悪魔視点3
私はさすがに疲れていたし、柄にもなくイライラしていた。
それというのもクリスティーナが毎日来て、ナゼナニ?を繰り返すのだ。 どうも変に興味を持たれてしまったらしい。
そのせいで計画は遅れがちになったし、自分自身にも対応しきれないなにかを感じていた。 迷惑な話だ。
次第に口調がきつく、声を荒げることも増えた。
なのにクリスティーナはカラカラと明るく笑う。
全く理解できない。 おかげで、ほかの樹精や風精からも小言をいただく毎日だ。 人間と仲良くしておいて……などと、陰口もたたかれる。
いままで気にもしなかった事柄が気になってしかたない。
「ねえ、ジン。 あなたはいままでこの竹林を守ってきたのなら、人と会うこともあったのではないの? その人たちに特別な気持ちを抱いたりしたことはないの?」
「いずれ死んでしまう、私たちより短命の人間に情などかける必要がありますか?」
私はさも当然という風に言った。 馬鹿馬鹿しい、全く無意味な質問だ。 なぜこんな質問に自分も答えているのか。
らしくない、とも自分で自覚している。 どうしてこのお転婆なお嬢様には調子を狂わされっぱなしなのか理解できない。
不可解だ。
私は母木にもたれながら、考え事をする。
「ねえジン、そんなの悲しくない? たとえその場限りの出会いだとしても、人の一生が短くとも出会いは一期一会なのよ?
あなた知ってる?」
「知っていますよ。 当然、人生のうちで一度会ったら最後もう会わないかもしれない出会い。 だからこそ大切にするべきだという考えでしょう? しかし私にとっては一度しか会わないのなら、会わないこととそうたいして意味は変わらないのです」
「それなら私が毎日ここに来れば、あなたにとっての意味は変わってくれるのね?」
「誰が、いつそんなことを言いました」
少しムッとして、呆れながら言うとクリスティーナは我が意を得たりという顔をした。
「ほら! 今だって呆れている! そう言う感情があるのに、喜びや悲しみといった喜怒哀楽がかけているのは残念ね」
そういって朗らかに笑う。 まったく理解不能な生き物だ。
なにがそんなに嬉しいのか、まったくもってわからない。
理解不能、不可解、そんな言葉が頭の中で毎日のように回っている。 どうしてこんなにも気になるのか。
まったくもって自分のこの戸惑いもなんなのかわからない。
これが感情を持つということだろうか? これが人間に近づくということだろうか? だとしたらこのままクリスティーナと接触し続けることは危険ではないだろうか?
クリスティーナが帰ってから、私は桜の古老に尋ねてみた。
「古老、私には自分の中に不可解なものが澱のようにたまっていくのが耐えられません。 クリスティーナと会うたび、彼女が笑うたび不思議なものを感じます。 古老、彼女をここから出られないようにできるのなら、なぜ来られないようにできないのですか?」
「自分の浅薄をわしのせいにするでないぞ。
ジンや、これは試練と思いなさい。 あの娘はいまだかつてないほどお前の心深くに根をおろしておる。 いたずらに抜こうとすれば、傷を負うはあのお嬢様だけではないぞ?」
古老の厳しい言葉に、私は思わず息を飲んだ。
確かに今の自分は混乱していて思慮が浅かった。
それを指摘されるまで気づかない自分も、古老の言葉の真意がつかめないほど動揺している自分も信じられないでいた。
今までは心が揺らぐことなどなかったのに。
なぜだ? どうやって自分はいままで平静を保っていた?
どうやって揺らがない自分を維持していられた?
わからない……。
何をどう考えても、袋小路に入ったようにわからなかった。