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馬酔木(あしび)に恋した  作者: 和久井暁
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悪魔視点5

私は弟を伴って、現当主のもとに交渉に来ていた。

「どうしても考えは変わらないというのだな?」

 カイゼル髭に恰幅かっぷくのいい和服姿、瀟洒しょうしゃなこの洋館に似合わないこの男がクリスティーナの父親だとは信じがたい話だ。

 よほど奥方が美人だったんだろう。

「旦那様! 大変です! お嬢様が体調を崩されて、今お医者様に」

「なんだと! それで、医者はなんといっておるのだ?」

「はい、馬酔木の毒にあたったようだと。 幸い軽くて済んでいるからすぐになおるだろうと」

「おお、良かった。 では来客中だ、下がりなさい」

「はい、大変失礼いたしました」

 女中が消えるとぎろりと目玉を動かしてこちらを見た。

「お前たちか、浅ましい。 こすっからい手を使いおって」

「おや、まだ否定も肯定もしていませんが?」

 私は内心どういうことだと、焦りながらも務めて平静に言った。

「ふん、どうせお前たちのせいに決まっておる。

 どあっても竹林と里山は切り開く」

「ならば、次はお嬢様だけでなく、多くの人と、あなた自身の命が無事でないことを警告しておきます」

 早く桜の古老に確かめなければ、心の中ではまったく別のことを考えながら、クリスティーナに出会った当初より、冷たい凄絶せいぜつな笑みで現当主を震え上がらせた。



「いったい、なぜ彼女は母木に触れたのですかっ!」

 急いで竹林に帰ってみて、私は桜の古老に問いただす。

「待ってよ、兄さん。 そんな古老を責めるような言い方しないでも。 古老は絶対に止めたはずだよ」

 泣きそうに顔を歪めて、クロウが取りすがる。

「うるさい、お前は少し黙っていなさい。 古老、聞いているのでしょう? なんとか言ってください!」

「お嬢さんは結婚することを、大人になることも嫌がっておった。

 大人になればお前たちが見えなくなるかもしれない。

 だが、確実にこの竹林と里山を切り開く話は進んでおる。

 お前が言いにくいようじゃから、わしから言った。

 人と魔であるお前とは結ばれることはない。 だから結婚と引き換えにこの竹林と里山を救うように取引してほしいとな」

「なっ。 私のやり方に不満があるのですか! だとしても彼女にそれを言うことはないでしょう」

 古老の答えに一瞬ハッとして、言葉を詰まらせた。 確かに自分が今やっているやり方では効果が薄い。 例えクリスティーナを悲しませてでも、屋敷内の人物何人かを本当に祟るべきだった。

「お前のやり方に効果がないのは、お前自身が気付いているではないか。 お嬢さんを利用してでもという狡猾こうかつで、冷酷れいこくなお前はどこへいった! 今のお前は、まさに腑抜ふぬけではないかっ」

 古老の一喝いっかつが響き、こだました。

「人間への恋情も、人間に近い情緒も捨てきれないなら、お前は無に帰るべきじゃ。 そしてお嬢さんのことを忘れて生まれなおせばよい。 それまでクロウが屋敷を祟れば一気に片がつくじゃろうて。

 その頃にはお嬢さんも年をとり、屍となっておろう」

「そんなのもはや私ではありません! いくら古老でも私の生き方に口をださないでいただきたいっ」

 すさまじい剣幕で私は一気にまくしたてると、古老は心底おかしそうに笑った。

「ほほう、それは異なことじゃ。 去年の春、自分には変わりがいる、代わりのきく存在と言ったはお前ではなかったか。

 今更自分の生を惜しむとは、よほどあのお嬢さんに毒されたと見える。 どちらにしろ、早急に片をつけよ。

 これは最後通牒さいごつうちょうであるぞ」

 私は屋敷の方に舞い戻って、屋敷内ですれ違った何人かに呪いをかけた。 呪いと言っても素手で触れたり、息を吹きかけたりするだけで人間は容易く体調を崩す。

 帰りにクリスティーナの顔を見てみた。

 寝顔は穏やかだったが、顔が蒼白で胸が痛んだ。

 自分はどこかおかしいのかもしれない。 利用するだけだったはずの対象を気にして、やるべきことが行えない。 頭では理解できないモノ、理屈では片づけられないこれはなんだろう?

 触れたいのに、壊しそうで触れられない。

 キリキリと冷たくなる胸の奥と、熱くなる目頭に耐えられず、母木のところに急いで戻った。

するとクロウがいた。

「古老に聞いたよ。 クリスティーナは大人になりたくなくて母さんに触ったって。 それもジンの葉っぱに」

 その言葉に驚いた。 なぜ、よりにもよって自分の葉に触れたのか。 自分たちは触れるだけで傷つけてしまうと言ったのに。

 クリスティーナはもうここにはこないかもしれない。

 あんな目にあったのだ。 嫌われても仕方ないだろう。

白い月が竹の葉がぽっかりあいた空から見えていた。



 それから五日ほどして大量の人間が竹林に入ってきた。

 そして木や竹を切り倒し始める。

 あまりのことに風鳴りの中から私の同胞や、私の陰口を言っていた者たちの悲鳴が届いた。

行かなければならなかった。 それほどの人数を呪えば、自分もただでは済まないことを知っていながら、私はどうすることもできず。 半ば自暴自棄じぼうじきになっていた。

一気に大量の人間を呪い、切り倒された同胞に襲わせたり、機械を故障させたり、中には馬酔木あしびの毒を使った人間もいた。

力を使いすぎた私は一人では立てず、クロウに肩を借りながらなんとか母木のところまで戻って力尽きた。

それからはもう意識はなかった。 私は母木のまゆに包まれてそれから来年の春を迎えることとなる。

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