紅い紐
「いやぁすまないね。まさか、あの君達が知りあいなんて思わなかったものだから。あまりに良いシー ンだったんで、誰かに見せてあげたくて。」
絶世の美女とはまさしくこのことを言うのだろう。
頭の先からつま先まで、とてつもない色香を振りまきながら、噂の舞姫シャラが笑う。
紫水晶の瞳に象牙のような白い肌。絹糸のような藤色の髪は軽く結われ、紅玉の簪が倒錯的な音を奏でる。
幾重にも重なった首環の下にはボンキュボンという擬音が聞こえてきそうなぐらいのナイスバディがあり、身じろぎするたびに薄い布から豊かな胸元がこぼれおちそうになっていた。少し変わった口調も、涼やかな声が耳に心地よすぎて気にならない。
男なら・・・いや、どんな人間でもたちまち虜になって貢いでしまいそうな美貌がそこにはあった。
だが、当初の予定とは違うものを見てしまったホークとオーリーは、黙り込んだまま茶をすする。
彼らの脳内は、先ほどの出来事でいっぱいで、見えそうで見えない神秘のポーズを堪能する余裕はなかったのだ。
あの後、反射的に先ほど買ったリンゴ飴を相手横顔めがけて投げつけ、自身の従者にきつい一撃を加えた主は、一緒に倒れこみかけた少女を抱きしめながら怒鳴った。
部屋の隅には、爆笑する件の舞姫。だが、今はそれどころではない。
「何考えてるんだ!お前は!!」
スミレ色の瞳を見開いたままあらぬ方向を見ている少女は、真っ赤な顔で口を震わせている。
どう考えても、ルイの過剰な色気が原因だった。
「言い逃れはできませんよ、従者殿。ホーク、彼をロリコンの罪で今すぐしょっ引いてください。」
「いや、ちょっと待て、オーリー。ロリコンなんて罪状は聞いたことが・・・」
「何言ってるんですか!どう見ても、今の行為は犯罪でしょう。ああああんな破廉恥な・・・」
こういうことに免疫のないオーリーが、赤面しながら意味不明の理由で相棒をたきつける。
一方、もう少し年上の娘になら似たようなことをしたことのあるホークは、何だか自分が追及されているような気分になって、ついついかばってしまった。
「あれぐらい、別にどってことは・・・」
『あれぐらい!?』
瞬間、雷矢とオーリーの声が重なる。
「や、まぁ確かに、あれぐらい・・・なんてレベルじゃなかったな。うん、ルイのやつがやると死人が出かねねぇし。」
二人に睨まれ、ホークはあっさり前言撤回した。
「とりあえず縛っとくか。」
何とか話をそらそうと、床に伏したまま動かないルイを尻目に縛るものを探す。
「これなんかどうかな。」
ようやく笑いをおさめた舞姫が、やたら雅な紅い紐を差し出した。
その艶やかな姿に見とれながらも、自分が男をその紐で縛るということに非常に抵抗感を持つ。
よりによって何でそんな色っぽい紐・・・あのルイの美貌を考えたらにぜってぇ似合うだろうし。つーか、そんな倒錯的過ぎる格好のやつの事情聴取しなきゃいけねぇのか、俺は。
自分が誘った外出だが、とんだ貧乏くじだ。
ほかに選択肢のない中、仕方なくホークは紅い紐でルイの手首を縛る。
雷矢は、そんな従者をちらりとも見ずに、少女を抱えたまま部屋を出てしまった。
城にいたはずなのに、こっちにいたってことは、こいつ城でなんか揉め事起こしたんじゃないのか。
口元をおさえ噴き出しかける絶世の美女と、悪い予感しかしない親衛隊長、そしてカラ咳を繰り返す宰相補佐官。
三人は三者三様の気持ちでお茶を待つこととなった。
一方、その頃リオリア城内では多忙な右大臣、狩野・マーラが突然倒れた宰相付きの名誉補佐官を見舞っていた。
一度話し出したら3時間は止まらないと言われる彼の話の大半は、家族自慢である。
そのため、狩野が枕元に立った際、苦しげな息遣いのもとかれた言葉はてっきり彼の家族の名前だと思っていた。
しかし不明瞭ながらも、真っ白な髭に覆われた口から出てきているのは違う言葉のようだ。
気になった彼は、見舞いの品を枕元に置き、藤堂の顔にそっと耳を寄せた。
瞬間、夢うつつの藤堂が涙声で叫ぶ。
「頼む、頼むからそれ以上魅惑的な声で囁かないでくれぇぇぇ。」
彼の身に何が起こったのか知る者はいない。
ただ、この日を境に雷矢は二度とルイに許可書を取って来いとは言わなくなった。