苗
「えらい悪いなあ、サラマット君」
「・・・植物は好きだから」
「そうけぇそうけぇ」
木箱で植え替えを待つトマトが、嬉しそうに葉を揺らす。植えたばかりのトマトは、まるで彼らを手招いているようだ。
満足げに頷くと、ドン・レタスは額の汗をぬぐった。
「野菜も喜んどるよ」
「よかった」
「ぬぎっこ(根岸)もあんたが来てくれて、喜んどるが。生まれ育った故郷をあんたさ、見てほすかったみてぇだなあ」
「故…郷」
「そんじゃあ、オラは他に仕事があるだで。トマトの植え替え、頼みますだ」と言って、ドンは鍬を担いで畑を去った。
サラマットがぼんやりと考えていると、腰に小さな衝撃があった。
「サラマットだあ!サラマットがいるよ、レッド!」
「気をつけろ、イエロー!サラマットビームがくるぞ!」
―サラマットビームとは・・・なんだ?
技の保有者にもわからない謎のビームに、金髪の少年と赤髪の少年が楽しげに警戒している。
無邪気な瞳は、サラマットに期待しているようだ。
「サラマットビーム!」
サラマットは勢いをつけて数歩踏み出すと、額に手を添えた。
ふたりのちびっこは、きゃっきゃと喜んでいる。
「うわあ!サラマットビームだあ!」
「退却だ!作戦を練り直すぞ!」
小さな背中が畑の向こうに消えて、サラマットがほっと微笑んだ。
「サラマットビームとはなんですか?」
抑揚のない声がして、サラマットが青ざめる。
「安直なネーミングです。センスを疑います」
「…ナギさん」
サラマットが振り返ると、彼女は額に手を添えて「サラマットビーム」と棒読みした。
己の醜態を再現されて、サラマットが耳まで赤くなる。
彼女は知らぬ顔でしゃがむと、足もとで葉を広げるトマトをつまらなそうに突いた。
揺れる葉を眺めて、「・・・身を委ねるだけ」とぽつりと溢す。
「・・・いつから?」
「サラマットだあ!サラマットがいるよ、レッド!・・・からです」
全部見ていたのではないか。
すべてを知りながら態々訊ねるとは・・・からかわれているのだろうか?
「ナギさん、もしかして」
「サラマット隊長」
ナギがすっと立ち上がり、サラマットが言葉を飲み込む。
「敵は再戦を誓っていました。彼らの年齢から、襲撃までは5分もないでしょう。早急にサラマットビームを改良する必要があります」
「・・・は?」
「敵と認識された以上、放置する訳にはいきません。彼らの一方的な攻撃、奇襲という戦法から、和解は難しいでしょう。彼らの戦闘能力は未知数です。よって現段階で彼らが恐れているサラマットビームによって迎え撃つことが最善策かと」
ナギが胸ポケットからメモ帳とペンを取り出す。
「名称に不満はありますが・・・まずは、発射の条件、光線照射による効果と被害規模について詳細に説明をお願いします」
からかっているのではなかった。
むしろ彼女は、子供たちと本気で戦うつもりでいるのだ。
場合によっては魔法まで用いそうな彼女の剣幕に、サラマットが慌てる。
「ナギさん、あれは遊びで」
「サラマット隊長、油断していると首が飛びますよ」
ナギが淡々というと、手刀を首に構えて左から右に流す。
トマトソースを詰め込んだ水鉄砲が最大戦力の彼らに、果たして首が飛ばせるだろうか。
想像すると・・・シュールだ。
「ふふふ!サラマット、覚悟!」
「げっ!女が増えてるぞ?!」
噂をすれば。
木陰から飛び出した少年たちが、ナギの姿を確認して数歩退く。
「サラマットさん、サラマットビームです」
「え・・・えぇ?!」
なんという羞恥プレイ。
「早く!」と語気を強めるナギの剣幕に負け、サラマットが覚悟を決める。
「・・・サラマットビーム!」
「うわあ!」
「イエロー!この・・・イエローをよくも!」
赤髪の少年がサラマットに向かって走る。
恥ずかしさに顔を真っ赤に染める彼は、少年の弱々しいパンチを受けとめるのがやっとのようだ。
サラマットを戦力外と判断し、ナギが額に手を添える。
「ナギビーム」
「うわああ!」
思わぬ攻撃に赤髪の少年がよろける演技をする。しかしナギは容赦ない。
「ナギビームナギビームナギビーム」
まさかのエネルギー装填時間なし、現実の砲撃なら不可能であろう速度の連射攻撃に少年たちがぎょっとする。無機質な声と無表情で足早に迫りくる姿が、彼らの恐怖をさらに煽る。
「覚えてろよ!」と棄て台詞を吐いて、小さな敵は去った。
「サラマットさん、大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫」
サラマットの返事を確認して、ナギがその場にしゃがんだ。
何事もなかったかのような顔をして、彼女はトマトの葉をそっと撫でている。
「サラマットさんが子供と遊ぶなんて、意外です」
遊びとわかっていたのか。
「からかった?」
「いいえ。誰かに“遊びは本気で”と言われました・・・気がするので」
誰ともなしに「誰が?」と問いかけるナギは、まるで小枝に1枚残る葉のように寂しげで脆い。
表情とは別に抑揚のない淡々とした口調は、己の寂しさに気付いていないようだった。
「不思議です。わたしが突くから揺れているだけなのに・・・楽しいから揺れているように感じます。まるであの子たちみたいに」
ナギがトマトの葉を撫でると、サラマットがふっと微笑む。
「ナギさんが楽しいから、植物が喜んでる」
「私が楽しいから・・・私は今、楽しいと感じている?」
確認するように、ナギは何度も反復している。
サラマットは木箱の苗をひとつ手に取ると、ナギにそっと差し出した。
「あげる」
「ドンさんのものでは?」
「僕が持ってきた苗」
「しかし私への譲与を目的として購入した苗ではありません。それに・・・」
言葉を続けようとするナギの腕を掴むと、サラマットがぐっと引き寄せる。
突然のことにナギが言葉を探していると、サラマットは彼女を離してそっと苗を手に握らせた。
「あげる」
「・・・強引です」
「きっとあなたに必要だから」