休暇、遅刻、電車とボーカル
休暇、遅刻、電車とボーカル
東京はすごい。どこへ行くにも電車があるし、お金さえあればなんでもできる。そんな場所だと思ってる。田舎で生まれ育った俺は最初こそそんな生活に慣れていなかったが、次第に慣れていった。
祐樹と飲んだ次の日。痛む頭を我慢しながら、俺は出勤していた。
仕事をしながら、俺は昨日話したことを考えていた。
【昨日:居酒屋にて】
「地元戻るって言ってもなあ、仕事はどうすんだよ」
「俺はなんとかなるぜ、バンドマンだからな」
「お前まじでバンド一本なの」
「前はバイトとかしてたけど今はある程度稼げてきてるからな。」
祐樹は自慢げに財布を叩いた。羨ましいな、こいつ……。
「大輔は大丈夫か?有給とか使えるか?」
「まぁ使えないこともないけどさ……」ま、どうせ休むことなんて滅多にないしな。
「どうせお前ほとんど使ってねえだろ有給休暇」
「まぁな。じゃあ明日聞いてみるわ。決まったら連絡する。」
そう言って俺らは別れた。
「珍しいなお前が休みたいとか言うの」
上司は変なものでも見るような目で俺を見ながら2週間の休暇を許可してくれた。期間は来週8月14日~8月28日。長い休暇だな……まあ前々から休め休めうちはブラック企業じゃないんだって言われてきたしな。
俺は祐樹にメールをした。
to:祐樹
8/14~8/28休みもらえたぞ。大丈夫か?
返信はすぐにきた。
from:祐樹
早かったな。もっともめると思ってた。
to:祐樹
うちはブラック企業じゃねえからな。むしろ休めそれだけでいいのか?って言われたぞ
from:祐樹
まじ?最近の企業にしちゃ、優良だな。
to:祐樹
実際そんなもんだぜ?ブラック企業なんてほとんどねえんだよ、若いやつらが仕事したくないから騒いでるだけなんだ。
で、期間は大丈夫だったか?
from:祐樹
お前も、大人になったってことなんだな(笑)
期間は大丈夫だ。でも8月後半にライブする予定だからあんまり長くはいられないかもしれん。まぁ大丈夫だろ。じゃあ8月14日の昼前くらいに公園集合で。
大人、か。俺は大人になってしまったのかな。
そもそも、どこから大人なんだろう?誰かが子どもになりたいと感じたときって言ってた気がする。確かに、俺はもう大人なんだろうな。でも
「久しぶりの、夏休みだな。」また俺は、夏を好きになれるのだろうか。あの頃、6人で夏の空の下を走り回ってたあの日を思い出したら、俺は子どもの頃の気持ちを取り戻せるのだろうか?あのとき、俺はどんな気持ちで小学校最後の夏休みを過ごしていたんだろうか。
退勤時間を過ぎた。一人一人タイムカードを押して帰ってゆく。気づけば俺は一人デスクに残っていた。
最後に上司が席を立った。
「由木崎、帰らんのか?」
「せっかくお休みもらえましたし、できることはやっとかないとと思いまして」
「ほんとお前、すごいやつだよな…。無理はするなよ。じゃお疲れ」
「お疲れ様です」
すごいやつ…。そんなことないさ。俺は普通のやつだ。
この企業の人たちは優しい。雰囲気もいいし、仕事も正直楽しい。俺はきっと、運がいいんだろう。その上人生がつまらないなんて考えるのは周りの人に失礼かもしれないな。
日が落ちてから少し経って、俺はPCを閉じ、タイムカードを押して帰った。
それから3日後、8月14日。日曜日の昼の公園は、家族連れで賑わっていた。
俺は少し大きめのリュックに荷物を詰め、祐樹を待っていた。
…。
……。
来ないな。まぁ昼前って言ってたし……。時刻は今11:00になったところ。ちょっと早すぎたかな。
……。
11:30を過ぎる。まだ来ない。
やがて12:00になる。あと1分。
「腹、へったな……。」
そう呟いたとき、携帯が震える。祐樹からの電話だ。
「もしもし、今どこいる?」
『……おはようございます』
「……」
『……』
「……」
『…すまん』
祐樹はすぐ向かうといって電話を切った。そういえば、祐樹はよく寝坊で遅刻していたな。忘れてた。
俺はベンチに座り、空を見上げた。
蝉の大合唱が耳を包み込む。手を伸ばすと、青い空に漂う雲に手が届きそうだ。視界の端には木が、見える。
「なんか、見たことある景色だな。」
俺はまた、20年前のことを思い出していた。
「秘密基地っていっても、どこに作るのさ」
俺、祐樹、泰一、佳奈、雪乃の5人は放課後裏山に向かっていた。
「どうしようかね、木の上とか?」
「あほ!それじゃ私たち登れないじゃない!」俺が提案すると佳奈が怒った。佳奈と雪乃は今日はスカートだからだろう。
「裏山行くのにスカートはいてくんなよな」
「今日の帰りの会の時に決まったじゃないの!」
俺と佳奈がいがみ合う。それを祐樹か泰一が止める。いつものことだ。雪乃は後ろでニコニコしていた。
「雪乃ちゃんも怒っていいんだよ!大輔はいつも考えなしに動くんだから!」
「別にいいだろ…?」
「よくなーい!」
そんな話をしているうちに、俺らは裏山の麓に着いた。
「そういえばさ、頂上付近に誰も使ってない小屋みたいなのなかったか?」泰一が言う。
そういえば確かにあった。俺らはとりあえずそこに向かってみることにした。
その時の空はまるで青の画用紙に白のペンキを落としたような、そんな夏の空だった。視界の端には裏山の麓にある木が見え、今にも空を飲み込もうとしている。
裏山はたいした高さがあるわけでもなく、急斜面になってるわけでもないため、登るのは用意だ。慣れていれば、だが。予想通り、雪乃は途中で疲れてしまったのか座り込んだ。
「雪乃ちゃん?大丈夫?」
「う、うん…少し疲れて…」
「一旦休むか?」泰一が心配そうの聞く。
「ううん、大丈夫。いこ」
雪乃は立ち上がり、歩き始めた。その時俺は彼女の真面目な顔を見て
(雪乃ちゃんって根性あるんだな…)と考えていた。その後ろで、俺が彼女を見ている姿を見て、佳奈が少し寂しそうにしてるのを、俺はその時知らなかった。
「すまーーーーん!!」
公園の入り口に車が止まる。中から祐樹が降りてきた。運転席じゃない…?運転してるのは、女性のようだ。あいつ、彼女いたのか…。俺は無性に怒りを感じた。理由はない。きっと遅刻したからだ。そう、遅刻したからだ。
「おはよう、祐樹」
「おはよう…あれ、大輔さん怒ってる?やだなー30分しか、遅刻してないよ?」
「十分遅いよ…はぁ」なんか怒る気も失せてしまった。
「運転してるの、彼女?」
「残念ながら、違いますねえ。lianのVoのやつだよ。乗せてもらったんだ。ついでに駅まで送ってくれるってさ」
「まじか、ありがたい」
俺らは車に乗り込んだ。
運転席に座っていた女性は、茶髪のショートヘアーで、いわゆる『美人』だった。
「こんにちは、私は川北理子って言います。lianのボーカルしてます。よろしくね、由木崎大輔さん」
「あぁ、どうもこちらこそ…」何俺は緊張してるんだ?
理子は祐樹と大学の同期で、二人でバンドメンバーを集めて今のlianが結成されたらしい。
「理子は当時から歌がめちゃくちゃ上手くてさ、クラシック系のコンクールにも昔出てたらしい。」
「へえ~。ところで理子さん、祐樹はバンドでどんな感じなんですか?」
すると理子はくすくす笑いながら言った。
「遅刻、そろそろ直してほしいですね」
「うっ…」
やっぱ祐樹はどこでも祐樹なんだな…。
「でも、いつもlianを引っ張ってくれて、信頼できる人ですよ」
「お?誉めてもなにもでないぞ?」
「もうそろそろ着きますよー」理子は祐樹の言葉をスルーして俺に言った。
駅に着いて、荷物をおろすと、理子はUターンして去っていった。
「さて、行くか。」
「ああ。○○町へ」
俺と祐樹は忘れた思い出を思い出すべく、歩いていった。
夏が、始まった。