言っていた。
その間、俺は森に入る事を禁止される。このガモラスと言う魔獣はそれ程に危険な存在と言う事なのだろう。
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カーラさんが首都に旅立って2日が経過している。ガランさんと連絡を取り、飛翔隊に送って貰っているので、時間は掛からないと言っていた。
俺は屋敷に居るだけでは退屈なので、魔力操作の訓練に勤しんでいる。
俺が一通りの訓練を終えた時、屋敷に一人の男が走りながら近づいてくるのが見えた。
「ん? 誰だろ」
最初は黒い点の様な影が次第に大きくなり、その人物がだれだか解る様になってくる。
その姿は全身傷まみれで、衣服もボロボロに引き裂かれていた。けれどそんな事よりも驚いたのはその弾性が俺が知っているハンスさんだったからだ。
俺は屋敷の敷地から飛び出しハンスさんの元へと駆け寄っていく。
「どうしたんですか!! 血まみれじゃないですか!?」
「あ……祐介さん? 貴方は魔道士様の所にいたのか!? お願いだ。助けてくれ……突然魔獣が……村を襲ってきたんだ」
「魔獣に襲われた!?」
「そうだ。俺が森で襲われた魔獣だ。アイツらが……大量に」
「魔道士様に助けて貰うために俺は……村には妻や子供が……」
「解りました。だけど、カーラさんは首都にいるんです」
「なら、アンタが! 森で連れていた魔獣様に頼んでくれ。お願いだ、このままじゃ全員が殺されてしまう」
俺の肩を潰す位の力で握り必死の形相で訴えてくる。勝手に行動したら怒られるかもしれない。けれど俺は次の瞬間大声でハチの名前を叫んでいた。
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俺はハチの背に乗りハンスさんの村へと向かっている。俺の後ろにはハンスさんも乗っていた。本当は屋敷で休む様がいいのだが、家族を残していると言って傷ついたのままついてきていた。
「ハチ、村に着いたら魔獣を全て倒してくれ。俺とハンスさんは怪我をしている人達を助けまわる」
「ワォォォーン!!」
俺も無鉄砲では無い。俺がカッコつけて魔獣と戦えば、逆に足を引っ張る事もあるだろう。適材適所では無いが、今出来る事をやろう。それで一つでも多くの命が助かれば言う事ない。
村に近づくと村の惨状が嫌でも目に入る。若い男性の息絶えた身体の上にのしかかる魔獣をハチは通り過ぎならがスライスしていく。村の方からは逃げ惑う人の声が聴こえてくる。
ハンスさんの村には40人位の人が住んでいる。老人や小さな子どもを差し引くと戦える者は10名前後だろう。速く急いだ方がいい。俺は密かに焦っていた。
村の手前でハチは急停止すると、俺とハンスさんを降ろした。
「ハチ、お前ばかり危険な目を合わすけど……ごめん。だけど俺は村の人を助けたいんだ」
「クゥーン」
ハチは一度だけ俺の頬を舐めた。人化をしていないので何を言っているかは解らないが、俺は『大丈夫任せて』と言っている様に感じていた。
「アウォォーン!!」
耳を塞ぐほどの大きな声で遠吠えをすると、ハチは村の中へと突っ込んでいく。
「ハンスさん。俺達もハチに続きましょう!!」
「あぁ!!」
俺はディーゼルの魔力で身体強化を行う。最初から切り札は使わない。
村の中に入ると、何十匹ものガモラスとハチが既に交戦していた。ハチの周りには倒されたガラモスが10体程転がっている。短時間で10匹も倒すなんてハチは恐ろしい奴だ。
ハチは口から火炎を吐きつけ。遠くのガラモスを焼き払う。背後から迫る相手には四肢の爪で胴体を真っ二つに変えていく。その光景は圧巻である。
「流石はハチ。俺も村の人の救助を!」
ハチから視線をそらし周りを見てみると、数名の男性が血を流しながら倒れているのを見つける。俺はすぐに駆け寄り声を掛ける。
「大丈夫ですか!?」
「ぐぅぅ……」
痛みで悲痛な声を出しているが、死んではいない。ホッと安堵の息を吐く。そして怪我を負って動けない獣人の男性を俺は片腕で持ち上げ肩に乗せると、空いているもう一つの肩にも近くに倒れていた別の男性を載せた。
「ハンスさん。この人達をすぐに運びます。一番安全な家はどれですか?」
「それなら俺の家に運んでくれ。家なら少しは治療も出来る」
「解りました」
ハンスさんの家なら解っている。俺は全力で走り数秒で家へ辿りつくとドアを開いて男性達をそっとおく。
家の中には奥さんと双子の子供が恐る恐る顔を出して来ていた。奥さんは手に包丁を持っている。
「すみません。ハンスさんに言われて助けに来ました。もちろんハンスさんも無事です」
「あぁぁぁ」
奥さんは顔を抑えて涙を流して膝から崩れ落ちる。ずっと気を張っていたんだろう。
だけど、ゆっくりはしていられない。それだけ伝えると俺は再び外に飛び出し。別の人の保護に向かった。その時俺の後ろにいたハンスさんが叫ぶ。
「後ろだぁぁ!!」
ハンスさんの声で振り向くと、一匹のガラモスが俺を襲ってきていた。俺は腰に吊っていた剣を抜いて。ただまっすぐに振り抜く。
「やった……のか?」
ガラモスは特に抵抗を感じる事もなく、2つに引き裂かれていた。
「危なかった……。ハンスさん有り難う御座います」
それだけ伝えると俺は他の人の元にたどり着き、再び救助活動を再開する。
チラッとハチの方に視線を向けると、圧倒的な力でガラモス達を駆逐し、残りの数も後10匹程度にまで減らしている。
「これなら大丈夫か?」
その後、全ての人を救出した頃にはハチとガラモスの戦闘も終わっていた。俺は様子を見にハンスさんの家へと向う。
「外の魔獣は全てハチが倒しました。もう安心です」
「うぉぉぉーー」
家にいる者達から大きな声が響き渡る。声を出さなかった者の顔にも安堵の表情が浮かんでいる。
「それじゃ、俺達はもう少し外を警戒していますので……」
「待ってくれ祐介さん、この村の近くにも別の村があるんです。そちも襲われているかもしれない」
俺の言葉を遮ってハンスさんが言い寄ってきた。
「もう一つの村……解りました。そちらに今すぐ向かいます。だけど俺はその村の場所は知らないし、この村にも再び魔獣が襲ってくるかもしれない。だからハチを向かわせます。誰かハチに道案内をして貰えませんか?」
「祐介殿。それなら俺が行こう。俺なら魔獣様にも面識がある。他の者はきっと魔獣様を恐れて背中に乗れないからな」
「じゃあ、俺はすぐにハチを呼んできます」
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「ハチ……それじゃ頼むよ。俺はまた魔獣が襲って来ないか此処で見ているから。なぁに心配しなくても、一度だけ魔獣と戦ったけど、一撃で勝てたんだ。数匹位なら何とかなるよ」
「クゥーン。クゥーン」
ハチは行きたく無さそうに俺に頬を寄せてくる。けれどハチが行かなければ村の人達を助ける事など無理だろう。俺と一緒に行くのも一つの手ではあるが、此処には怪我をした人が大勢いる。もし一匹でも潜んでいるだけで、皆殺しになるかもしれない。
「大丈夫。危なくなったら大声で叫ぶよ」
俺は元気よく。そう言って胸を叩いた。するとハチの身体に魔力が溢れ出し人化を始める。
人化したハチの目には大粒の涙が溜まっていた。取り敢えず俺は自分の上着をハチに着せる。
「ゆーすけ……本当に大丈夫なの? 私、ゆーすけと離れたくない……」
「大丈夫だって。それにハチが本気出せば、チョチョイと終わらせるだろ?」
暫しの沈黙が続きハチがコクンと頷いた。
「……うん、解った。私行ってくる」
そしてハチは突然、俺に抱きつき口づけを始める。そして少しだけ減っていた魔力を全快にまで注入してくれた。
「ゆーすけが、強いの私も知っているから……。すぐに帰ってくるね」
「ありがとう待っているよ。ハチ」
俺もハチの細い腰に手を回してギュッと抱きしめた。
ハチは服を脱ぎ、俺に手渡すと人化を問いて元の姿に戻る。その後ハンスさんを載せて村から飛び出して北へと向う。俺はその光景をハチの姿が見えなくなるまで見送った後、両手で自分の頬をパチンと叩いて気合を入れ直した。
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しかしハチが村から飛び出して10分程経過した時、村の周りを見回っていた俺は東の森の方に異変を見つける。
「何だあの黒い影は……?」
森の方から黒い影がうねりの様に広がって来ている様に見えた。目をこすって注意深く見てみると、その正体を知って俺は声を失う。
「嘘だろ……おい。……何匹いるんだよ」
そして必死で絞り出した言葉は絶望であった。
この村に向かってガラモスの群れが飛びながら再び近づいて来ていた。その数は100を超える。そしてその一番高く飛んでいる他の個体より一回り以上大きなガラモスが奇声を上げる。
「ギィィィギィー!!」
この場にはハチが居ない。一瞬だけ村の方を振り向き俺は覚悟を決めた。
あの魔獣共を村に入れた時点で全ての人達が襲われる。なら今できる事は全力で足掻き、時間を稼ぐ。そうすれば必ずハチが帰ってきてくれる。
「うぉぉぉーー」
俺はそれを信じて剣を抜き取り、魔獣の群れへと駆け出して行った。




