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如月場(キサラギジョウ)の舞姫

「本当に良かったんすか?」

「いいんだ。」

 美しい従者に、城外に出るための許可を取って来いと言いつけ、雷矢はすぐさま変装して裏門を出た。

「あのままいったら、確実にルイのやつはついてくる。変装してお前らと出れば城門でそう引っかかるこ ともない。何かあった時のために、王族が城外に出るためには、宰相の許可が必要な決まりだが、萩野 は今忙しい。宰相補佐官のオーリーはここにいる。ということは話が長くて有名な名誉補佐官である藤 堂・タルミットが代決で許可を出す。いくらルイでも一度口を開けば3時間は相手を離さないという高 齢者相手に、そう簡単にはいかないだろう。」

 黒のカツラ付の帽子と色眼鏡で、やたらと目立つ色彩を隠した雷矢が、後ろを歩くホークに答える。

 「いや、あの勢いだとタルミット爺を脅してでも・・・本当に大丈夫なんですかね」

 少し微妙な顔をしたホークの隣りでは、長年の相棒であるオーリーが、古本屋の看板に目を輝かせていた。

 彼ら三人は今、王都レインローズの中でも特に賑やかな通りを歩いていた。

 目的地は、王都全体を囲む石壁の中頃、大通りのちょうど中間に位置するルビー市場である。

 そこには、近隣の町を巡り歩いてきた様々な商品が所狭しと並べられており、一角には如月場キサラギジョウと呼ばれる旅芸人用に設けられた舞台もあった。

 少し大きめの舞台の周囲には旅芸人用のテントが張られ、つけられた名の通りだいたい二ヶ月で人が入れ変わる。

 滞在する芸人は、売上の3割を支払う代わりに何時から何時と決められた時間に舞台に立つことができ、その評判しだいでは貴族から声がかかることもあった。

 雷矢の祖父の狼漢も、この舞台でリュートの弾きだった祖母のリリムと出会い、一目惚れしたという過去を持つ。

 そんな、王都の流行最先端とも言えるべき場所は、今、一人の舞姫の話で持ち切りだった。

 誰もが心奪われると評判なのは、その芸だけではなく傾国の美貌によるところが大きい。

 すでに何人もの貴族からの誘いを受けた舞姫は、しかし如月場の舞台に立つ時間には必ず現れ、客席を沸かせていった。

 その噂が噂を呼び、如月場には立ち見でもいいから一目見たいと連日多くの人間が押しかけていた。

 「おい、あの馬車とか、倉科クラナシ公爵のものじゃねぇか? ひゃー金かかった乗り物だなぁ。あ れは絶対今晩、舞姫を招く気だぜ。羨ましい。」

 ゆったりと横を通り過ぎていく馬車を見ながら、ホークがぼやく。

 だが、相棒であるオーリーはまったく気にしなかった。

 「そうですか? 私なら、あんなゴテゴテした車に乗る者の気が知れませんけれどね。あの装飾を一つ  売って、セイト王国の歴史全書でも揃えたほうがずっと有意義でしょう。」

 「っつたくお前はそんなんだからモテねぇんだ。舞姫見て、少しは男の本能を目覚めさせてもらえ」

 「その場合、私はああいった車を購入して、舞姫を我が家にお連れするわけですか。何か寒気   が・・・。やはり、私はその辺の古本屋で時間を潰してきます。」

 踵を返し、先ほどの古本屋に向かおうとするオーリー。それを引きとめるホーク。

 そんな光景を見ながら、雷矢は街の空気を思い切り吸い込んだ。

 リオリア城内とは違う、活気に満ちた空気が肺を満たしていく。

 たくさんの人間が笑っているこの空間が、雷矢は好きだった。

 「雷矢様、実はけっこう城抜け出してるでしょう。王子がこんなに街に詳しいなんて、まずいんじゃな いすか」

 オーリーを捕獲しながらホークが、からかい半分で聞いてくる。

 城の警備を任されており、親衛隊長の立場にあるものとしては、思った以上に雷矢が街に慣れているため少し複雑らしい。

 だが、雷矢はそんな複雑な気持ちを一蹴した。

 「王子が自国の街に詳しくて何が悪いんだ。むしろ、知らない方が恥だろ」

 エリューシォンから来たという触れ込みのりんご飴屋を覗きながら、平然とした口調で言い放つ。

 その後ろで、ホークとオーリーは、思わずといった形で目を合わせた。

 そして、若き王子の年齢に似合わないほどの責任感を不思議に思いながらも、その心を高く評価する。

 わずか十六の遊びたい盛りに、これだけのことを言えるものはそうそういない。

 民のことを知ろうとする心。

 王族にはそれがないと、極寒の地下牢で震えながら話し合った。

 王が代わり、牢屋から出た後も、心の中の冷たくなった部分は残ったままだった。

 しかし、目の前の王子は、稀にその黄金の瞳のような、まぶしい未来への期待を抱かせる。

 優秀な王に仕え、少しでも民を豊かにしたい。

 それが彼らの望みだった。

 「やっぱり、雷矢様はすごいな。あんなに民のことを考える王族は見たことねぇ。」

 「ええ。あの国を思う気持ちは、前宰相だったお父上を思い出します。」

 前を歩く王子を追いながら、小声で、こっそりやりとりする。

 「昔は玲奈王女も民のことに気を配る人柄だったという話ですが、今はそんなことを考えないわがまま ぶりですし・・・。民に対する責任があること、それを理解し実行できる王に私は仕えたいと思ってい ます。」

 「だよな。狼漢王は実績があるが、あの年齢だ。今から何か大掛かりなことをしようとしても、引き継 いでいく人間が必要になる。それが雷矢様なら・・・もう一度王に対し、忠誠を誓ってもいいかもしれ ねぇ」

 氷が少しずつ解けていくような感覚を語り合い、二人は笑った。

 だが、話は不穏な方向に向かう。

 「ただ、狼漢様の体調不良が長引けば、玲奈王女が王座に着く可能性は高くなります。雷矢様を王座に 着かせ、内乱を防ぐことを考えるなら、王女暗殺が一番手っ取り早いでしょうね。」

 「おい。こんな街中でなんつー話はじめるんだ。」

 慌てて小声でホークが突っ込む。だが、オーリーは言葉をとめなかった。

 「客観的な事実を述べたまでです。最短・最速の解決法でしょう。それともあなたはあの日に何度も薔 薇風呂に入って執務の一つもしない王女が王座に着けばいいと思ってるんですか。」

 「そりゃ、王女のわがままぶりは、既にレインローズ中に広まっているようだけどよ。一応年頃の娘な んだし、身だしなみを気にするのは当然だろ。あの前王の娘ってだけで、ずいぶん苦労もしてきてるは ずだ。いくらなんでも1ヶ月でそれはひどすぎねぇか。」

 女に甘いホークがフォローを入れる。

 しかし、オーリーは容赦なく続けた。

 「まぁ、病床に臥せっているとはいえ、狼漢様にはカガ・カンスがついているとまことしなやかに噂が 流れています。あの宝石やらドレスやら、お菓子やらがどこから出ているかを認識しない以上、早晩暗 殺計画が練られ消されることでしょう」

 「オーリー、お前ちょっと女にきつ過ぎるぞ。」

 「あなたが甘すぎるんです。・・・昔から、この点については最後まで意見が合いませんね。」

 先ほどまで、意気投合していた二人の間に微妙な空気が流れだす。

 だが、お互い譲れない問題なので、黙り込んでしまった。

 阿吽コンビといえども、意見のぶつかりあいはあるのである。

 そんな二人に呆れた声で第三者が声をかける。

 「お前らなんて話をしてるんだ」

 目的地に着き、振り返ると、誘った張本人たちが小声でものすごい不穏な内容の会話をしている。 雷矢の口からため息がこぼれた。

 息抜きに来たのに、これではルイといるのとあまり変わらない。

 「ここは街中だぞ。オレ達は噂の舞姫を見に来たんじゃないのか。何でそんな話をしてんだよ」

 「すみません。このままでは国の為にならないと考えていたら、つい・・・。」

 つい、で暗殺計画練るな。

 発言者以外の二人は同時に心の中で突っ込んだが、声には出さなかった。

 「女が死ぬのは忍びねぇし、早く改心してくれねぇかな」

 なんとか場を丸めようと、ホークが願望の入った言葉を呟く。

 だが、その願望は見事に打ち砕かれた。

 「それは無理じゃないですか」

 そう言ってオーリーが指差した先には、豪華絢爛な馬車が一台とまっていた。

 「あれは・・・」

 「玲奈王女の馬車ですね。昨日、会計管理の知り合いが憤死しかけてましたから、よく覚えていま す。」

 入り口の辺りに人だかりができているところを見ると、あそこに王女はいるらしい。

 このまま進んで、会うのはまずいな。

 そう思った雷矢の表情を読んだのか、ホークは「裏口の方から入りましょうか」と声をかけ、先導した。

 「裏口なんてよく知ってるな。」

 ホークに続きながら、雷矢が驚く。

 「如月場のオーナーとは小さい頃からの知り合いでしてね。まぁ、綺麗なおねぇちゃんが昔っから好き だっただけなんですが。舞姫に会う話もついてますよ。」

 如月場の裏側に立つ筋骨隆々とした男にホークが片手を上げて挨拶すると、扉の前にいた何人かが横に寄る。

 「ここです。席もあの王女様から見えないような位置にしてもらえるよう、交渉してみますから。」

 「ああ。そうしてくれると助かる。」

 「あなたは本当にそういったところに関して手際がいいですよね」

 ようやく穏やかな雰囲気を取り戻した3人が小さめの入り口をくぐる。

 衣装や小道具が並べられた部屋を通り抜け、噂の舞姫の部屋まで来たホークは浮かれた声で、後ろの二人に話しかけた。

 「さぁ、この向こうには、至福のような光景が広がってますよ。雷矢様、しっかり見ておいてくださいね。」

 ルイよりも美人と評判の舞姫がこの先に。

 高まる緊張の中、面食い少年のときめきを取り戻した雷矢がこくりと喉をならす。

 そんな雷矢の様子を見て、少し興味が出てきたのか、オーリーも視線を向けた。

 二回のノックの後、「どうぞ」という魅惑的な声が返ってくる。

 ゆっくりと開かれた光の向こう側で見たものは・・・


「君の全てをおれのものにしたい。おれ以外誰も見ないでくれ」

よくよく見慣れた極上の美貌の従者が切なげに吐息を吹きかけ、真っ赤になった十歳ほどの少女を口説いているシーン・・・そして、肩を震わせながら笑い続ける絶世の舞姫だった。



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