お嬢様視点4
~二年目~
春がまた来た。 彼女の家の早咲きの紅白の梅が咲いた時分から、彼女はまた竹林に毎日のように通った。
マフラーと手袋、暖かな綿入りのブーツを履いて、彼の眠る繭をじっと眺める日々。
幸せだった。 目覚めたら一番に声をかけると決めていた。
だから桜の古木の近くの石に腰かけて、彼を包む半透明の繭が開くのをずっと待っていた。
いつまでも待てる気がした。 目が覚めることを知っているから、約束があるから待ち続けられる気がした。
通い始めて、一週間、二週間ほどが過ぎただろうか?
鶯が春を告げるように鳴いたとき、彼が身じろぎしたのを彼女は見逃さなかった。
「ジン!」
名前を呼んでみた。 すると再び身じろぎして、繭を割り、孵化するようにジンは出てきた。
「クリスティーナ?」
呆然と、まだ理解ができていないようにジンはぼぅっとしたままそう呟いた。
彼女は嬉しさのあまり、ジンの腰に抱き着く。
彼女の腕でも回せるほどの腰の細いジンは、驚きに目を見張りながら、白い手袋をはめた手で彼女の頭を撫でた。
「ね? 私忘れなかったでしょう? 変わらなかったでしょう?
あなたのこと、ずっと待ってたのよ?」
ジンは珍しく微笑んだ。
初めてジンの微笑みを見た彼女は、一瞬で顔をゆでだこのように赤くして、離れる。 頬がカッと熱を帯びて熱い。
嬉しい、初めての彼の笑顔、嬉しい、自分に向けられた笑顔。
そんな彼女の顔を覗き込むようにして、ジンは不思議そうな顔をしている。 こんな表情は見たことがないとでも言いたげだ。
「あまり覗き込まないで、恥ずかしいわ」
どうにか彼女はそれだけ言うと、ジンに改めて向き直った。
「おはよう、ジン。 そしてお帰りなさい」
これにはジンも面喰ったようで、それでも畏まって言った。
「おはようございます、帰りました。 いままで待っていてくれてありがとう」
ありがとう、その言葉は彼女が聞いた今までのどの「ありがとう」より嬉しかった。