目指せ!よきライバル!
私が通う学校の話をしようか。
そこは少しだけ人里離れた場所にあって、希望者は寮に住むことのできること以外は何の変哲もない私立の高校だ。
ここに省略した注釈をいれてみようか。
そこは(特殊な人も通うため)少しだけ人里離れた場所にあって、希望者(とあるいは強制的に選ばれた人)は寮に住むことのできること以外は(表向きは)何の変哲もない私立の高校だ。
となる。
そうだね、これだけだとわからないね。
もっと詳しく説明してあげようか。
特殊な人、というのは妖といったものの血をひく者たちで、
強制的に選ばれた人、というのは特殊な人たちへと“ごはん”を提供する者たちのこと。
勿論、こんなことを公表することもできないから表向きはということである。
さて、ここで私のこともついでだから教えてあげようか。
私の名前は小野内心という。
頭の片隅にでもいれておいてくれると嬉しい。
以上が、私が転生してしまった悪役女子によるこのゲームのあらすじ説明である。
私がいわゆる前世というものを思い出したのは、兄が勢い余って私を天井へぶつけた日のことだった。
私のことを可愛い可愛いと甘やかしてくれた兄が私が高い高いにあまりにも喜ぶことだからついついうっかり勢い余っておこした事件である。
当時、兄14歳、私5歳のときの話。
本来痛みと恐怖とで大泣きしてもいいはずなのにひくりとも泣かない私にもしやぶつけ所が悪かったかと慌てて顔を覗きこんだところ、
5歳なのにまるで大人のような顔をした実の妹に、あ、ちょっとすいません、降ろして頂いてもよろしいですか?なんて言われてパニックになった兄はもう一度私のことを天高く、投げあげた。
あのときのことは今でもトラウマだよ、とにこやかに語るのは兄である。
次に目を覚ましたときに見たのは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな兄の顔だった。
やけに痛い後頭部とおでこ、それにまるで覚えのない記憶にびっくりして兄と同じように顔をぐちゃぐちゃにして大泣きした。
そして兄に泣いて訴えるのである。
いわく、将来のわたしはみんなにきらわれちゃう。
いわく、将来のわたしはみんなをいじめちゃう。
いわく、将来のわたしはあににもきらわれちゃう、と容量をえない話を兄が必死に解読してわかった訴えだ。
ひとしきり泣くと私はすぐに寝てしまったらしいのだが残された兄はどうするべきか一晩悩んだらしい。
ついでにこの大きな2つのたんこぶをどう親に説明するかも悩んだらしい。
どうも天井と後頭部がごっつんこ☆事件により前世を明確に思い出したはずの私は次の、天井とおでこがごっつんこ☆事件で前世の人格だけを見事に忘れてしまったらしい。
よってまるで映画を見たあとのような他人の記憶と5歳児の人格とが混じるというなんとも複雑なことが起きてしまったのではとのちに兄が推察してくれた。
また次に目を覚ましたとき、今度はちゃんとした兄の心配気な顔があったが
幼ない私は昨日のことは夢であると信じてまた兄に高い高いをしてとねだったわけである。
ちなみに兄は高い高いをしてくれることはこの後一度もなかった。
月日が経ち私があの夢だと思い込んでたものがマジモンだったと思い知るのは、
高校受験に合格して幼馴染とはしゃいでいてはしゃぎすぎた幼馴染についうっかり投げ飛ばされ、再・天井と後頭部がごっつんこ☆事件が発生してしまったときだった。
記憶の奥底にあったあの前世の記憶がスポーンッと出てきちゃったのである。
そして、この世界が乙女ゲームに酷似していて、幼馴染が攻略キャラと酷似していて、自分自身が悪役と酷似していて、もうどうすればいいのかわかんなくて黙って泣いた。あと後頭部も痛むから泣いた。
普段泣かない私が急に泣き出したものでびっくりした幼馴染は2階で仕事をしている兄の元へ駆けて行って、天井に頭ぶつけた心がおかしくなった!と叫んだのだった。
そのときの兄の動揺は尋常じゃなかったと語るのは幼馴染である。
「・・・はあ。」
「お前さあ、こんなときまで憂鬱になるようなため息やめろよ。」
不幸がうつるなんてしっしっと手をふるのは幼馴染こと金野頼人だ。
さすが私を投げ飛ばしただけあって見苦しくない程度に筋肉がついた体と高い身長、そんでもって顔も整ってるもんだから登校初日から注目を集めまくっている。
そしてコイツ、実は鬼の血が混ざっている。先祖帰りらしく本人も学園に言われるまで知らなかった。
彼は乙女ゲーム内では気さくなワイルド担当だった。
でも攻略難易度は高めだった。何故なら彼は心、つまり私にかなり重度の依存をしているからだった。
コイツを攻略するためにはその依存を断ち切って自分に心を開かせるためにミニゲームを挟んでくるらしいのだが、これがまたとんでもない鬼畜仕様であるということで有名だった。
ということで今日は入学式だ。
ちなみにヒロインがくるのは1年後、つまり1つ後輩だ。
それまでに私はこの学園の主要キャラたちをなぜか魅惑的らしい血を使って誘惑していくらしいが勿論そんなつもりない。
まったくこれぽっちもない。
“ごはん”審査については生徒全員強制なので逃げ切れないとわかってるので、ここは仕方ない。
私の目標、それは!脱!悪役!目指せ!よきライバル役!
頼ちゃんのときだけ立ちはだかってくるような、そんなライバル役をせめて!目指します!
でもぶっちゃけ幼馴染に依存されてる気なんてしないので、もしかしたらフェードアウトできるんじゃないかなとかちょっと思ってます。
「おーい、心!置いてくぞー!」
「あっ!待ってくれないかなちょっと!」
すたすたと歩いて行ってしまう背中を追いかけた。
うーん、依存とか絶対ないと思う。
私と頼ちゃんは同じクラスだったので入学式もだいたい同じ場所だ。
そのことにほっとしつつぼんやりと校長の話をきく。
実は私はゲーム自体やったことはない。
とても仲の良かった大親友がリアルより二次元、花婿は画面の中です!を突き進む人、だったと思う。
その子は私にハマったアニメやゲーム、漫画のことを話してくれたのだがこのゲームは1日に1回は必ず話すくらいハマっていた。
それを聞いてるうちにちょっとしたマニアくらいは詳しくなってしまったということである。
ちなみに彼女は笑顔が冷たい腹黒さん(雪女の血をひく)に熱をあげていた。
小野内心という悪役は、頭脳系というか黒幕系というかなかなか表に出てこないタイプの悪役だった。
最後くらいになって悪役として姿をあらわす。
しかもヒロインにとっては頼れる先輩的な立ち位置だったので更にショックを受けるという感じだ。
攻略キャラ、学園の人気者たちと仲がいいヒロインに嫉妬した女子生徒たちをけしかけていじめさせたり、
自分の血で魅了したあやかし生徒にヒロインを襲わせたり。
攻略キャラに接触して血によって洗脳のような状態にしたりと我が身ながら恐ろしい。
こんな感じな心さんは最後は私が一番なのよおお!という感じで気が狂ったりするエンドが多かった気がする。
何としてでも回避せねば!
そのためにはやはり攻略キャラとあまり接触しないほうがいいだろう。
うんうんと、一人納得しているとふと、前に立つ人物の体がゆらりと揺れた。
そしてあっという間にぐらりとその人が前へと倒れかけた…
「あ!しっかりしたまえ!」
ので、ぐっとお腹に腕を回してなんとか支える。
だがか弱い私の体では支えきれず同じように前のめりになったとき、
「心!」
ぐっと私と倒れた人の肩を掴んで頼ちゃんが支えてくれたのである。
危うく二次被害がおきるとこだった、と頼ちゃんにお礼をいえば呆れた顔をされた。
にわかにざわついた周囲に気付いた先生が直ぐに駆けつけてくれ、その人は無事回収されていったのであった。
ブルりと震える体にちゃっかり私の隣に居座った頼ちゃんが目敏く気付く。
「どうした?」
「いや、彼の体冷たくてね。よっぽど辛かったんだなあと。」
「…お前もだいぶキツそうだったぜ。」
あの体勢で支えようとしたのは自分でも馬鹿だなと思ったのであまり触れないでほしい。
その後、倒れた人は前世の大親友が熱をあげていた腹黒さんでこれをきっかけにそこそこ仲良くなってしまったり、
幼馴染みが実はヤンデレ疑惑が浮上したり、ほかの攻略キャラたちともなんやかんやと交流を持ってしまったりと思ったとおりには行かない。
でもわたしは、よきライバル役を目指し続けます!
乙女ゲームと酷似してる世界。
この世界があくまで酷似してるだけの世界であると同じく転生者だったヒロインと共に気付くまであと1年と少し。
初短編だったのでなかなかまとめられなかったです。
原作よりも主人公は馬鹿というか陽気で、
幼馴染みはただのヤンデレで、
倒れた人は素直な腹黒。
みんなちょっとずつ違う。
心の兄は幼馴染みルートで唯一でてきます。