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馬酔木(あしび)に恋した  作者: 和久井暁
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お嬢様視点3

季節が無情むじょうにすぎていく。

 彼女と会う毎日が楽しいと感じること、そして一番驚いているのはそんな自分に慣れてきていること。

そして戸惑ってはいるものの、クリスティーナの来訪を待っているのは自分の方だと自覚した。

 出会った春も、暑さに木陰こかげで昔話や異国の話に興じた夏も、秋の味覚を恵んだ時も、冬に眠りにつかなければならない今さえ。

 まさか自分が別れを言うことを惜しいと、感じるなんて。

 冬になれば大抵の精霊は眠りにつく。 活動ができる気候きこうではないからだ。

 私はクリスティーナに言わなければならなかった。

 「さようなら」、その一言を―。


 彼女は今日も竹林にきた。 最近は両親もこの竹林に通うのを許してくれている。 何か企んで内緒にしているようだった。

 けれど自分には関係ない。 ジンに、彼に会えるならかまわない。

 彼女はジンに恋をしていた。 思春期によくある、憧れにも似た疑似恋愛ぎじれんあいだと大人は笑うだろう。

 しかし当人は本気なのだ。 愛し方も、なにも知らなくとも。

ただただ、愛しくてたまらない。 離れたくない、そばにいたい、必要とされたい、もっと知りたい。

彼と出会った春は最悪さいあくな印象だった。 それから徐々に、人間らしくなっていって、ジンはそれが感情だと気づいていないみたいだけれど。 彼が気付いていない感情を、自分が気付けることの幸福に彼女は優越感ゆうえつかんを感じていた。

自分だけが知っている。 自分だけの彼の素顔。

それが嬉しくてたまらない。

しかしあるとき釘を刺された。

山桜の古い木、その樹精にこう言われた。

「お嬢さん、ジンは魔の者。 あまりかかわってよろしいものではありません。 あやつは母木に忠実、何百年も生きながら、母木を切ろうとする人間たちを祟ってきた。

 冷酷れいこくで非情な一面を持っていることを決して忘れてはならない。

 いくら情緒じょうちょを持とうと、所詮は魔の生まれなのだから」

 彼女はわかってはいた、でも納得したわけじゃない。

 止められない感情は、ブレーキの壊れた車に似ていた。

「それでも私はそばにいたい。 愛されたいし、愛したいの」

 口の中で呟いた言葉。 誰も聞き取ることのできない言葉はむなしく掻き消えた。

 いつもの広場に行くと、ジンと古老がすでにいた。

「ジン、すっかり寒くなったわね。 この前、木枯らしが吹いたわ」

「ええ、ですから私もあなたに大事な話があります」

「なに、いい知らせ?」

 かわいらしく見られたくて、彼女は小首をかしげた。

 ジンの瞳は暗い色を帯びている。

 輝くような金の瞳が、暗く見えるなんて、なにかあったのだろうか、と途端に彼女は不安になった。

「私はあなたにサヨナラを言わなければなりません」

「なぜ、どうして? あなたはこの竹林からでられないはずでしょう?」

「私たち樹精も春に向けて冬眠しなければならないんです。

 冬の期間を春に向けて、力をたくわえるために眠らなければならないんです。 だから―」

「冬の間は……会えない」

 彼女はそうつぶやくと、すぐに言いつのるように言った。

「それでも、春になればまた会えるわよね? ね? そうでしょう」

「ええ、でも人と木とでは感覚が違う。 人は変わりやすい、今のあなたが心変わりをしない保証もないでしょう?」

 以前の彼ならこんな心配や、こんなことは言わなかっただろう。

 彼は変わってくれた。

「確かにそうだわ。 でも私は変わらない。 あなたが変わってくれたから、私はあなたを待つよ。 だって……。

 以前のあなたなら、私の心変わりなんて心配しなかったでしょう?」

 そういうと彼は苦笑にがわらいして、「確かに」といった。

「またね」

「はい、また」

 彼はぎりぎりまで時間を延ばしていたのだろう。

 母木である馬酔木あしびに近寄るとカイコのまゆのような半透明の物の中に入って体を丸めた。

「ああやって、ジンは冬を越すのじゃ。 あれも普通の人間には見えんはずなんじゃがのう」

「だって私は特別だもの。 だから見えるの」

 不思議とそう思えた。 特別、ジンの特別、ジンにとっての特別。

 彼女は心の中でそう言い聞かせて、また呟いた。

「またね」

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