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ノイズの国のチェシャ猫  作者: 夢藤 叶見
5/10

第5話 捕らわれのアリス

その夜、僕は新しい曲の作詞に行き詰まっていた。ストーリーは出来ているのに、ラストをどうするかで悩みが生じているのだ。今のところアリスがワンダーランドに迷い混み、不思議の国の住人たちとお茶をして帰る方法を聞いて帰るだけ。これではあまりにも平凡すぎてつまらない。すると、僕の中にいるもう1人の僕が話しかけてきた。

『時也、結構悩んでるね』

「・・・うん、だってこのままのどかにハッピーエンドってなんか上手く行きすぎててつまらなくない?」

『確かに。苦難があってからのハッピーエンドの方がすごく達成感がある気がするね』

「そうでしょ?」

僕がキーボードを操作しながらそう呟くと急にスマホが鳴った。画面を見ると響からだった。電話に出ると、電話の向こうの響は切羽詰まった声で言った。

『時也、お前、今家か!?』

「うん、そうだけど」

『親父は!?』

「店に行った」

『・・・いいか?誰が訪ねてきても絶対に家から出るな!俺は鍵を持ってるから、もし俺の声で開けてくれと言われても無視しろ!』

僕は訳がわからなかったが、響がここまで追い詰められた声を出すことは珍しいので、僕関連の事で何かあったことだけは明白だったため、「わかった」と言った。


電話の後、僕は自分の部屋からリビングに移動した。20分ほど経った頃、玄関の鍵が開き、人が入ってきて、すぐ鍵を掛ける音がした。僕がリビングから出るとそこにいたのは、頭から血を流して気を失っている雪兎くんを抱えた響だった。僕はその光景にしばらく沈黙した後、リビングの扉を開けた。

「響、雪兎くんをソファーに寝かせて!救急箱探すから!」

響は僕の言葉に頷くと、リビングのソファーに雪兎くんを寝かせた。救急箱はリビングの戸棚の意外に奥にあって取り出すのが大変だったけど、何とか取り出し、僕は雪兎くんの怪我の具合を看始めた。

「大丈夫、後頭部の傷以外に大した怪我は無いし、命に別状はないと思うよ。念のため病院で検査を受けた方が良いと思うけど・・・今はそんなこと言っていられないからここに運んできたんだよね?」

「ああ、そうだ」

響は大きなため息をついた。僕は響が何か隠しているような気がした。

「響、僕に何か隠してることあるでしょ?」

「何も隠してねえよ」

僕は、平然と嘘をつく響に少し腹が立って、前からききたかった別の事について問い詰めた。

「たまに朝帰りする時があるけど、昔の仲間と飲みに行ってるっていうの、嘘だよね?朝帰りした響からお酒の臭いがした事、一度もないもん」

「お前の勘違いだろ?」

・・・まただ。以前同じことをきいたことがあるけど、響ははぐらかした。でも、これは悪意のある嘘じゃない。誰かを守るための嘘だってことはわかっているけど、今回の僕は当事者だ。そんなはぐらかしで納得できるわけがない。

「響は優しいね。優しいから僕や家族を傷つける奴らから僕らを守ろうとしてるんだよね」

響はその言葉に驚きの表情で僕を見た。

「僕や真子さんが気づいてないと思った?響が真子さんの悪口を言った奴らに制裁を下している事も、僕の事を悪く言ったクラスメートに密かに仕返ししている事も全部知ってるよ。今までは響が僕たちに知られるのが嫌だろうから黙ってたけど、今回は僕の問題だ。僕にも背負わせてよ」

響は僕の決心を知ったからか、大きく息を吐くと口を開いた。

「・・・強くなったな、時也。2年前の何もかも諦めていた頃とは大違いだ」

「あの頃は今の数倍性格が歪んでたからね」

響は決心がついたらしい。

「わかった。お前や親父に隠していた事を話す」


響は僕と別れた後、ビジネス街周辺をウロウロして、僕を狙っている奴らについての情報を集めていたそうだ。夕方にはバイトを終えた雪兎くんと2人で行動していたらしい。

「そう言えば、響と雪兎くんってどういう関係なの?アリスの世界での会話をきいた時から2人は初対面じゃないなって、ずっと気になってたんだ」

「1年前、お前が珍しくヘマをして誘拐された時があっただろう?あの時に雪兎に情報提供を依頼したんだ。おかげでお前を誘拐した実行犯は逮捕され、その例として俺は雪兎の仕事の手伝い兼ボディーガードをするようになった。あいつは情報屋にしては珍しく悪を許せない正義感の塊みたいな奴だから、無謀な無茶を平気でするからな。ほっとけなかったんだ」

僕は響らしいなと思った。響は何やかんやで面倒見がいいし、無茶をする人を放っておけない兄貴分な所がある。

「それで夜になっても情報収集をしていた時、気がつくと雪兎がいなくなってて探してたら、路地裏で猫たちの鳴き声がして、見に行ったら、そこに雪兎が倒れてたってわけだ」

「犯人は?」

「わからねえ。路地裏に行った時には雪兎が倒れているだけで他は誰もいなかった」

結局、犯人はわからずじまいか。その時、響が俯いた僕の頭を撫でた。

「ごめんな、時也。お前たちを危険な目に遭わせたくなくてやっていた事が逆にお前らに心配をかけてたんだな」

「謝らなきゃいけないのはこっちの方だよ。響にたった1人で全てを背負わせてしまっていたのは僕たちなんだから。・・・それに、響と真子さんは僕の事を家族として迎え入れてくれた大切な人たちだよ。こんな事で嫌いになるわけないじゃん」

きっと響や真子さんが居なければ僕はもうとっくにダメになっていたはずだ。下手をすれば両親の後を追って自殺していたかもしれない。そんな僕に家族の暖かさをもう一度教えてくれたのは響と真子さんだった。響は僕の言葉を聞くと優しく微笑んだ。僕たちの間にあった本当に小さな溝が綺麗になくなった気がした。


その後、響は未だに目を覚まさない雪兎くんの看病のために今日はリビングで寝ると言い、僕は自室に戻った。その時、僕のスマホの着信音が鳴った。画面を見ると菊乃からだった。時計を見るともう夜の10時を回っている。

(こんな時間にどうしたんだろう?)

僕は疑問に思いながらも電話に出た。

「もしもし」

『鮎沢 時也だな?』

電話の向こうの声は明らかに菊乃じゃない。どうやら変声器で声を変えているらしい機械質な声だ。僕は相手に動揺を悟られないように1回静かに深呼吸をして口を開いた。

「あなたは誰?何で菊乃の携帯で僕に電話を掛けてきてるの?」

『その菊乃という娘を預かっている。返してほしければ1人で東都学園中等部の別館の3階に来い。誰かを連れてきたら彼女の命はない。1時間だけ待ってやる』

それだけ言うと電話は切れた。僕はスマホを持ったまま思考が止まりそうになったが、首を横に降るとスマホをポケットにしまった。

そっと1階に下りてリビングを覗きこむと、雪兎くんはソファーで静かな寝息をたてていて、響も疲れたからか机に突っ伏して眠っている。僕は2人を起こさないようにそっと家を出た。休日の夜のビジネス街は買い物帰りに飲んでいる人や飲み会帰りの人でごった返しているため、僕はビジネス街に出るとすぐにヘッドフォンをした。しかし、大切な人を守るために必死に走っていると、頭の中が真っ白になって、ヘッドフォンから流れる電子音も街の音も何も聴こえなくなった。こんな事は初めてで僕自身が一番驚いた。

(・・・こんな時に人の心の声を聞かない方法を見つけるなんて、皮肉なもんだな)


20分ほど全力で走って僕は要約目的地についた。・・・呼吸が苦しい。こんなに必死になって走ったのも、極度の緊張状態に陥っているのも今回が初めてかもしれない。僕は普段よりもドクドクうるさい心臓を少し落ち着かせ、別館の土地に足を踏み入れた。東都学園中等部の別館は学校の敷地の外にあって今は補修工事中のため、土地と道路の間には三角コーンが立てられているだけで、何故か建物の鍵は開いていて、僕は簡単に中に入れた。建物の扉を開けると何も置かれていない殺風景なロビーがあった。補修工事中は別館は電気も水道も止めるって1ヶ月ほど前に担任の先生が言っていた。お陰で別館の1階は月明かりがなければ何も見えないぐらい真っ暗だ。僕は別館の扉を閉めても恐怖の所為でその先に進むことが出来ず、二の足を踏んでいるともう1人の僕が話しかけてきた。

『大丈夫だよ、時也。僕がついてる。・・・僕は何があっても時也の味方だよ』

・・・そうだ、僕は1人じゃない。何があっても大丈夫だ。

僕はやっと1歩を踏み出した。踏み出してしまえば不思議と歩けた。

僕は足音を立てないように注意しながら要約3階踊り場までたどり着いた。ここまで5分も掛かっていなかったと思うけど、極度の緊張状態の所為でそのたった5分が何時間にも思えた。確か、3階の階段を上った先は以前は大きなホール以外は何もない階だったはずだ。僕は小さな声で彼に話しかけた。

「ねえ、このまま3階に行ったら僕たちすぐに見つかっちゃうんじゃないかな。確かホールはすでに取り壊されてて今3階はただの更地みたいになってるし」

『・・・多分、君にすぐ危害を加える事はないと思うよ。大丈夫、いざとなったらいつも通り僕が君と菊乃ちゃんを助けて逃げるから』

僕はその言葉に小さく頷いて、覚悟を決めた。僕が3階に上ると、そこには菊乃はいなくて何故か叔父さんがいた。予想外の事に緊張感が吹き飛んで呆然としている僕に、叔父さんは奇怪な笑みを浮かべた。

「待っていたぞ、時也」

「何であんたがここにいる?」

「勿論、お前を俺の手中にするためだ。2年前の事を忘れたとは言わせないぞ」

(・・・2年前?何の事?)

僕が首を傾げていると、叔父さんはどうやら僕がとぼけていると思ったらしくイライラしながら怒鳴った。

「しらばっくれるな!あの日の事を忘れたのか!?」

(・・・あの日の事って言われても、何も知らないし)

めんどくさくなった僕は話をすり替える事にした。

「・・・わかったよ。あの日の事については後で話すよ。僕も話したい事があるし。その前に僕の質問に答えて。菊乃は何処?」

「お前の大事なアリスちゃんならさっきからそこにいるだろ?」

叔父さんの指した方を見ると手足を縛られたまま椅子に座らされている菊乃がいた。

「菊乃!」

僕が菊乃に近づこうとすると、僕よりも菊乃の近くに居た叔父さんが菊乃の首にナイフを押し当てた。

「さあ時也、俺の元に戻って来い。戻ってこなければお前の大事なアリスちゃんがどうなっても知らないぞ」

僕は大きなため息をつくと、叔父さんの気を菊乃から逸らすために口を開いた。

「叔父さん、僕話したいことがあるって言ったよね?聞いてくれる?」

「時間稼ぎのつもりか?」

「時間稼ぎしても意味ないよ。電話の指示通り1人で来たし、僕がここに居るの知ってる人いないし」

叔父さんがまだ疑り深い目で見てきたから、僕はすぐ本題に入った。

「・・・叔父さん、一体誰に頼まれてこんな事してるの?」

叔父さんが一瞬動揺したのを僕は見逃さなかった。僕は少しニヤッとして口を開いた。

「状況的に見ても叔父さんはただ雇われただけの人だ。犯人はもっと他にいる。その人物は」

僕がそう呟いた瞬間、夜の別館に銃声が響いた。僕は一瞬、何が起きたのかわからなかったが、さっきまで菊乃にナイフを押し当てていた叔父さんが血を流して動かなくなったのを目の当たりにして要約我に返った。

僕は大きなため息をつくと柱の陰に隠れていた狙撃犯、もとい今回の黒幕(・・・・・)に口を開いた。


「やっぱり、あなたが僕の事を狙っている奴らを操っていたんですね。・・・優介さん」

すると、柱の陰から優介さんが現れて僕に笑いかけた。でもその顔は初めて会った時と違って何処か冷えていて、恐ろしさしか感じなかった。・・・ほんと、菊乃が起きてなくて良かった。自分のバイト先の店長が僕の叔父さんを殺したなんて、トラウマになりかねない。優介さんは拳銃を手でくるくる回しながらきいてきた。

「何処で、私が黒幕だとわかったんだい?」

「・・・最初、雪兎くんから僕を狙っている奴らはド素人に近いと聞いた時は叔父さんが犯人じゃないかと思いました。でも、雪兎くんに情報をもらってから今までの事を考えるとおかしい点がたくさんあるんです。それを踏まえると素人に近い請け負い業者を雇ったのは叔父さんに全ての罪を擦り付けるためだとわかります」

僕は口の中がカラカラだったが、何とか話そうと一生懸命喋った。

「まず、雪兎くんが襲われた件。雪兎くんは表にも裏にも精通している情報屋です。人一倍慎重な性格のはずだし、危機察知能力だって高いはずなのに雪兎くんの傷は後頭部にあった。つまり、犯人に背後から殴られたということです。この事から雪兎くんを殴った犯人は顔見知り、かつ雪兎くんが心を許している人ということになります」

「成程、ウサギくんが背中を見せるほど心を許している人間はバイト先の人間と君、響くんのみ。君の叔父さんには出来ない犯行だね」

「そして、それと同じ事が菊乃の誘拐でも言えます。菊乃は空手の達人だし、前日に一ノ瀬家に来た叔父さんを力ずくで追い返してる。もし犯人が叔父さんなら菊乃を連れ去れるわけがない。それに菊乃は今日はバイトの中で唯一最後までシフトが入っていた。勿論、店長であるあなたも最後まで店に残っていたはずです」

優介さんは肯定の意味を込めて小さく頷いた。

「そして、さっきの電話。・・・変声器で声を変えてましたけど、僕にはすぐわかりました。電話を掛けてきたのは優介さんだって事が」

優介さんはその言葉が意外だったのか、少し驚きの表情を見せた。

「僕には生まれつき共感覚があるんです。自分では気づいてなかったかもしれないですけど、優介さんは結構特徴的な声をしています。人の話し方のわずかな特徴だけは変声器では変える事が出来ませんから。・・・僕が、あなたが犯人だと確信した理由はこれで全部です」

僕は全て話終えて1回深呼吸をした。こんなに極限状態で長い言葉を喋ったのはいつ以来だろうか。優介さんは僕の説明を全て聞き、笑いだした。僕は予想外の事に驚きを隠せなかった。

「チェシャ猫くん、君とアリスの出会いは何としてでも阻止するべきだったかもしれないね。それにまさか、君が共感覚の持ち主だとは知らなかったよ」

「・・・じゃあ、何で僕の事を狙ったんですか?僕があの事故の唯一の生存者だったから?」

「違うね。僕は君じゃなくて君の中にいるもう1人の君(・・・・・・)に用があるんだ」

僕は優介さんの発した言葉に硬直するしかなかった。・・・今、何て言った?僕の聞き間違えかな?

「聞こえなかったかな?僕が用があったのは最初から君じゃなかったんだよ。というわけで」

その瞬間、優介さんが視界から消えた。僕が突然の事に唖然としていると、いつの間にか僕の背後に回っていた優介さんが僕の背中にスタンガンを突きつけた。背中がビリッとしたのと同時に僕の意識が遠退いていく。意識がなくなる直前、優介さんが呟いたのを聞いた。

「・・・おやすみ、チェシャ猫くん」

その声はさっきまでの冷たい声ではなく、僕が知っている静かに凪いだ海の色をしていた。

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