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馬酔木(あしび)に恋した  作者: 和久井暁
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出会いは竹林で

† 馬酔木あしびに恋した



 出会いは、むせ返るような竹林の中で……。



 枯れていった竹の葉が程よい腐葉土ふようどと化し、柔らかなしとねをつくる竹林の中の広場。 真ん中に桜の古木を囲む若竹や、木や低木たち。

 そこかしこでこそこそと話声がする。

 またか、と私は思った。 馬鹿馬鹿しい。 人間たちを根絶やしにしようという、過激派たちの戯言ざれごとだ。

 この里山を手入れするものがいなくなれば、この竹林もまた枯れ果てるというのに、そこまで考えが及ばないらしい。

「桜の古老ころう、どう思われる? 最近の人間たちの言動は目に余る。 この里山を切り開くとか申しておるぞ!

 一層のこと、たたり殺してやればよいのではないか?」

 過激派の若い莫迦者ばかものが、この里山全てを取り仕切る樹精に言った。

 この中央の桜の古木だ。 この里山で一番の年長者。

「お前たちの怒りも最もだ。 しかし誰かがいなければ、わし等は里山を喰いつくし、共食いを始めてしまう。 お互いが土地を奪い合い、光を奪い合って、若い芽は育たず滅びるであろう。

 ここはひとつ、この古老に免じて任せてくれんかの?

 なに、決して悪いようにはせん」

 古老の穏やかなさとしに、過激派たちも煮え切らないが、その場をいったん引いて収めた。

 ほかの木々や風の精霊たちが解散してから、私は桜の古老に近づいた。

「ジンや、お前なら知っておろうが、この国が文明開化を叫んでから、外国とつくにのいいようになって久しい。 真似事ばかりをして、自国の文化の誇りを忘れつつあるのと比例するように、追いついたつもりになっておる。 特にこの里山の持ち主の地主もそれだ。

 爵位なんぞという、わけのわからんものをもらってからは、大喜びで異国人をもてなす始末。 そしてこの里山を切り開き、工場を建てるとか。 お前の耳にも入っておるな?」

 ジンというのは私の名だ。 私は老隠者のような、襤褸ぼろ切れをまとった髪も髭も伸び放題の古老に答えた。 ある程度力ある精霊は人化の術が使え、人の姿を取ることができる。

「はい、清州家きよすけの現当主は外国かぶれがひどく、外国から嫁ももらい、子ももうけております。 どちらにしろ女の童なので、跡を継ぐことは叶わぬようですが、婿を取るかもしれません」

「そう、その通り。 お前はそこな馬酔木あしびの木から、分身として生まれ、母木を守るため、ひいては里山を守るためにここにおる。

 お前が思う天罰をくれてやりなさい、思い上がった人間に」

 その時、軽く乾いた細竹ほそたけを踏みしだいたような音がした。

 そちらを慌ててみると、髪の色が茶色い、色白のレースやフリルの洋服をまとった少女がいた。

「ご、ごめんなさい。 迷ってしまって……」

 私はこの時この少女を、この場を見られたことで殺そうかとも一瞬思った。 しかし、その怯え方に反して目が爛々(らんらん)と綺麗に輝いる。

 好奇心だろう。 私はそう思った。

「あなたは誰? さっきのおじいさんはどこに消えてしまったの?」

 見られた……! 桜の古老は普段人間には見えないが、純粋な子供や、無垢なものには見える。 たまたまそういった人間だったようだ。 私が無言でそんなことを考えていると、少女は恐る恐るこちらに近づいてきた。

「ねえ、あなた名前は? あ、ごめんなさい。 名乗るときは自分からが礼儀だったわよね? 私は清州きよす・クリスティーナ、この竹林の表側に屋敷のある一人娘よ」

 そう言って私に手の甲を差し出してきた。 握手とも違う差し出され方に、私は一瞬戸惑った。 何を求められているのだ?

「あ、挨拶もこうではないのね。 お母様がイギリス人だったし、お父様も外国式でいいというから、わからなかったけれど。

 日本では挨拶に『握手』をするのでしょう?」

 ああ、そういうことか。 私は白い手袋をしたまま握手をした。

「まぁ! 手袋を外さないで握手したのは初めてよ? 相手に対して失礼なのではなくて?」

「私と素手で握手すると、毒に充てられてしまいますよ?」

 これは事実だ。 馬酔木の木の化身である私は、有毒、馬さえも酔ったようにふらふらになるほど中毒を持っている。

 それをクリスティーナは冗談だと受け取ったようだ。

「まあ、おもしろいジョークだわ。 日本ではそんなジョークが流行なの? それともいまのは口説き文句の一つだったのかしら?」

 しばらくケタケタと明るく笑っていたが、私の表情が一向に変わらないことに恐ろしくなったのか、彼女は私に手袋を外すよう、要求してきた。

「もし本当に物の怪や、悪魔の類なら純銀でできたロザリオは効くんじゃないかしら?」

 細い女性用のチェーンの先に繊細せんさいな細工。 銀色に輝くロザリオが付いたネックレスを外して、彼女はその先端を私の手の甲に押し当てた。

 途端、ジュッと赤く水ぶくれができ火傷した。

 瞬間、空いている方の手で咄嗟に彼女を突き飛ばしてしまった。

 彼女は何とも言えない表情をしていた。

 怯えたような、信じられないような、理解が現実に追いついていかない顔。

「あなた……、本当に、本物なのね。 じゃあ、さっき話してた通り私の家のこと呪うの? 祟るってそういうことよねっ?」

 叩きつけるような声で泣き、わななく少女は私のことを詰るように睨んでいた。

 かと思えばいきなり立ち上がって、この広場に背を向けて走り出した。 しかしどうせこの竹林からは抜け出せないだろう。

古老ころう、今、じゅつをお使いになられてますね?」

 丁寧な口調で尋ねると、古老は再び姿を現していった。

「ほっほっほ。 仕方あるまい、あのお嬢さんには少々頭を冷やしていただかねばなるまいて。 まあ、それにしてもいまどきわし等を見たり、声を聴ける御仁がおったとはの。

 昔が懐かしいのぉ」

「仕方ありません、説得して外に返します」

「良いのかの? 始末せんで」

「あの子を始末することが今回の目的ではないでしょう。 それに

余計な面倒事を起こす気はありません」

 私はそう言って白いハンカチを出して、水ぶくれになった痕を丁寧に回し拭いた。 ハンカチをはなすと火傷の痕が消えていた。

 手袋をはめながら竹林の奥に進んでいく。

 彼女がどこを走り回っているのか、道々通る木々や竹の精たちに聞きながら的確に進んでいく。

 あともう少し、すぐ見つかるはずだ。

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