童顔の美少女編
魔法使いになった僕
アオイアオリンゴ
1
三十歳の誕生日を迎えたその日から、僕は魔法が使えるようになった。
2
僕は魔法が使えるようになった。最初はその力にものすごく驚いていたが、今ではもう当たり前に使えるようになっている。この魔法はとにかく便利なのだ。本当に何でもできてしまう。僕の望んだことはすべて叶えてしまう、そんな力だった。
今まで人に誇れるものなどはなく、エスカレーターに乗ったように進学をして、そのまま何の苦労もなく就職した僕にしてみれば、このことは人生最大の事件といっても過言ではなかった。本当に驚いたものだ。
でも僕はこの力を乱用するようなことはしなかった。何でもできたが何でもはしなかった。普通に仕事は続けているし、唯一の楽しみである週末のゴルフも続けている。
あまり変わっていないのだ。そんな劇的には。でも、少しずつは変わっている。ほんの少しだが変わってきている。人間、変わらないことなどはないのだろう。
3
僕は起きる。何の変哲もない平日なので会社に行かなくてはならない。僕は魔法の力で起きる。今まで寝坊をしたことはなかったが保険にかけているのである。魔法で起きれば間違いなく寝坊することはない。決まった時間にきちんと起きることができる。うん、実に素晴らしい。
そして僕は魔法で朝ご飯を作る。作らなくても、召喚することもできるのだが、なんだかそこまではしない。食べることくらいはお金を使いたいのだ。僕は朝からドリアを食べて会社に行く。魔法で着替えて魔法で玄関のドアを閉めて。
会社までの道を歩いていると一人の女性を見かけた。というよりいつも見かけるのだ。
この女性は正直かなりの美人だ。見た目からして二十代前半だろうか。長い髪を何の束縛もなく下している。とても自由そうなイメージだ。
だからなのだろう。この女性は僕が会社に行くとき毎回痴漢に遭っている。本当に毎回だ。確かに都市部の中心駅なのでそんな輩がいても仕方ないのだが、かわいそうだ。
だから僕は、毎回その痴漢を阻止している。もちろん魔法の力を使って。でも今日は様子がおかしい。痴漢の男が現れないのだ。いつもこの時間になるとやってくるに。僕は周囲を見渡して痴漢の男を探す。でもまったく見当たらない。なぜ来ないのか、そんなことを考えていると今度はそのいつもの女性が僕のほうにやっていた。僕はわけが分からなかった。女性は恐ろしいほどのスピードで僕に近づいてきた。僕は考える間もなかった。女性は僕の前まで来てこう言った。
「魔法使い、見つけた。」
4
僕はとりあえず会社に行った。彼女も自分の仕事があるからといい、その場から離れていった。そして仕事が終わってから、魔法の力を使って彼女と待ち合わせをし、そのまま食事に行くことになった。
僕は一番の疑問を彼女にぶつけてみる。
「なんで僕が魔法使いだとわかったんだい。」
でも彼女はそっぽを向いている。まるで答える気はないようだ。もう一度聞こうとしたが今度は彼女が質問をしてきた。
「あなたは私の時みたいな人助けを良くするの、魔法を使って。」
敬語を使え、と思いながら僕は答える。
「見える範囲のことはね。だってこの魔法、なんでもできるじゃん。」
彼女も僕の意見に同意してくる。彼女も魔法を使えるということなのだろうか、考えたがわからなかった。だって、僕みたいになる理由が彼女には一つもない。
「あなた結構優しいのね。その気になれば本当に何でもできちゃうのに。」
「まぁ、確かにそうだけど僕はもう大人だからね。何でもできるからこそ、あえて少ししかしないんだ。」
彼女は少し微笑んで見せる。きれいな顔立ちだなと思いながらも、見下している感じがあるからちょっとだけ腹が立つ。それでも決して気分の悪いものではない。
「本当に優しい人なのにね。なんだかもったいない。だって魔法が使えるってことは、あなた三十歳の童貞でしょ。」
僕は驚いた。なんでそれを知っている、という感じだ。確かに否定はできないが口にはしてほしくない。本気で傷つく。
「当たりって感じね。」
笑いながら言ってくる。僕はこういうタイプが苦手だ。美人だからこそ苦手である。僕は少し怒りを込めながら話を最初に戻した。
「結局、君はいったいなんなんだ。もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか。」
彼女は何でこんなこともわからないの、みたいな目で見つめてくる。わからないものはわからないのだ。いい加減にしてほしい。彼女はため息をついてから口を開いた。
「私もあなたと同じ、三十歳の経験なしだからよ。」
僕は彼女の顔からは想像できないその言葉に、一瞬わけが分からなかった。
5
この顔つきで三十歳はありえない。これが僕の意見だった。でも彼女は三十歳らしい。
この前、誕生日を迎えたと、あの食事の時に言っていた。そして彼女は僕と同じ魔法使いになったらしい。彼女は魔法使いになった瞬間、自分に降りかかるこれからの災難を予測したそうだ。そして、痴漢されることを知ったらしい。でもその災難は起きなかった。これは僕が魔法をかけたからである。でもそのことを疑問に思った彼女はその理由を魔法で調べたそうだ。そして、僕のことを知ったらしい。
なんとも複雑な関係だな、と僕は思う。でもそんなことを口にするつもりもない。結局は理由なんてないと知っているからだ。ただ、出会っただけ。ただ、関わりを持つようになっただけ。本当にそれだけなのだ。そう、僕らが魔法使いになったのも、結局のところは深い意味も何もないのだろう。
と、そんなことを考えていたら横にいる女はまたビールを飲んでいる。彼女の名前はアリサ。僕の専門時代からの友人である。彼女は僕を睨んでいる。そして豆でも投げつけるかのように僕に話してくる。
「童貞、いつになったら童貞をやめるの。」
童貞とは僕のことだ。ひどいものだ。
「もう結婚している人もいるのよ。いい加減にしたら。あ、でも童貞を続けたくて続けているわけじゃないのよね。ごめんね。」
正直、アリサは僕に罵声しか浴びせてこない。でもこんな彼女との関わりも捨てきれないのが魔法使いの僕なのだ。女の子との関係はどうしても手放せない。
「抱きたい女はいないの?まぁ、いてもどうすることもできないのでしょうけど。」
返す言葉もない。自分でもつくづく思うところだ。僕はこの話題をもう続けたくなかったので違う話をしてみた。そう、この前出会った童顔の三十歳の美人の話だ。
「美人なのに僕みたいになる人っているとおもうか?」
アリサはジロッとこっちを見てくる。目が怖いよと思いながら僕は右手のハイボールを口元に持っていく。アリサは答える。
「いるわけがないでしょ。あなたの年齢で今の状況はかなりのレアだと思うわよ。よほどの変人以外ならこんなことにならないわよ。」
変人とは僕のことですか、と心の中で尋ねてみる。もちろん、誰も答えてはくれないが
「もし本当にそんな人がいるのなら仮面でもかぶって変装でもしているのじゃない。まぁ、そんな事は無理でしょうけど。」
アリサは冗談よと言いながら笑っていたが、僕はこの言葉が少しだけ頭に引っかかった。
6
僕はもう一度彼女と会うことになった。そう、あの童顔の三十歳の魔法使いの彼女だ。
なぜか一緒に電化製品を買いに行くことになったのだ。なぜ僕と行くのかはわからないが断ることもしなかった。だって、美人と買い物に行けるのだ。断る理由がない。
彼女は今、僕の横で楽しそうに冷蔵庫を眺めている。正直、かなりの美女だと思う。髪もきれいで顔立ちも整っている。それに体のラインも美しい。胸もそれなりにある。童貞の僕には強すぎる刺激だ。でも、だからこそ不思議なのである。彼女が僕と同じ魔法使いになってしまう理由がわからない。彼氏なんてすぐにできると思う。というより、世の男たちがこんな美女をほっておくわけがないのだ。本当に謎の多い女性である。
「ねぇ、こういう家電って見ているだけでおもしろくない?」
彼女が聞いてきた。僕はさっきまでのいやらしい考えを悟られないように、やや目をそらして答える。
「うーん、微妙だね。そんなこともないかな。」
彼女は微妙ってどういうこと、と少しだけ怒ったように聞いてくる。僕は深い意味はないよと言うと、こんなんだから彼女ができないのよと返してくる。女の話にはしっかりと同意する、どうやらこれは女性に対しては大切なことらしい。まぁ、彼女曰くの話だが。
「私はこういうの大好きなのよね。なんか頭の中に新しい部屋の配置をイメージできるじゃない。それに家電って常に進化しているでしょ。変わっていくものはやっぱりなんだかんだ魅力的よね。」
僕はそうでもなかったが、とりあえず同意した。「ビシッ」彼女に叩かれた。気持ちがこもってなかったらしい。
7
彼女は楽しそうにはしていたものの、結局家電は一つも買わなかった。どうやら、本当に眺めているだけで彼女にとっては幸せならしい。変わった子だと思う。なんだか「物を見る」ということを、とても大切にしているようだった。見えるものから何かを手に入れようとするような、そんな貪欲さを感じる目を彼女はしていた。
「もうそろそろ帰りましょう。いっぱい眺めて、たくさん美味しいものを食べたから私はこれで十分休暇を楽しめたわ。あなたはどうだった?」
彼女が聞いてくる。確かに僕も同じ意見だった。あれだけたくさんの家電屋を回って、それなり料理屋のフルコースを食べてきたのである。もう、僕も十分楽しんだ。たまにはアリサと酒におぼれるのではなく、こういう日があってもいいと思えた。
「僕も楽しめたよ。こうやって都会に出るのも久しぶりだったからね。」
彼女はそうなの、と聞いてくる。僕は答える。
「仕事で行くだけだからね。こうやって遊びに出ることは社会人になってからほとんどなかったな。」
彼女はもったいない、と少し顔を渋らせて僕に言ってくる。せっかくいろんなものがあるのだから、もっといろんなところに行けばいいのに、と。僕もそうだと思う。なんだかこの頃はこなすだけの日々を送っている気がする。昔みたいに熱心に何かを求めることをしなくなった。ただ、やるべきことをやるだけ。休みがもらえれば、一日本でも読みながら家で寝転んでいる。
「そうだね。もう少し色々なところに行くようにしてみるよ。魔法の力で何でもできるようになったわけだし。」
彼女は少しだけ笑顔を見せた。そして、そっと口を開く。
「魔法はどうせ使わないのでしょう。お金を払って電車を使うくせに。」
確かに、と僕は思いながら電車じゃなくて車で行くと答えた。実は僕は車持ちである。彼女は顔をまた渋らせた。どうして今日乗せてくれなかったのよ、と聞いてくる。だって都会は駐車場代が高いから、と僕は答えた。彼女は一応納得したようだった。納得しようがされまいが、僕にはどうしようもないのだが。
「じゃ、帰りましょうか。」
彼女は言う。僕もあぁ、と頷く。明日から仕事かと思うと少し心が憂鬱になった。まぁ、魔法さえ使えばどうにでもなるのだが。すると彼女はもう一度口を開いた。
「あなたの家に私も帰ります。」
僕はこの言葉の意味が、今この瞬間ではよくわからなかった。
8
結局、彼女は僕の家に来た。僕は理由を何度も尋ねたが彼女は全く答えてくれなかった。「思っていたより狭いのね。」
そんなこともないだろう、と僕は思う。一応、二部屋はあるマンションだ。確かに僕の年齢なら、すでにローンを組んでマイホームを買っている人もいるだろうがそういう人とは話が違う。僕は童貞の独身なのだ。童貞は関係ないことにしたいが。
「でも、案外きれいなのね。男の人の部屋って、もっと散らかっているものだと思っていたわ。」
確かに僕の部屋はきれいだ。なんだかんだ料理もする。結構、家事というものが好きなのだ。なんだか、自分を磨いているようなイメージを持つからかもしれない。まぁ、そんなことは置いといて僕には彼女には聞かなければならないことがある。
「来たからには教えてほしいのだが、なんでいきなり僕の家に来たんだ。」
なんでわからないの、みたいな顔で僕を見てくる。この顔、この前も見た気がするのは間違いではないだろう。僕はわからない、と答える。彼女はため息をつく。そして、ゆっくりと口を開く。
「あなたとエッチをするために決まっているじゃない。」
僕にはよくわからないという感じだ。もちろん僕の頭には僕のこれまでの人生で蓄積された性的エネルギーが渦巻いていたが、それよりもなぜその答えに行きついたのかということを聞かせてほしいという思いが僕にはあった。彼女は言う。
「だって私、この年齢で処女なのよ。もうそろそろいい加減にやりたいと思わない。あなただってまだ童貞なのでしょう。」
確かにその気持ちはわかる。僕もその気持ちについては心からで共感できるものがある。確かに、そろそろやりたい。
「もしここで二人、愛を交わせば魔法使いは卒業になるでしょうけど、別にいいでしょう。あなたなんて、この力をほとんど使わないで生活しているようなものだし。」
彼女の言うとおりである。僕は魔法を使えてもそれを乱用したりはしない。正直、あってもなくても、どちらでもよいのである。もう僕は子供ではない。世界平和を叶えても、その世界でみんなが幸せになるとは限らないことを僕はわかっている。好きなものはいくらでも手に入れることができるが、それは人生をつまらないものにするということも理解している。
「うん。魔法を捨てることを僕はいつでもできる。」
そのまんまの意味だ。魔法が使えたからといって、人生はどうしようもない。
彼女はなら、と自分の服を自分で脱がしていく。きれいな肌だ。僕は彼女の肌から目を離すことができない。でも頭では一つの疑問がずっと浮かび上がっていた。なぜ、彼女は経験がないのか、ということである。そして、なぜここでそれをしようと思ったのか、なぜ僕とやろうとするのかである。僕はアリサが口にしていた言葉をそのまま彼女にぶつけた。
「失礼なことを聞くけど、君は魔法で自分の顔をかえたりしていない?」
彼女は僕を、目を渋らせて凝視してきた。
9
僕はとんでもないことを聞いたと思う。でもこれが僕の思ったことだ。魔法さえあれば何でもできる。彼女は僕をまだ見ている。そして少し時間がたってから彼女がそっと口を開いた。
「なんでそう思ったの?」
少し声が裏返っていた。僕は答える。
「美人すぎる。そして、なんでこんな僕とやろうとしているのかがわからない。」
嘘はついていない。率直な意見だ。
そう、と彼女は小さく答える。そして、そこから言葉をつづける。
「私も正直になるわ。顔をかえたりはしていません。」
僕はそうか、と思う。ここからもう一度攻めるような気持ちは僕にはない。しかし彼女の言葉はまだ終わっていなかった。
「ただ、嘘はつきました。私は最初に自分に魔法をかけたわ。それは、『目を見えるようにすること』よ。」
彼女は小さい時に何らかの事故で失明をしたらしい。そしてそれからずっと家に引きこもっていたようだ。もう、どこへ行くのも怖くなったらしい。何もできなくなったと彼女は言った。そして、三十歳の誕生日を迎えた。僕と同じように魔法が使えるようになった。そして、魔法で自分の視力を取り戻して目を見えるようにしたのだ。ちなみにその時、久しぶりに自分の顔を見たらとても美人だったそうだ。そして次に自分に降りかかる災難を予測したらしい。もう、失明するような事故に巻き込まれないように。
なぜこのことを隠したのかを聞きたかったが、それよりも大切なことはここで二人愛を交わせば彼女は失明するということだ。もう魔法は使えなくなる。
「じゃあ、なんで今僕とやろうとしているんだ。もしやれば君はまた目が見えなくなるのだろ。」
彼女は言う。
「だって、やりたいでしょう。もうこの年齢なのよ。あなただってやりたいでしょうに。」
否定はしない。さっきまで手を出そうとしていた僕だ。でも何かが違う気がする。
「確かに僕もやりたいが、ではなぜ君は魔法の力でエッチをしなかったんだ。この力があればどんなイケメンとでもできるだろう。」
魔法さえ使えばできてしまうのだ。僕だってそれで美女との性交を叶えることができる。
それは、と少し間をおいてから彼女は答えた。
「それはやっぱり何かが違うから。」
僕も答える。
「そうだろう。だから今、この場でやるのも何かが違うと思うんだ。僕は正直、かなり発情していたが焦るべきところでは、ないのではないか。だって僕たちは魔法さえ使えばいつでもできる。」
僕は正直、このままやりたかった。でも彼女同様何かが違うと思う。
そうね、と彼女は答える。確かに少し焦ったのかもしれない、と彼女は言う。僕はさらに言葉をつづけた。
「だから、こんなことは止めておこう。もっとたくさんの物を見て、ゆっくりと決めていくのも悪くないと僕は思う。」
彼女はそうよね、と同意してくれた。だってこれは彼女が僕に言った言葉なのだ。それはもちろん、そうなるのだろう。
結局彼女は僕との間には何もないまま帰っていった。今思えばかなりのチャンスを僕は手放したのかもしれない。美人とやれるかもしれない機会だったのだ。三十歳の僕にはそうそうない出会いだろう。でも、今はそれでいいと思う。こんな形の性交なら僕は魔法でいつでもできるのだから。
結局は「愛」が大切なのである。三十歳の魔法使いの僕だからこそ、しっかりとした愛を手に入れなければならないと心から思った。僕はまだまだ、魔法使いである。