佳奈、皮肉のトゲ
「うわあ、なっつかしいな!」
俺たち二人は、お互いが生まれ育った町の駅にいる。過去の記憶を思い出すために、俺と祐樹の記憶の食い違いや、雪乃の失踪事件の真相を少しでも知るために帰ってきた。
何年ぶりだろう。しばらく両親にもあっていない。とりあえず実家に帰りてえな。
「どうする?今日はもう夕方だし、お互いの実家帰るか。」
「そうだな」
俺らは駅を出て少し行ったところでわかれた。
何も変わらない田舎。八月の田んぼは草色の稲穂が元気に背伸びしていた。それはまるで一面緑のじゅうたんのようで、なつかしさをさらに際立たせていた。
コンビニも、小さなカフェも、当時は入れなかったバーも、何一つ変わらない。寂しげな商店街は、もっとさびれたのか、夕方だからなのか、いつも以上に寂しさを放っている。
商店街を抜けたところに俺の実家はある。一応昨日電話で帰ることは伝えてあるが、実に5年ぶりくらいだろうか。親戚の結婚式に出席したとき以来会っていない。連絡こそたまに取るし、たまに米を仕送りしてくれたりもする。
俺は懐かしい実家の玄関にたち、戸を開けた。
「ただいま」
玄関にまずやってきたのは母さんだった。
「おかえり、大輔」
優しい笑顔。いつも笑っている母さん。五年も帰らなかった息子にもいつも通りの笑顔を見せてくれていた。
居間に行くと、父さんもいた。
「おっ、大輔おかえり」黒く焼けた顔をニカっと輝かせて父さんは言った。うちはは米農家で、父さんも毎日イネとにらめっこしてるって言ってたっけ。道理で焼けるわけだ。
「さ、晩御飯ちょうどできてるわよ、座って座って」
三人で食べる母さんの晩飯。煮つけもうまいし米ももちろんうまい。いつも東京ではインスタントばかりだから、こういう手作り料理なんてめったに食べない。もうあっち戻りたくねえな。
その夜はすぐに寝てしまった。家族に会えた安心感と、疲れがどっときたのだ。明日から、俺はどんな過去を知るんだろう…?
次の日。俺は昼前に起きた。父さんは仕事、母さんは家事をしていた。
「おはよう母さん」
「おはよう。ぐっすり寝てたねえ、かわいくて起こさなかったわ」
「可愛いって…俺はもう32だよ」
「いくつになっても、大輔は私たちの子どもさ、食卓に朝御飯とお弁当置いてるよ!」
俺は前日母さんにお昼は弁当を作っておくようにお願いしたんだった。昼に祐樹にあって、二人で佳奈の家にいく予定だった。時間は11:00。そろそろ出るか。
俺は遅い朝食としてご飯と味噌汁を食べて家を出た。もちろん弁当は忘れていない。
セミが泣いている。東京とは段違いの数だ。力強い声は夏真っ只中だって言ってるみたいだ。
空は今日も真っ青だ。俺は祐樹の家に向かった。どうせあいつは寝坊だからな。
祐樹の家はうちからはあまり遠いところにはない。10分も歩いたらすぐについた。
インターホンを押す。出てきたのは祐樹の母さんだった。
「あら、大輔くん!?久しぶりねえ!祐樹まだ寝てるのよ、ちょっとまってね起こしてくるわ」
あいつ、まだ寝てたか。だろうと思ったよ。
起きてきた祐樹は俺を見て、時計を見て、また俺を見た。そして
「す、すまん…」
「…早く準備してきな」
「おう…」
祐樹が準備を終えて外に出てきた。俺らは佳奈の家に向かってだらだらと歩き始めた。
「こう暑いとやる気起きないよなぁ」
「何のためにここまで来たんだよ…」
「え?帰省?」
「いやそれもあるけど!そうじゃなくて、過去のこと調べるんだろ?シャキッとしようぜ?」
祐樹は暑そうにしながらも、少し真面目な顔になった。
「佳奈、元気かな。」
「だじゃれか?」
「ち、ちげえよ!そうじゃなくて!」
「ま、あいつのことだ、元気だろ」
佳奈の家は旅館とくっついてるからめちゃくちゃでかい。俺らはその入り口の前に立ち、その巨大な建物を眺めていた。
「でっっけえなぁ」
「ほんとにすげえよいつ見ても」
中に入ると、クーラーのきいた涼しい部屋が俺らを待っていた。
「いらっしゃいませ~」奥から一人の若い女性が出てくる。見たことのある顔だ。そう、彼女が佳奈だ。
「よっ、久しぶり」
「え?……。………。だ、大輔?!」
佳奈は数秒気づかなかった。そりゃそうだ、高校卒業してから会ってないからな。
「俺もいるぜ、佳奈久しぶりだな、祐樹だよ」
「うわっ祐樹もおるん?!」
佳奈はかなり驚いたようだが、やがて嬉しそうな顔をした。
俺らは今佳奈の実家の部屋で涼んでいる。佳奈がお茶をもって入ってきた。
「ほんと突然やねえ、何しに帰って来たん?」
「ま、色々とな。お前、昔とあんま変わらないな。地元の訛りとか、その持ち前の元気さとかさ」
「まぁね。そのおかけで商売繁盛しとるわ」
俺らはそれからお互いの近況を話した。
「祐樹はすごいなー!やっぱ夢追いかけて叶える男ってかっこいいわ」
「ありがとよぅ!」
「大輔はどうなん?大学も東京やったし」
「俺は……。」
夢なんて、なかったよ。だから今、サラリーマンしてるんだ。なんて、言えなかった。地元に残った彼女にとって、俺らは羨ましい存在なはずなんだ。そう思うと、言葉が喉につっかえていた。
「大輔はすごいぜ、今でこそ中堅サラリーマンだが、ホワイト企業やし昇進スピード半端ないらしい!エリートやエリート」
「ほんと?!すごいやん大輔!」
祐樹……ありがとう。
そんな他愛もない話をしていたが、そろそろ本題に入ろう。
「な、なぁ佳奈」
「んー?」佳奈はこっちを見た。俺は聞く。
「雪乃って、覚えてるか?椎名雪乃」
その瞬間、佳奈の顔が固まったのを祐樹は見逃さなかった。
「ゆ、雪乃ちゃんね、うん覚えてる。なんで?」
「この前祐樹に久しぶりに会ってさ、昔の話したんだけど、どうも噛み合わなくてさ。それで、昔のことを思い出しに行こうってことでこの町に来たんだ。」
祐樹が続ける。
「なぁ佳奈。お前は覚えてるか?昔のこと」
佳奈はしばらく黙ってから呟いた。
「あ、あんまり、覚えてないよ……」
「じゃあ、雪乃があの夏休み、突然いなくなったのは……?」
「やめて!!!!」佳奈が声を荒げて立ち上がる。
「……ごめん。でもあの時の話はやめよ?掘り返されるのを雪乃ちゃんも望んでないよ……」
「……」
「……」
俺らはその言葉に返すことができなかった。
そのあと俺らは旅館をあとにした。佳奈は
「私、ずっとここで働いたりしてるから、いつでも遊び来てな!」
と、言ってくれた。連絡先も交換できたし、今後はたまにでも会いに行こう。
「なぁ大輔」
祐樹が突然話しかけてきた。
「ん?」
「あいつ、なんであんな取り乱したんだろうな」
「そりゃあ、親友が一人死んでるわけだし、そのショックがあいつのなかで止まってるんだろ」
「俺らは忘れていたのにな。」
皮肉めいた言葉。その言葉は刺になってチクチクと俺らを刺していくのだった。