悪魔視点2
私はどうやって清洲家に忠告するべきか考えた。
ここはやはり当主を脅すのが一番手っ取り早い方法だろう。
さて、なんといって脅すか、娘の命、家族の命、自身の命、他に何があるか? 爵位が返上されるようなことでも起きれば、さすがに懲りるだろうが、それでは土地の所有者が変わってしまう恐れがある。 さてさて、どうしたものか。
馬酔木の母木にもたれ、考えにふけっていると、昨日の少女。清州家のお嬢様がやってきた。
「おやおや、これは。 清州家のお嬢様じゃありませんか。
あれほど恐ろしい目にあったのに、また来られるとは、怖いものしらずなのか、はたまた、おつむが弱いのか」
そういうと彼女はムッとして、怒ったように口を開いた。
「失礼ね。 あなたたちが私の家族に変なことをしないように見張りに来たのよ。 あなたたちのこと話しても、家族は信じちゃくれなかったわ、私は頭がおかしくなったと思われて、もう少しで蔵に閉じ込められるところだった」
「そうですか、それはよかったじゃないですか。 まだ蔵の外にいられて」
「あなたいちいち棘のある言い方どうにかならないの?」
「私は生まれつきの魔ですから、人に優しくするなどという感情を持ち合わせておりません」
「それってすごく不幸よね。 あなたは感情がどんなに素晴らしいか知らないの?」
心底疑い深い、まるきり信じられない、というような顔でクリスティーナは言った。
「じゃあ、あなたは裁かれる側に、罪悪感を持っていてほしいのですか? 私は裁く側に同情や罪悪感など一切挟む気はありませんが」
「確かに罪の意識を感じていつまでも、落ち込んで抱え込んでいてほしいわけじゃないわ。 ただ、自分のしたことを悔いる気持ち、相手がまだ生きたかった、という無念さをくみ取る心を、もっていてほしいのよ。 それは当然の義務だと私は考えるわ」
「馬鹿馬鹿しい。 悪いことをして裁かれるのだから、そんなものを持っていても煩わしいだけです。 実にくだらない考え方です」
私は思った通りのことを口にすると、みるみるうちにクリスティーナの顔は歪んでいった。
「なんでわからないのっ。 あなただって死んだら悲しんでくれる人がいるでしょう? その人たちにあなたは面と向かって同じことが言えるの! ひどいことだとは思えないの?」
「思いませんね。 私は裁きを下すものとして生み出された。
それ以上でもそれ以下でもありません。 ですから私が死ねば他の誰かがその役割を果たすだけです。
変わりのきく存在、そんなものに感情は必要ないでしょう」
むしろ邪魔だ、そこまでは言わなかったが内心思っていた。
なぜこの少女は自分にここまで突っかかってくるのだろう?
なにを言っても馬耳東風、のれんに腕押しなのに、理解ができない。 私がそんなことを考えているとツカツカツカと、クリスティーナは歩いてきて、私の横っ面を思いっきりはたいた。
「痛いでしょう! 腹が立つでしょう! この理不尽に我慢ができないでしょう? わかる? あなたは私の家族にこれ以上ひどいことをすると言っているのよっ」
なぜそんなに顔をくしゃくしゃにして、泣きそうな顔で言うのだ? そこまで痛いなら平手打ちなんてしなければいいのに。
理解できない、不可解だ、まるで消化不良を起こしたように胸の中がもやもやとする。
「そこまでにしておきなさいお嬢さん、一瞬とはいえジンに触れた。
毒が回らないうちに近くの泉で洗い流してきなさい。
ジンそこまでは案内してやれるな? お嬢さんも洗い終えたら帰って医者に見せた方がよいじゃろう」
桜の古老がいつのまにかそこにいた。
「古老がそうおっしゃるなら。 お嬢様、ついてきてください、早々に死にたくないでしょう?」
脅しているつもりは毛頭なかったが、こんな言い方しか思いつかなかった。
「いやよ。 あなたみたいな人でなしの世話なんかになりたくないわ」
言外に化け物、と言われた気がして胸に違和感が芽生える。
仕方なく腰を横抱きにして抱えて運んだ。
泉につくと、そっとおろしたが、まだ不服そうだった。
「はぁ……。 いい加減にしてくれないとあなたの家を祟りますよ? 最初は誰からいきましょうか?
あなたがここで死ねばそれを防ぐことなく、知らせることもできずに死ぬことになりますけど。 あなたはそれでいいんですよね」
わざと挑発するように言った。 自分は泉に浸かれない、もし浸かろうものなら毒が泉を汚すだろう。
自分でできないのがなによりこの時は、歯がゆくイライラした。
こんな小さな短命の生き物の、感情などというものに左右されなければならないなんて面倒だ。
泉でしぶしぶ手を入念に洗ったお嬢様を、今日も竹林の端まで送り届けて私はため息をついた。
面倒くさいものだ。 本当に人間とかかわると面倒くさい。
ジンは珍しく煩わしいという感情に囚われていた。