王子と少女
「大丈夫か?」
目の前で自分の従者がやっていたことに反応し、思わず食べかけのリンゴ飴を投げつけ撃沈させた主は、腕の中の少女に優しく声をかけた。
赤面して震える小柄な身体。大きなスミレ色の瞳は焦点が合わず、口元は何かをつぶやくようにパクパクとひらいている。
雷矢は自分の従者に心の中でもう一発くれてやってから、少女の頬を軽くたたいた。
「・・・!」
刺激に反応し、何度か瞬きした後、驚いたように離れようとする。
だが、うまく力が入らないのか、すぐにペタンと床に座り込んでしまった。
「俺の従者がすまない。・・・大丈夫か?」
眉尻を下げ、手を差し伸べながら、彼は心配そうに相手を見つめた。
ようやくその視線に気づいたのか、紫色の髪の隙間からのぞく瞳が雷矢をとらえる。
彼女は、こくんと頷くと、差し出された手を握らずに自力で立った。
そして不思議そうに目の前の相手を見つめる。
どうやら自己紹介を求められているようだ。
「オレの名前は雷矢。さっきいた黒髪の男・・・ルイの主だ。もしよければ、何であんなことになったのか教えてくれないか。」
「・・・。」
困ったように見つめる少女。
視線の先には色眼鏡と帽子があった。確かに室内なのに帽子と色眼鏡をつけたままなのはかなり怪しいだろう。自己紹介も耳に入らないはずだ。このままでは不審人物扱いされると、慌ててそれらをとる。
はっと息をのむ音が聞こえた。
黄金の髪に黄金の瞳。
それを持つ人間はこの国には一人しかいない。むろん、他国から来たばかりで噂を知らない可能性もあるが・・・どうやら、ばっちり目の前の人間の正体に気付いたようだ。
先ほどよりさらに困惑した顔が、こちらを見上げてくる。
とりあえず、話を先に進めようと、相手の名前を聞いてみることにした。
「君の名前は?」
「・・・。」
「・・・・・・。」
まさか王子に聞かれてシカトはないだろう。今度こそ何かの答えが返ってくるというだろうという予想に反して、相手は無言を貫いた。
正確に言えば、口を開いたものの、ふと自分の喉に手を当て・・・何かを探すように室内を見ている。
かわらぬ沈黙が少し気まずい。
視線をそらし誤魔化すように頬をかくと、一番端の机にあった紙とペンを手にした少女がこちらを見つめていた。
少し慌てた様子で文字を書き、目の前に差し出す。
『ごめんなさい。私は話せないんです。』
それを見た雷矢は軽く目を瞑る。
だが、すぐに安心させるように笑った。
「悪い。すぐに気付けばよかったな。耳は聞こえるのか?」
『はい。耳は聞こえます。』
「なら、何があったか教えてくれないか。あと、話が長くなりそうだから、敬語はいい。」
『けど・・・貴方はこの国の・・・』
書きかけた手を握る。
重なった指から、腕、肩とさまよったスミレ色の瞳が、迷いを振り切るかのように黄金の瞳を見つめた。
交錯する視線。
「そう。偉い俺が言うんだから、気にしなくていい。」
その物言いに、思わず少女は吹き出した。
声なく笑う彼女を見て、金の髪の王子も笑い返す。
紙の上で、二人の会話がはじまった。