お嬢様視点
彼女は一直線にかけていた。
かわいらしい丸いつま先のエナメルの黒い靴、ひらひらのフリル付のワンピース。 栗色の色素の薄い髪に色白の肌。
どこからどう見てもお嬢様なのに、彼女は今なりふり構わずただただまっすぐに走っていた。
(ひどい、お父様は周りの人たちにいいように利用されているだけ。
それを何も知らないで呪うだなんて……、させないんだから!)
彼女はひたすらお屋敷に走る。 屋根が見えているのになぜか一歩も近づけない。
(きっとあの人たちの仕業だわ。 私をこの竹林からださないつもりかしら?)
考えてブルッと身震いする。 どうしてこんな目に自分があっているのだろう? この理不尽はなんだろう。
もしかしたら、自分はここで殺されてしまうのだろうか?
嫌な考えばかりが頭を巡って、堂々巡りな考えも、この見慣れてしまった風景も嫌気がさす。
ズルっ……。
ついに竹の根に足を取られて、転んでしまった。 綺麗な膝頭からは擦り傷ができて血がにじんできていた。
「こんなところにいましたか」
静かで、感情がなくて、まるで凪いだ湖面のような冷たい声。
黒いサラサラの長い髪を後ろで一つに結って、執事が着るような燕尾服を着ている。 それだけであれば、背の高い異国から来た執事で通るのに、その金色の目と、少し尖った耳の先が人間ではないことを表している。
(こんなに綺麗な人なのに……。)
彼女は悔しくなった。 彼は魔、人間にとってよくないもの。
彼らは平気で人間をどうこうできる。 そして彼女の家族を今まさに呪おうとしている。 それを彼女は止める手立てもなかった。
必死に睨みつける。
「おや、怪我をされましたか。 少しじっとしていてください」
近づいて白いハンカチを怪我にあてようとする。
そのとき、パシッと彼女は彼の手を叩き落とした。
「触らないで、汚らわしい。 どうせ私たちを殺すくせに、こんな小さな怪我のために同情なんてかけられたくないわ」
悔しい、悔しい、悔しい……。
彼はため息を一つつくと冷淡に言った。
「殺す気なら、一瞬でやってますよ。 あなたに火傷させられたときにね。 死体さえ、人の記憶にすら残らぬよう、塵に返してあげます。 それがお望みですか? そうでないなら、じっとしていてください」
人形のような白磁の肌、心地よい声に全てが正しくさえ思えてくる。 なんというか、抗いがたい魅力を感じるのだ。
なぜこんなに惹かれるのか、心がキリキリと絞られるように痛いのか、そして甘いのか。 その理由がわからない。
彼は彼女の傍らに、片膝をついて恭しくハンカチで傷口を撫でる。
一瞬、チリッとして痛みが全くなくなった。
彼がハンカチを外すと、その擦り傷はなくなっていた。
「!」
声もなく驚いた彼女に、彼は背中を差し出した。
「さあ、傷はこれでいいでしょう。 これと引き換えにさっきの話は聞かなかったことにしていただきたい。 そもそも今すぐどうこうという話ではないのです。
おんぶでいいでしょう? ここから出るには私と一緒でなくては無理です、古老がまだ術を解かれていない。
我慢できますね?」
痛みは引いたが、くじけて立てそうになかったことを見透かされて、彼女は顔を真っ赤にした。 やはり悔しい。
おずおずと肩に手を置いて広い背中におぶさる。
「私の肌には直接触れないようにお願いします。 有毒植物から生まれた者なので」
その広い背中と肩に頭を持たせて、彼女は考えた。
彼がもし普通の人間だったなら、自分を迎えに来てくれた王子様だと思えたかもしれない。 でも現実はその逆。
彼の心も、声音も、一ミリさえ揺らいでない。
まるで感情が抜け落ちたように、まるで心が死んでいるように。
屋敷の近くになって、やっと下ろされた。
「あ、ありがとう」
「? 私はあなたに礼を言われるようなことをしていません。
これはあなたが先ほどのことを言わないという代わりの取引です」
どこまでも機械的に、冷たく彼は言った。
「あなた、名前は?」
竹林に見えなくなる彼の背に向かって、精一杯声を張り上げた。
彼はちらっとこちらを見て、そして消えた―