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プロローグ

 「いやぁぁぁぁぁあああ」


 リリム暦8年7月1日、セイト王国の王都、レインローズ中心地で絹を裂くような悲鳴がこだました。

 かつての英雄の名を取り、リオリア城と名づけられた荘厳な城。その近くを飛んでいた虹色雀が、ぼとりと木の上に落ちる。

 起点となった城内の一室には、二つの人影があった。

 一人は一度見たら忘れられない神秘的な射干玉ぬばたまの髪、美しさというものを神から大奮発されて生まれてきた容姿の持ち主。そしてもう一人はこのセイト国の王子であり、先ほどの超音波攻撃を間近で受けた被害者でもある雷矢ライヤ・クルーガー・ラ・ウォークである。

 心の耳栓を容赦なく粉砕された御年十六の若き王子は、ぐらんぐらんする頭を抱え、黄金の瞳を閉じて、必死にこれ以上目の前の人間兵器から攻撃を加えられない方法を考えていた。

  あの声をこれ以上聞くと、明日まで精神的ダメージが残るな・・・。

 くせのある金の髪がこっそり吐いたため息で揺れる。

 外見も内面も非常識極まりない目の前の従者を「慰めざるをえない」という結論が出た彼は、仕方なく口をひらいた。

 「落ち着けって、ルイ。だから、さっきから言ってる通り、婚約しただけなんだ。まだ結婚すると決まったわけじゃないんだから、そんなに慌てるなよ。」

 だが、敬愛する主と付近を飛んでいた善良な雀に超音波攻撃をくらわせた張本人は「よよよ。」と泣き崩れるばかりで、保身願望由来の誠意がこもった説得に簡単に頷かない。

 「でも、いずれ結婚するんでしょう!? 雷矢様・・・私というものがありながらあんまりです。」

 そう言って、雷矢の指先を己の手に取り、自分の頬に擦りつける。

 「うわっ、ルイ離せ !」

 深海を思わせる瑠璃色の瞳に漆黒の髪。そして、きめこまやかな肌が彼の指先にあった。あまりの美しさに息を飲み、一瞬だけ魅入られる。

 もしルイの頬がうっすら赤くなっただけの状態であれば、あるいは雷矢も感触を楽しめたかもしれなかった。

 しかし、現在その部分は、涙でびしょ濡れだった。

 心臓がトキメキとは別の理由で高鳴り、鳥肌が立つ。つまり、生理的嫌悪。

 「やめろって!」

 再び力を入れた時、雷矢の手はルイ印の塩水でべとべとだった。慌てて相手の指を振り切り、素早く身を引く。

 しかし、ルイはさらに雷矢を求め、逃すまじとその体にしがみつき・・・今度は目だけでなく、鼻からも口からも涙を流し出した。

 「ウソでも名目でも、あんな女と婚約されるなんて、絶対嫌です~!」

 信じられないぐらい悲惨な状態なのに、その姿はなおも美しい。

  ありえねーだろ、普通。

 子供顔負けのぐしゅぐしゅな状態になってなお、きらめくばかりの美貌に対し、心の中で突っ込みを入れながら、雷矢は複雑な気分になった。

 「あんな女」の部分で今日会った人物を思い出したからだ。

 本日はじめて会い婚約者となった相手は自分より二つ年上の十八歳で、高飛車かつ金食い虫という第一印象しか持てなかった。もちろん、雷矢の理想ともかなりかけはなれている。

 何よりも気になるのは、レインローズの宝石ともちあげられていた彼女より、今、目の前で鼻水たらしてる自分の従者の方が、ずっと美しい点だった。

  せめて、顔だけでもルイ並だったら、目の保養になったんだが・・・。

 本人が聞いたら怒髪天間違いない感想を胸中でぼやく。

 そして、自身がかなりの面食いだという事実に、その時ようやく気付いたのだった。

  自分が相手を顔で判断する人間だったとは・・・。

 彼はちょっぴり自己嫌悪に陥った。

 このことについては、もうしばらく悩むかもしれない。

 とにかく、今日わかったことは、面食いかつ性格的にも良い女性を求める雷矢にとって、本日会った相手が、あまりお近付きにはなりたくない類の人間だということだった。

 ルイじゃなくとも雷矢個人に好意的な相手ならば、「あんな高まんちきで金かかりそうな女との婚約なんてやめとけ、やめとけ」と言ってくれるだろう。

 しかし、王子という立場についている以上、雷矢の婚約はれっきとした政略である。そこに個人的な理想の女性像が入る余地はなかった。

 それに、いくら思考面で同意できるからと言って、ルイの目茶苦茶な行動にゴーサインを出した覚えもない。

 知ると何をするか分からないため、今日の婚約式のことは伏せて馬で2時間かかる場所にあるルビー川の治水工事の現場監督に任じ、1ヶ月は帰って来ないように仕向けたというのに。どんな手を使ったのか、わずか数日で帰ってきた従者は、式が終わったばかりの主の元にやってきた。

 そのため、現在雷矢が着ているのは当代きっての服職人レ・ニールが苦労に苦労を重ねて作り上げた国宝級の品だ。白地に金の刺繍が施されたその服は、けして華美になりすぎずに品良くまとまっており、実年齢よりも落ち着いた雰囲気の彼よく似合う。

 普段、服に対してあまり興味を持たない雷矢も、その出来映えに感服し、式典等重要な場面によく着用していた。

 そんな、一張羅に。

 よりによって、ルイの涙とか鼻水とか唾液とかが擦込まれていく。

 胸元にできた世界地図に、雷矢も涙が落ちそうだった。

 好きでもない女との婚約で従者に泣きつかれ、お気に入りの服を台無しにされる。

 何で俺がこんな目に・・・。

 大人びていると評判の王子は、心の中で中指立ててバカヤローと叫び、相手に頭を切り替える。

 とにかく現状を切り抜けねば、鬱々と自問自答することもできない。

 「あのな、俺だって別にあの女と婚約したり結婚したいわけじゃない。永遠の愛誓ってラブラブになるなら、もっと可愛くて性格良好な子としてーよ。

 けど、それが政略だったら仕方ないだろ? まだ婚約だけなんだし、幼なじみとの口約束をちょっとレベルアップさせた程度のものだと思って我慢しろよ」

 笑顔を浮かべ、なるべく優しく聞こえるように注意を払う。

 実際、今回の婚約はあくまで形式的なものであり、即座に結婚につながるわけではなかった。そこに至るまでには、解決せねばならない問題が山ほどある。ゴールインする可能性のほうが低い。

 そのことに、ルイが気づいていないはずがない・・・と、思うのだが。

 主に重すぎる愛をぶつけるこの従者は、頭に血が上ると、物事を100か0にしようとする。

 せめて今の言葉で、簡単な状況判断を思い出すぐらい落ち着いてくれればいいんだが・・・。

 しかし、内容がまずかったのか、思惑とは逆に、ルイはさらに腕に力を込めてきた。腰に回された白い腕が、そんじょそこらのアナコンダよりもきつく身体を締め付けてくる。

  ぐ・・・このままいったら、背骨がぽっきりいくかもしれね~。

 遠くなりかける意識の中、窓枠越しに空を見つめると、何やら木の上で虹色雀が頭をふっていた。

 しかし、いっそこのまま倒れたいという願いに反し、意識はたちまち現実に連れ戻される。

 「幼い雷矢様と結婚の約束をしたのは、私なのに~」

 「してねーっ !!!!」

 爆弾発言に対し、力の限り叫ぶ。

  現実と妄想の境界線ねぇのかお前はっ

  誰が、いつ、お前と約束したよ?

  勝手に記憶を改竄してんじゃねー。

 続けて言い放ちたい台詞が頭を駆け巡った。

 しかし実行にうつせば話が逸れていくのは確実だった。

  落ち着け、俺。俺まで頭に血を上げてどーする。

  平常心、平常心。

 深く息を吸い込み、苛立つ気持ちを抑え込む。

 しかし、そんな努力も虚しく、ルイは悪態で膨張してゆく主の風船をさらにつっつく。

 「どうしても、どうしても、あの女とこのまま婚約を続けるのであれば、今ここで、私に永遠の愛を誓って下さいっ」

 奇跡のように美しい顔が、心持ち緊張した表情で近付いてくる。

 濡れたような・・・というかめっちゃ濡れてる唇が、求めるように開かれ・・・

  3・2・1。

 黒く長い睫毛が頬に触れかけた時、雷矢の中の風船がすさまじい音を立てて、はじけた。

 爆風によって、理性の壁が飛んでゆく。

 感情のみとなった雷矢は、自分の胸にしがみつき、今まさに口付けようとしている相手の両肩をつかむと、がら空きの腹部に蹴りを入れた。

 「うぐっ」

 無防備に強請っていた唇は、ふいの攻撃により床の絨毯とのディープキスに突入する。

 その様子を見ながら、雷矢・クルーガー・ラ・ウォークは、自分と同じ性別をもつ美貌の従者に向かって、怒鳴った。


 「いくら綺麗だろうと、男相手に永遠の愛なんか誓えるかーっ!」

 窓の外の虹色雀が、同情的な声でチュンと鳴き、二人を置いて飛び去った。


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