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ノイズの国のチェシャ猫  作者: 夢藤 叶見
7/10

第7話 彼岸のチェシャ猫

僕が目を覚ました場所は小さな舟の上だった。

(・・・あれ?何で僕、こうなったんだっけ?)

さっきまで気を失っていたからかまだ働かない頭をフル回転させて、何でこうなったのかを要約思い出した。

(あっ、そうだ!優介さんが僕を狙っていた犯人で、彼と対峙した時に気絶させられたんだった。まあ、それからどうなったのかは全然覚えてないけど)

その時、僕は別の意味で(あれ?)と思った。・・・何でだろう?僕はこの光景を知っている。最近じゃなくずいぶん前に同じようなことを体験したような気がする。

(うーん、いつの事だったのか、まるで思い出せない)

「・・・おい」

僕は後ろからいきなり声を掛けられてビクッとして後ろを振り向いた。声を掛けてきたのは僕が今乗っている舟を漕いでいる黒い着物を着た男性だった。・・・ああ、そうか。舟が動いていたのはこの人が漕いでいたからか。なんて、勝手に納得した僕に男性は再び声を掛けてきた。

「お前、ここがどこか分かっているのか?」

「・・・あっ、そう言えば、何で舟の上にいるんだろう。さっきまで別館にいたはずなのに」

男性はクセのある黒髪を掻きながら小さなため息をついた。

「ここは現世とあの世の狭間にある三途の川だ。要するにお前は今、肉体から魂が抜けた状態という事だ」

「それって、幽体離脱って事?」

「簡単に言うとそういうことだな」

僕は自分の体のあちこちを触ってみたが、何も変わったところはない。・・・なんか、思ってたのと違う。幽体になると体に何かしらの影響が出るのを予想してたんだけど、普通すぎてちょっとつまらないかな。

そんなのんきなことを考えている僕に男性は呆れた。

「お前、随分変わってるな。普通、得体の知れない場所に来たらもっと慌てるものじゃないのか?」

「まあ、そうなんだけど、その・・・ここは初めて来た場所じゃない気がするんだ。以前にも来たことがあるような」

僕の言葉に男性が少し反応を示したその時、別の舟が急に僕たちが乗っている舟に近づいてきた。その舟を漕いでいる人物は銀髪碧眼の美少年だった。その少年は回りの漕ぎ手の人たちが全員黒髪黒目だからか、すごく目立っている。そして、少し乱暴な漕ぎ方をしていることから、少年が少し怒っていることがわかる。・・・僕、何かしたかな?しかし、少年が怒りをぶつけた相手は僕じゃなかった。

「おい、(とおる)!また勝手に渡し守に紛れ込みやがって!!2年前、傀儡(くぐつ)に厳重注意されたこと、もう忘れたのか!?」

「あの時と同じで同居人に頼まれたんだよ。こいつ、鮎沢 時也を彼岸に連れてこいってな」

透と呼ばれた男性は僕を見ながらそう答えた。その言葉を聞いた少年は僕をじっと見つめてきた。

「・・・確かに、こいつ、普通の亡者とは違う気がするな。何て言うか、魂が半分欠けてるような」

「ノア、それから先はだんまりで頼む。ここはあの世と現世の境目だ。どこで誰が聞いてるかわからないからな」

ノアと呼ばれた少年は大きなため息をつくと「わかったよ」と呟いた。

「けど、俺たちの仕事を奪うのはほんとにこれで最後にしろよ。俺はそんなに問題ないけど、今月のノルマ達成してない奴にとっては面白くないだろうからな。いい加減定時で帰りたいって大半の奴がぼやいてたぞ」

「ああ、わかった」

「ノルマ」だの「定時」だの、まるで会社で聞くような言葉が出てきて僕は首をかしげたが、何も尋ねないことにした。あの世のことを知りすぎてしまうと現世に戻れないような気がしたから。

「それじゃあ、俺は仕事に戻るから。・・・あっ、そうだ」

ノアさんは僕に振り向くと続けた。

「次に会えるのが何十年後になるかわからないが、その時は是非俺の舟を利用してくれ。それまで、たくさんの人と繋がって自分の世界を広げとけよ。『鮎沢 時也』として暮らす人生は一度きりなんだからな」

ノアさんの舟は僕たちの舟を離れていった。

「すごく変わってる人だね」

「あいつは他の地獄の住人共と違って出世に興味ない奴だからな。彼岸の事にも一切口出しして来ないから付き合いやすいんだ」

「・・・ほんと、会社みたい」

「お前たちが『あの世』と呼んでいる世界だって現世と一緒だ。あいつらにも個性があって、それぞれ性格も考え方も違う。そんな奴らが特定の役割について仕事をしているんだ。現世の一般企業と同じシステムになるのは当然だろう」

僕は透さんの話に納得した。それから僕は思い出したように彼にきいた。

「そう言えば、この舟ってどこに向かってるの?他の舟とは別方向に進んでるみたいだけど」

「これから行く場所は『彼岸』と呼ばれる場所だ」

「・・・彼岸?」

透さんはひと息ついて口を開いた。

「あの世に逝くことが許されない魂が行き着く場所だ。そこにお前を待っている奴がいる」

僕は他にも彼にききたい事が山程あったが、とりあえず彼岸で僕を待っている人に会うまで我慢しようと思い、口を閉ざした。


しばらく舟に乗っていると川岸が見えてきた。川岸には夕焼けのように真っ赤な彼岸花がたくさん咲いている。夜の闇の中で咲く彼岸花の大群はとても幻想的でここが現世でないことを更に印象付けていた。舟が川岸につくとそこには1人の青年が立っていた。その青年は幼さを少し顔に残した綺麗な顔立ちをしていることから20歳前後だということがわかるが、何より特徴的なのは彼の瞳だ。まるで深海のような紺色の瞳。それが綺麗で、僕は彼と対峙すると、吸い込まれるように彼の瞳を見つめてしまった。彼は僕にニッコリと微笑みかけた。

「待っていたよ、時也」

「ええと・・・初めまして?」

僕はこの青年に微かに見覚えがあったけど、間違いだったら失礼だと思い、そう言った。僕の心中を察したのか、彼は僕の言葉を訂正してきた。

「君の思っている通り、僕と君は『初めまして』じゃないよ。この姿で会うのは2年ぶりだけど、僕はずっと君と一緒だったんだから」

僕はその言葉でようやく理解した。

「まさか、君がもう1人の僕(・・・・・・)!?」

彼は小さく頷いた。

「僕は宮古 キトラ。よろしく」

向こうが握手を求めてきたため、僕は彼の手を握り返した。そして、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

「それで、君は何で僕のもう1つの人格と偽って僕の中にいたの?それにその姿で一度君に会ってるって事は、やっぱり僕は一度ここに来たことがあるって事?」

「そうだよ。君は2年前、事故に遭ってここに来た。・・・そして、その時に君は死ぬはずだった(・・・・・・・)

僕はその言葉の意味が分からず、首をかしげた。

「教えてあげるよ。2年前に起こった出来事を」


「2年前、当時の僕はここに来たばかりで、現世に干渉出来そうな死にかけている魂を探しているところだった。そこで、透に渡し守に紛れ込んでぴったりの魂を見つけてきてくれるように頼んでいたんだ。そして、あの世に運ばれる途中だった君が三途の川で偶然にも透の漕いでいる舟に乗った」

僕はここまで聞いてもその時の記憶が蘇ってこなくて頭に手を当てて唸った。

「思い出せないのは当然だよ。『これから現世に帰る人間に彼岸の存在を言いふらされたら困る』っていう理由で、彼岸での記憶は現世に帰る前に消されるシステムになってるんだ。・・・まあ、たまに例外はいるけど君は僕に呼ばれなければただの人間だったからね。システムが作動したんだよ」

「そうか。だからここの事を朧気にしか覚えてないんだ」

「まあ、本当は朧気にも覚えてたらダメなんだけどな。どうやら、あの世のお偉いさんたちは彼岸を完璧に放置しているっぽいな」

「そうだね。ずっとシステムの調整を怠った結果、時也みたいにここを覚えている人間を増やしているなんて考えてもいないんだよ、彼らは」

僕がその言葉に首をかしげると、キトラ(さっき呼び捨てでいいって言われたからね)は僕の方に向き直った。

「ああ、ごめん、話が脱線してしまったね。それで、透が君を見つけてきて僕は君と話をした。話をしているうちに、君は僕の憑依主にふさわしいと思った。だから、僕は二重人格だと偽る形で君に憑くことにした」

「・・・あの、1つきいていい?」

「いいよ」

「何で僕だったの?僕は普通の人間だったんでしょ?僕に憑くメリットなんてないと思うけど」

「・・・それは」

キトラが何か言おうとしたその時、舟が猛スピードでこちらに向かってきているのを僕は見つけた。その漕ぎ手は先程会った銀髪碧眼の美少年、ノアさんだった。ノアさんは舟を彼岸の川岸に停めるとこちらに駆け寄ってきた。透さんが、急いで来たため荒くなった呼吸を整えているノアさんにきいた。

「何があったんだ?」

「・・・さっき乗せた亡者が、急に倒れたんだ!倒れた原因はわからないが、お前たちなら何か知ってるんじゃないかと思って連れてきた!」

透さんとキトラはノアさんの言葉を聞いて舟に駆け寄った。僕も2人の後に続いて舟の中を覗きこんだ。そこに倒れていたのは僕の知り合いだった。

「・・・!優介さん!」

「知り合いなのか?時也」

「透には話したよね。2年前、僕が時也に憑いてから時也を狙っている奴らがいるって。そいつらを裏で操っていたのがこの霧崎 優介だ」

キトラの言葉に透さんは驚きの表情で優介さんを見た。よく見ると優介さんの首元に丸の中に星が描かれた痣がある。

「何?この痣」

「五芒星だよ。魔術師が呪いをかける時に相手につけるマーキングのようなものだ。そうだよな?」

ノアさんの言葉にキトラは小さく頷いた。

「随分詳しいな、ノア」

「長年渡し守をしてるからな。それと同じ痣を持った奴を何人かあの世に運んだことがある。皆、虚ろな目をして訳のわからないことを呟いていたからよく覚えてるよ」

透さんとノアさんの会話を聞きながら、僕は優介さんの首元の痣に触れようとした。すると、まるで拒絶反応でも起きたかのように手が弾き返された。

「やっぱり、魔術師の掛けた呪詛の力はすごいね。おまけに彼の魔力を喰らって呪いがより強大なものになっている」

「キトラ、このまま放っておくと優介さんはどうなるの?」

「・・・全ての魔力を吸いとられて魂自体が消滅する」

「魂の消滅」という聞き慣れない言葉に僕は首をかしげた。キトラは僕の考えを察したのか続けた。

「魂の消滅とは存在の消滅と同じだ。魂が消滅した人間は、関わった人間の記憶から完全に消える」

「!まさか」

「・・・このままだと、『霧崎 優介』という人間は始めから存在しなかったということになってしまう」

僕は優介さんの顔を見た。顔は真っ青で呼吸も荒く、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。とても苦しそうだ。

(何か、出来ることはないのか?)

その時、ノアさんが口を開いた。

「そう言えば、こいつも何か妙な人間だな。時也と同じように魂が半分見えない」

「・・・成程、そういうことか」

ノアさんの言葉を聞いたキトラの呟きに僕たちは一斉に彼に振り向いた。

「優介さんに呪詛を掛けたのはガルダ自身ではなく、ガルダの中にあった負の感情の化身だったのか」

「?どういうこと?」

「漫画やアニメで見たことあるだろ?登場人物が悩み事をしている時、天使と悪魔が言い争うやつ。あれは善意と悪意の葛藤を現しているんだが、地獄では責め苦を受ける罪人が再び悪いことを企まないように強い悪意、さっきの話でいう悪魔のみを地獄に送る前に本人から抜き取ってあの世にも現世にも干渉できない別の場所に送り込むんだ。・・・多分、ガルダって奴の悪意を送り込む時に何かトラブルが起こって悪意の一部が野放しになってしまったんだろうな。それがこいつの中に入り込んで悪さをしていたって訳だ」

ノアさんの説明を聞き、僕はあることを思い付いた。

「ねえ、悪意って元は1つの塊なんだよね?」

「そうだけど、それがどうかしたの?時也」

「てことは、元の悪意が消えれば優介さんに掛けられた呪いも消えるよね」 

3人は驚愕の表情を浮かべた。僕は3人の反応に首をかしげた。

「どうしたの?」

「・・・時也、もしかして悪意の保管場所でガルダの悪意そのものを消滅させようとか考えてる?」

「そうだけど」

僕の返答に透さんは大きなため息をついた。

「それは無理だ。悪意の保管場所である黄泉(よみ)窟屋(いわや)は悪意と怨念の巣窟だ。普通の人間が安全に立ち入れるような場所じゃない。そんな立ち入ることすら困難な中でガルダの悪意を見つけるなんてほぼ不可能だ」

「でも、ガルダって奴の悪意を消すしか優介さんを助ける方法はないんでしょ?それなら、たとえ危険でもやるしかないよ」

「・・・そもそも、何でお前はそいつを助けようとするんだ?」

僕はノアさんに振り向いた。ノアさんは続けた。

「話を聞く限り、そいつはお前の事を付け回してた連中を裏で操ってたんだろ?そんな奴を態々助けるメリットがあるのか?」

「確かにメリットは無いね。下手をすれば自分が死ぬかもしれないし」

「じゃあ、何で?」

「この人を待ってる人がいるから」

僕の言葉に3人は押し黙った。

「誰かが居なくなるってことはその人を大切に思う人たちが悲しむってことだ。そんな思いをこの人を大切に思う人たちに、・・・菊乃にさせたくないから」

その場に重たい沈黙が降りた。そんな中、最初に口を開いたのはキトラだった。

「まあ、この人の場合、存在が消滅しそうになってるからいなくなっても悲しむ人間はいないと思うけど、だからって放っておくわけにはいかないかもね」

「!じゃあ、協力してくれるの!?」

「僕は君の運命共同体として2年間も君の体の中にいたんだ。その恩返しだよ」

キトラがそう言うと透さんとノアさんもため息を付きつつ頷いた。

「俺も協力しよう。2年前、お前をここにつれてきたのは俺だ。キトラに頼まれたからとはいえ、関わってしまったからには最後まで付き合わないとな」

「自分の渡し舟に乗せた奴がこのまま消えるなんて後味悪いし、俺も協力するぜ。・・・まあ、後で傀儡に怒られるかもしれないけどな」

「その時は一緒に怒られてやるよ、ノア」

僕は3人に頭を下げた。

「ありがとう!」

3人は僕の言葉に頷くと、キトラが「さて」と呟いた。

「やることが決まったところで、黄泉の窟屋に行こう。案内するよ」


黄泉の窟屋は彼岸花の川辺を下流に向かって30分ほど歩いたところにあった。

窟屋の入口は普通の洞窟の入口と同じ外見だが、所々にブラックホールのような歪みが出来ている。

「ほんとに普通の場所じゃないみたいだね」

「極悪人の悪意を外に逃がしてしまったら何が起きるかわからないからね。入口には強力な結界が張ってあるんだ。そして、地獄の住人でなければこの中の構造は把握できない。僕たちのような普通の人間はこういう別世界のような場所では感知能力が鈍ってしまうからね」

「・・・まあ、お前の事を『普通の人間』と呼べるかどうかわからないがな」

「というわけでノア、ナビ宜しく。僕と時也、透は後から付いていくから」

キトラは透さんの呟きを無視してノアさんに話しかけた。ノアさんは小さく頷くと着物の懐から小さな機械を取り出した。僕は、どう見てもスマホにしか見えないその機械が気になり、一応ノアさんにきいた。

「それ、何?」

「見たらわかるだろ?電話だ。今の電話は便利だぞ。これで傀儡の携帯のデータを見る事が出来るんだよ。傀儡の部下に教えてもらったんだ。なんか、『ハッキング』っていうらしいな」

「・・・あの、ノアさん。それ、現世だと犯罪なんだけど」

「そうなのか?現世には行った事無いからよくわからん」

僕はため息をついた。どうやらここでは現世の常識や正論は通らないらしい。この間もノアさんはスマホを操作し続けていたが、漸く手を止めた。

「おお、あった。黄泉の窟屋の地図。ええと、確か対象の名前はガルダ、だっけ?検索っと・・・・・・・・・はあ!?」

急に発せられたノアさんの大声に僕を含めてその場にいた皆はビクッとなった。

「びっくりした~、どうしたの?ノア」

「・・・今回の仕事、かなり厄介かもしれないぞ」

ノアさんは僕たちにスマホの画面を見せた。

「この黒い線で囲まれた部分が黄泉の窟屋の最下層の地形。そして、赤い部分がガルダって奴の悪意だ」

僕たちは画面を見て驚いた。黒い線で囲まれた地形の内側はほとんど真っ赤になっている。

「えっ?悪意って1つじゃないの?」

「おそらく、元は1つだった悪意が分裂して増殖した結果、最下層一帯を侵食するほどの悪意に育ったんだろう」

「悪意の体細胞分裂かよ。タチ悪いな」

透さんの呟きに僕は同感だった。

「でも、ガルダの悪意を消さなきゃ優介さんは助からないんでしょ?じゃあ行くしかないよ」

「そうだな。それに、このままじゃあ黄泉の窟屋をガルダの悪意に侵食されるのも時間の問題だ。そうなると行き場のなくなった悪意が結界を破って外に出てくる可能性だってある。そうなる前に何とかしないとな」

ノアさんはそう言うと結界に手を翳した。

「それじゃあ、行くぞ。しっかりついて来いよ」

僕たちは頷き、結界の中に入ったノアさんの後に続いた。


透さんが言っていた通り、黄泉の窟屋の中は悪意の巣窟だった。僕がいた現世はまだマシだったんだと思えるレベルのドス黒い声がたくさん耳に入ってくる。僕が耳を塞いでいるとキトラがイヤホンとスマホを渡してきた。

「念のため、持ってきて正解だったよ。・・・安心して。時也がいつも聞いている歌しか入ってないから」

「・・・ありがとう」

僕はイヤホンを耳につけてスマホの音楽を再生した。この悪意だらけの状況下で流れてくる「DAISY」の声はいつもより心地よく聞こえた。

(菊乃の声を初めて聴いた時と同じ感覚がする。・・・・・・ん?)

僕はふと立ち止まり、考え込んでしまった。キトラは僕につられて立ち止まった。

「どうしたの?時也」

「・・・あ、いや、何でもない。先を急ごう」

キトラは首をかしげていたけど頷いた。僕はキトラと一緒に、先に歩いていったノアさんと透さんを追いながら思った。

(・・・まさかね)


それから僕たちは悪意の巣窟をずっと歩き続け、とうとう最下層に来た。最下層の状況を見たノアさんは大きなため息をついた。

「成程な。どおりでガルダの悪意の一部が脱走しても気づかないわけだ」

「・・・ああ、まさか最下層がこんな状態になってるとはな」

透さんの呆然とした言葉に僕もキトラも頷くしかなかった。

最下層一帯は大量の土人形が蔓延る魔窟と化していた。先程まで見ていた風景の何処よりも地獄らしい景色がそこには広がっていた。

「あの土人形たちは一体何なの?」

「ガルダは一応魔術師だったからな。悪意と魔力が合同で作り上げた兵隊ってところか?」

「おそらくそうだね。どうやら僕たちが相手にしなくちゃいけないのは『悪意の塊』じゃなくて『悪意の軍団』みたいだ」

キトラは小さなため息をついた。ノアさんはそれまで黙って考え込んでいたが、呟いた。

「いや、軍団全てを相手にする必要はないかもしれない」

「?どういうこと?」

「こいつらはガルダの悪意を根源として作られたタダの模造品だ。こいつらが生み出される原因となった悪意そのものが消えれば」

「そうか、こいつらも動かなくなるかもしれないね」

「・・・だが、1つだけ問題があるぞ」

透さんの言葉に僕たちは一斉に振り向いた。

「どうやってガルダの悪意の根源を探すんだ?こんなにたくさんの悪意の中からそいつを見つけるなんて、普通の砂浜で星の砂探すようなもんだぞ」

「・・・僕ならわかるかもしれない」

僕の言葉に3人は驚きの表情で僕を見た。

「こんなにたくさんの気持ち悪い土人形を生み出す悪意の根源だ。その悪意の声は相当ドス黒いはず。僕の共感覚ならその違いがきっとわかる」

「確かにそうだけど、大丈夫なの?こんなにたくさんの悪意の中を音楽も聴かずに歩くことになるんだよ?」

「・・・平気じゃないよ。現世の人混みですらヘッドホン無しじゃ歩けなかったから。それでも僕は優介さんを助けたい。大事な人が悲しむ所を見たくないから」

キトラは少し不安そうな顔をしたけど、僕の言葉を聞いて少し微笑んだ。

「・・・わかった。その手で行こう。僕たちも精一杯のサポートをするよ」

「おい!キトラ」

「こんな決意を固めた表情の時也を止められるわけないだろ?」

透さんはキトラの言葉にうっと詰まるとため息をつきながら頷いた。ノアさんは僕たちの表情を見て言った。

「作戦は決まったようだな。俺と透は土人形どもを倒して隙を作る。その間にキトラと時也は悪意の根源を見つけて撲滅する。これでどうだ?」

その時、僕は肝心なことを忘れていたことに気づいた。

「・・・あの・・・今更なんだけど・・・悪意の撲滅ってどうやるの?」

僕の今更な疑問に3人はこけた。

「知らずにこんな無茶な作戦思い付いたのかよ!・・・はあ~、キトラ、説明よろしく」

キトラはノアさんの言葉に頷き、説明した。

「悪意とは欲望によって歪んでしまった心の一部だ。歪んでしまったものは真っ直ぐに直してしまえばいい」

「一言で言えば、改心させるってこと?」

僕の言葉にキトラは頷いた。

「そして、それをできるのはガルダにとって元は赤の他人である君だけだ。ガルダと因縁がある僕たちが説得しようとしてもさらに向こう側の神経を逆撫でするだけだろうから」

(要するに、僕しかガルダの悪意を沈められる人はいないわけか)

僕は普段から口数が多い方じゃないし、自分の言葉に説得力があるかどうかもわからない。それでもやるしかない。キトラは僕の顔を見て呟いた。

「覚悟は出来たようだね。じゃあ作戦開始だ!」

その言葉と同時にノアさんと透さんが岩陰から飛び出し、土人形たちの注意を惹き付け、応戦を始めた。そして、土人形たちが2人に気を惹き付けられている隙に僕とキトラは土人形たちの間を歩き始めた。


途方もない悪意の声が僕の耳に入ってくる。妬み・怨み・復讐心が僕に襲い掛かってくる。それでも僕は耳を塞ぐわけにはいかなかった。それに、横にはキトラがいてくれる。それだけでも普段町中を歩いているときより幾分か気持ちが楽になれた。その状態で歩き続けて20分後、僕に他の悪意よりも濃い色の声が聞こえた。僕はその声のする方向に歩いた。そこには土人形たちに囲まれて守られている1人の男がいた。僕たちは一旦近くの岩陰に隠れた。キトラは僕に耳打ちした。

「間違いない。あれがガルダの悪意の根源だ。まさか本人そっくりの姿をしているとは思わなかったけど」

向こうはまだ僕たちに気づいていない。そして、ここからは僕だけで行くしかない。僕は1回深呼吸をすると岩陰から出て、ガルダの悪意の根源の前に姿を現した。向こうは漸く僕に気づき、ゆっくりと口を開いた。

「貴様は誰だ?」

「あ、鮎沢 時也・・・と言います。あなたに用があって来ました」

ガルダの悪意の根源の声はここに来るまで聞いてきたどの悪意の声よりも黒く歪んでいた。まるで、兎を追いかけてアリスが落ちた穴のようにそこが見えない。向こうは僕が余裕がない事に気づいたのか、歪んだ笑みを浮かべた。

「見たところ、お前はただの人間のようだな。そんなお前がどうしてここまで来た?理由くらいは聞いてやろう」

「僕は・・・」

体が段々強張ってくる中、僕はガルダを見据えて叫んだ。

「僕は、お前の歪んだ欲望を戴きに来た!怨みをここまで増幅させて、他の人間すら復讐の道具にするなんて間違ってる!」

相手は僕の言葉を聞いて一瞬呆けた後、歪んだ声で笑い出した。

「成程な。貴様は呪詛を受けた他人を救うために私を消しに来たのか。何とも愚かな人間だ」

僕が押し黙っていると相手はゆっくりと立ち上がり、僕に近づいてきた。

「だが、お前に私の怨みは止められない。辛い過去から(・・・・・・)目を背けているお前(・・・・・・・・・)にはな」

「・・・えっ?」

僕の「わけが分からない」という表情に向こうは「やはりそうか」と呟いた。

「ならば、思い出させてやろう。お前が心の奥底に隠した辛い思い出を」

「!駄目だ!それを思い出しては!!」

そう叫びながら岩陰から飛び出してきたキトラの行く手を土人形たちが阻んだ。ガルダの悪意の根源は、動けない僕の腕をつかむと気持ち悪い声で笑った。

「宮古 キトラ、そこで見ているがいい!この人間が己の過去に負ける無様な姿をな!!」

彼はもう片方の手の人差し指を僕の額に当てた。その瞬間、僕の頭の中には思い出さないでいたあの時の記憶が蘇ってきた。

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