お嬢様視点6
彼女は久しぶりに竹林に行った。 父親が竹林を切り開くように頼んだ業者の大人数が原因不明の病や怪我といった深手を負った。
その賠償で彼女の父は始終出かけていたから、彼女は家の抜け出すのも簡単だった。 早くジンに会いたい。
なにがあったのか聞かなければ、そして謝らなければ。
なぜか胸に不安がとぐろを巻いていて、一向に気持ちが楽にならない。
早く、早く……そう願いながら、やっと広場についた。
ジンは繭の中にいた。 はぁはぁと荒い息をつきながら彼女は近寄った。
「どうして? まさか死んでるの?」
「眠ってるだけだよ」
棘のある、悪意ある視線を感じて振り返ると、いつもの遊び相手が、今までない憎しみを込めて彼女を睨んでいる。
「なんで、やはりお父様が寄越した人たちのせいで?」
「それもある。 だけど、本当はお前のせいだ!」
突っぱねるような、全身で拒絶するかのような声でクロウは言った。 その声と表情に彼女はたじろぐ。
「お前が、兄さんを変えたから。 兄さんは古老の怒りを買ったんだ。 兄さんは普段はあんな無茶な力の使い方なんてしない。
お前が兄さんに触れたから、兄さんは自分を見失ったんだ!」
「わたし、私、ジンになんか触ってないわ。
だって彼はいつも手袋をしているし、服だってきちんと着ているから素肌は隠れてるもの」
「違う! お前が触った葉っぱ、あれは兄さんが分身として生まれるもとになった葉っぱだ。 その話を聞いた兄さんはひどく動揺していた。 だからお前のせいだ。 お前が兄さんを追い詰めた!」
「もうやめなさい、クロウ。 彼女のせいではないのだ、変わってしまうことを望んだのはジン自身だったかもしれん。
お嬢さんにわしらの姿を見られたときに戻れるなら。 ジンにどういうてもお嬢さんの命を奪うように命じるべきだった」
「それもひどいお話ね。 彼が変わることを望んだのは私だけど、そんな理由で命を奪われなければならないなんて。
そんな理由で人の命を奪ってきたあなたたちは哀しい存在だわ」
彼女はショックで心が冷え切っていた。 悲しかった。
今までの遊び相手が変わってしまったこと。 愛した人の変わり果てた姿が自分の父のせいだということ。
耳も、心も痛かった。
「あなたたちだって、勝手じゃない。 自分たちが生きやすいように人間を利用して、人間が少しでも欲を見せたら制裁を加える。
私たちとあなたたちどこが違うの?」
「種が違う、生きる時間が違う。 おぬしらとは、もてる知識も記憶の量も違うのじゃ。 これで一体どこが同じだといえようか?」
桜の古老に詰め寄ろうとしてクロウに手を掴まれた。
信じられないほどの力だ。 彼女は哀しそうにクロウを見た。
「おや、その指。 馬酔木に触った指じゃな?
ジンと同じ痣がついておる。 ジンは気に入ったものには印をつける輩じゃからな。 やはりどうしようもなかったということか」
「? どういうこと」
古老の言葉に彼女は自分の指を見た。
あの三角の頂点を内向きにしたひし形の痕がついている。
「ジンの心は、もはや恋でもなく愛にまで昇華されておるということじゃ。 無意識に誰にもとられたくないと、その印がなによりの証拠じゃな」
「じゃあ、私の気持ちは。 想いは無駄ではなかったのね?」
「無駄だと思うことをジンはしてきたかの?」
「だって去年のジンは冷たかったわ。 いつも突き放すような、取りつく島もない答えで。 今年はクロウたちと遊んでいるのを遠くで眺めてばかり。 報われない恋は辛すぎるわ」
「だが、そうではなかったであろう? お気に入りに印をつけるほど、あなたの想いは報われている。 ジンが来年起きたらまた声をかけてあげるとよかろう。
わしもジンにはきつい言葉をかけたが、もう止められないようじゃしな」
「古老、いいのかよ。 あんだけジンに一喝しておいて。
いまさら許すなんて」
まだ許せないというようにクロウは言った。
「お前も許してやりなさい。 ジンがああなったのは、自身の制御を忘れたから。 病床で寝込んでいたお嬢さんのせいではない、どうしようもないことだったのじゃ」
「私、毎日ここに来てもいい? ジンが目覚めたときに一番におはようを言ってあげたいの」
「仕方ないことじゃろうて。 自由にしなさい」
彼女はジンの繭を見ながら、祈った。 早くジンが目を覚ますように。 それから毎日のように通ったが、ジンの繭に変化の兆しはなかった。 それどころか夏が終わり、秋が来て。
また冬さえも来てしまった。
古老もクロウも眠りについた、淋しい竹林で、一人ジンたちを待ち続けた。




