新幹線、記憶、教科書
【19××年 4月25日木曜日】
山に囲まれた町。田んぼや、畑だらけのど田舎。そんな町で俺は生まれた。何もないことが当たり前。コンビニが7時で閉まるのも、洒落たお店なんて都会にしかないことも当たり前だった。
毎日、外に出て山を駆け回り、虫を捕まえたり木登りしたり、色んなことを考えて遊んでいた。学校でもいつも放課後何するのかばかり考えていた。
俺には友達がいる。うるさい幼なじみ、気の合う親友、苦手なやつもいるけど、5人でよく裏山で騒いでいた。
ある日、僕の隣の席に一人の女の子が来た。
都会からやってきた女の子。真っ白な服を来て、長い黒髪で、目を閉じたら消えてしまうんじゃないかってくらい儚げな少女。
俺はこういう静かな感じの女の子が苦手だ。嫌いじゃない。美月だって友達だし、いいやつなんだろう。でも、なぜかあまり話しかけられなかった。名前も最初の自己紹介でしか聞いていなかった。なんだったっけ?
またある日、国語の授業。俺は教科書を忘れた。忘れものをした人は隣の人に教科書を見せてもらったりするしかない。俺は少し緊張しながら、隣の女の子に声をかけた。
「ねえ」
「…?」女の子ははじめて話しかけてきた僕に少し驚いたようだ。俺は続ける。
「教科書、見せてもらえないかな」
すると女の子は黙って頷いて、教科書を机の間に置いた。
「あ、ありがとう」
「うん、どういたしまして。…あのね、ごめんなさい」
「え?」
「私、貴方の名前知らないの。」
女の子は申し訳なさそうに言った。この子も俺と同じこと考えてたのかな。
「由木崎。由木崎大輔。…ごめん、俺も君の名前覚えられなかった」
「私は、椎名雪乃。よろしくね、大輔くん」
その日、俺は新たな友達が増えた。
「おっと」
うとうとしていたようだ。新幹線が止まる音で目が覚めた。祐樹はまだぐっすりだ。時間は午後3時。まだまだ目的地にはついていない。
俺は窓を眺めながらさっきまで見ていた夢を思い出していた。
雪乃は最初、俺の名前を知らなくて、俺も雪乃の名前を覚えてなくてお互い隣の席なのに何も喋らなかった。でも、あの教科書を一緒に見て授業を受けて、お互いの名前を知った時から、少しずつ会話が増えた。と言っても「おはよう」「またね」くらいだけど。そして5月に入ったある日、雪乃は俺ら5人と裏山に行った。その日からだろうか、雪乃は俺らとよくつるんで遊ぶようになった。俺と雪乃も結構他愛もない会話ができるようになった。
「なんで雪乃は、あの日俺らに話しかけたんだろう?」
雪乃は都会からの転校生だし、元々優しい性格だったからクラスでも人気はあった。そんな中で俺らみたいな外でワーワー騒ぐやつらを選んだのはなぜなんだろう?
「ま、それで俺らも楽しかったからいいのかな…」
でもその結果、雪乃はいなくなってしまった。もう会うことはできない。
「だから、せめて思い出だけでも」
全てを思い出したい。あの夏休み何があったのか。楽しかったはずの記憶がなぜ暗く閉じ籠っているのか。
新幹線が止まった。どうやら着いたようだ。時計を見る。二時間もぼーっとしてたみたいだな。
夕方5時。俺は寝てる祐樹を起こして、あの町に降り立った。