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if~もしも亜璃子が気付けたなら~

こちらは前話のもしものお話になります。


 綺麗に磨かれた床の上に散乱した陶器の破片。

 テーブルに散らばる綺麗に盛り付けられていたはずの野菜。


「おまえは、有守河家に何度泥を塗るつもりだ!」


 ――響き渡る怒声。


 激高した父の顔は真っ赤で、青褪めた顔の母はただ震えて後退りしている。一人平然と座る兄はただ事の成り行きを見ていた。

 亜璃子は目を伏せる。

 今日、あの日に彼女達に命令されたことを実行した犯人が亜璃子であることが知られてしまった。

 最初から彼女達はそれを狙って亜璃子の犯行現場を写真に収めていたらしい。写真部という手先を使って。

 逃げても告げ口してもどうせ結果は同じだった。

 それに今度は言い逃れできない。実行したのは間違いなく亜璃子だったから。

 彼女達の言うことに逆らえなかったとは言えない。彼女達が命令したという、その証拠はないのだから。


 亜璃子の味方はもうここにはいない。


 夢見がちな母も現実を知り亜璃子に失望したことだろう。今までは「理由があるのよ」と父を諫めてくれていたけれど、心の弱い人であったから今も壁に寄りかかって崩れていく。

 父は良くも悪くも無関心だった。家族全員で食卓を囲ったことがない我が家で、わざわざ早く帰ってきて怒鳴りつけるとなると、無関係とはいえないほどのことを亜璃子がしでかしたということ。影響が出てしまったのだろう。

 兄は元から亜璃子を良く思っていない。

 もうどうにもならないほど亜璃子の周囲は彼女たちの悪意によって壊されてしまったのだ。



 ……本当にそうだろうか。


 なぜそんな思考が浮かんだのかはわからない。けれど亜璃子は男の言葉を思い出した。


『言葉は魔法さ。魔法は使い方次第で守ることも闘うこともできる』


 男は亜璃子にもっと言葉にするべきと言った。きっと亜璃子は周囲に自分の思いや考えを伝えていなかった、もしくは伝えきれていなかったのかもしれない。

 犯人が自分であることは確かだ。それには謝罪しなければならない。それでもなぜ亜璃子がそんなことをしたのか、誰も聞いていない。亜璃子だから、という前提がきっとあるのだ。


「ごめんなさい。今回のことは私が悪いです。家とお父さんお母さん、それに兄さんに迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思います」

「今更」

「それでも! 私は備品を壊してない! カンニングなんてしていない! 窓ガラスだって割ってない! 他の子に暴力なんて振ってないし、先生を罵倒なんてしてない! お父さんたちは先生の言葉を真に受けすぎてるんだよ! 私の言い分を少しも聞いてくれないじゃない。私だってこの家に生まれたことを誇りに思ってた。家の評判を落とさないようにって思ってたつもりだったよ。それとも、そんなに信用なかった? 私」


 亜璃子は一度深呼吸すると、唖然とする両親をおいて振り返る。


「兄さんのことは尊敬してた。有守河グループの跡取りとして頑張っている兄さんの姿は小さい頃の私には輝いて見えてた。本当に家族として、兄妹として、好きだったんだよ」


 兄がなぜ亜璃子を嫌うのかはわからない。それでも昔は遊んでくれていた記憶もある。

 今までの嫌がらせを問い詰めたかったのに、溢れた言葉は別物だった。


 どこで掛け間違えてしまったんだろう。

 どこからすれ違っていたのだろうか。


 亜璃子の家族の形が修復するのかはわからない。

 それでも、静まり返る部屋の様子に亜璃子の言葉はとりあえず聞いてもらえたことだけはわかった。

 亜璃子はその場を後にして、携帯を取り出す。

 「何かあったら電話してね」と登録されていた電話番号を見つける。


「伯母さん、私ね――」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 数年後、亜璃子は外交官になっていた。

 両親とは違う職業に就きたかったし、多くの人と国との橋渡しとなれる仕事は面白い。その為の勉強は大変だったけれど、それが役立っていることを実感できるのは楽しい。それは苦ではない。

 あの日伯母に電話するとすぐに駆けつけてくれた。

 亜璃子の言い分と家族の言葉で状況を把握した伯母は、亜璃子を引き取ると言って父に食いついたそうだ。

 伯母さんの家には子供がいない。だから昔から「女の子がほしかったのよね」と亜璃子を可愛がってくれていた。

 無事に伯母の養子となった亜璃子は環境を一新した。亜璃子が危害を加えてしまった子には自ら謝罪して、転校したのだ。

 勝手がわからなくて苦労したけれど、今ではそれも人生の糧になっていると実感できる。


 晴れ渡る空の下では多くの人が行き交う。ビルに備え付けられた大型ディスプレイからは今朝のニュースが流れている。


「――少女連続誘拐事件の犯人が昨日逮捕されました」


 雑多な音の飛び交う中でなぜそれが気になったのかわからない。見上げた画面にはどこか見知った風貌の男が映っている。

 でも亜璃子の知っている人物は外には出られない。そういう魔法なのだと言っていた。


「男は“アリス”と叫び半狂乱になっていることから、精神疾患を疑われ――」


 亜璃子は瞼を閉じる。

 男と会ったのは伯母に保護された翌日。

 亜璃子の顔を見て一瞬嬉しそうにした男はしかし、何かを察したのか無表情になった。


「レーヴンさんのおかげでわかったことがあるの…………私は自己完結させてしまうことがクセだったのね。諦めずねばればよかったの。それを教えてくれた、気づかせてくれたあなたに感謝するわ。“アリス”は返します。私にはもう必要ないから……さよなら、レーヴンさん」


 伸ばされた手に“アリス”を押し付けた。

 そして逃げるように部屋を飛び出したから亜璃子は男のその後を知らないのだ。

 「ぼくのありす」と話し相手になってくれた男はその時確かに亜璃子の心の支えだった。けれどきっとあのまま男の優しさに甘えていたら、亜璃子は成長できなかっただろう。家族との確執も解けないまま、周囲になすりつけて逃げるだけの人間になっていたかもしれない。甘い言葉は時に毒となる。


不思議の国ワンダーランドなんて存在しない。いつまでも夢の時間こどもではいられない。


 今では家族とも和解し、ぎこちないながらも普通に会話ができるようになっていた。

 連れ出してくれた伯母に亜璃子は心から感謝している。伯母は亜璃子を引き取っても、家族との仲を蔑ろにしてはいけないと一緒に修復するのを助けてくれた。一人ではないと、誰も亜璃子を受け入れていないなんてことはないと示してくれた。

 その伯母の気持ちに報いる為にも、亜璃子は精一杯頑張ろうと顔を上げる。

 今日も一日良い天気に恵まれそうだった。



ここまでお読みいただきありがとうございました。


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