[閑話]王女とメイド1
「ねぇ、まだはじまらないの」
紫紺の瞳を大きく開き、大粒のルビーを惜しげもなく使ったネックレスを揺らしながら、豪奢に着飾った娘が呟く。
色々なものが珍しいようで知らず知らず前のめりになりながら、そわそわと辺りを見渡す。そんな主の様子を見ながら、世話係であるメイドは微笑んだ。
「はい。玲奈王女。もう間もなくはじまります。あとしばらくお待ちください。」
「そう。早くはじまらないかしら。絶世の美女という舞手はともかく、伴奏や歌い手は極上の旋律で楽園に連れてってくれるのでしょう。あ、も、もちろん、調べたりなんかしてないんだからね!
噂で聞いただけなんだから」
少し赤くなりながら焦って言い訳する様は、子どもが必死で背伸びしているような可愛らしさをはらんでいる。
彼女は今朝、主が枕の下に如月場のチラシを押し込んでいたのを知っていた。ついでに、テーブルの上には如月場で生まれた数々の逸話集ーーーその中には現王である狼男がうら若きリュート使いであった妻リリムに一目惚れした話を元にした童話「天上のリュート」も含まれていたーーーが置いてあったのにも気付いていたが、礼儀正しく見なかったふりをした。
「はい。存じております。倉科公爵は、様々なことをご存じでいらっしゃる分、おしゃべりでらっしゃいますので。」
代わりに、主人をここに誘った男をやんわりとやりだまにあげる。
案の定、王女は食い付き
「そうそう。けして、私は来たかったわけではないのよ。こんなの見慣れてるんだから!ただ、あのブタ男がどうしてもと言うから仕方なく来たのよ」
と、仕方無さそうな顔を作って、そっぽを向いた。
倉科公爵の狙いは、間違いなく絶世の美女という舞姫だろう。単なる公爵では美丈夫と名高い名門公爵家次男かつ歌舞伎俳優の益荒男が首ったけになっている姫の心を射止められるはずもない。
容姿ではなく他のものでアピールを考えた彼は王女の側近であることを売りに少しでも舞姫の心を動かそうと考えていた。
だから、熱心に王女を誘ったのだ。
だが、せっかく喜んでいる主を前にそんな裏事情を出す必要はない。
レムはごにょがにょと言い分けを連ねる主の話を聞き流しながら、やんわりと頷き続ける。
ふと、わがままで素直でなかった妹の顔が浮かんだ。
もう二度と会えない家族の姿が、目の前の少女に重なる。
「ちょっと聞いてるの?レム!」
「はい、聞いておりますよ」
甘えるようにふくれてみせる少女。
知らず、懐かしさが込み上げた彼女は姉のように優しく微笑んだ。