第7話
屯所への帰り道-
総司は両腕を組んで、ゆっくりとした歩調で歩いている。その後ろを中條がついて歩いていた。
総司「中條君は好きな人がいますか?」
中條「!?…いえ…」
総司「そう…」
しばらく二人は黙って歩いた。
総司「じゃぁ、あなたも島原組なのですね。」
中條「…島原組…?」
総司「?違うの?」
総司は立ち止まって、中條を見た。
中條は意味もわからず首を振った。
総司「そうですか…。すまなかった。」
総司はそう言って、再び前を見て歩き出した。
総司「人を斬った後は…女性を抱かなくちゃ、神経が耐えられないそうですよ。」
中條「!?」
総司「好きな人がいれば、その人を抱けるが、いない人は島原へ行って、遊女を抱きに行くそうです。」
中條「…それが、島原組…ですか。」
総司「そう…」
中條は下向き加減に尋ねた。
中條「…先生も行かれるのですか?」
総司「島原へ?」
総司は首を振った。
総司「私は大事な人がいるから…」
中條「…じゃぁ、その方を抱きに?」
総司「いや…そんなこと…できませんよ。」
不躾な質問をしていることに中條は気づいていない。が、総司も悪びれることなく答えていた。
総司「君は…どうやって気持ちを切り替えているんですか?」
中條「…別に何も…」
総司「そう…」
中條には、女性を抱けば気持ちを切り替えられる…という考え方自体が理解できなかった。
中條「先生は…どうやって気持ちを切り替えておられるのですか?」
総司「わからない…その方法があれば、教えてもらおうと思ったのですが。…女性を抱く以外にね。」
中條「……」
二人は程なく、屯所へとついた。
……
新選組屯所 中庭-
中條は、汚れた隊服を洗おうと井戸前まで行った。見ると、一人の男が汚れ物を洗っている。
隊士ではない、この屯所の用人らしかった。
中條はその男の傍にいって、桶を置いた。男は中條を見て、人懐こい笑顔を見せた。
中條は時々、賄いや用人たちの仕事を手伝ったりしていたので、お互い顔をよく知っていたのである。
用人「中條はん、お疲れさんどす」
中條「そちらこそ…それ、どなたの隊服ですか?」
用人「沖田はんのどす。助勤以上の方のはわしらが洗うことになってますさかい。」
中條「…それ、僕が洗います。」
用人「!?…いや、中條はん、そんなことまでされたら、わしらが怒られますよって…」
中條「僕が代わりに怒られるから。…沖田先生は僕がいる隊の組長だし…」
用人は少し困っていたが、中條の説得に負け、その場を立ち去っていった。
中條は洗いさしの隊服を持ち上げてみた。そして顔をしかめた。
中條「これじゃ、生地がすぐに痛んでしまう…」
そう呟いて、続きを洗い始めた。が、やがてはっとして手を止めた。
桶に血が浮いていないのである。
中條は自分の返り血を浴びた隊服を見た。
そして、もう一度、沖田の隊服を見た。
中條(…先生は…返り血を浴びてないんだ…)
返り血を浴びるような斬り方では、まだまだだと言われていた。そして刀にも血は残らないという。
中條はまだ自分の力に頼っているような斬り方をしている。そのため、相手の骨や肉が裂けるとともに、かなりの返り血を浴びてしまうのである。
しかし、近藤達の流派は、突きを主体とした流派だと聞いた。突きは返り血を浴びやすい。
中條は、実戦での総司の構え方を頭に思い浮かべた。いつも刀を前に突き出すようにして、平青眼に構える。
中條(…突きを入れても返り血を浴びない…?)
わからなかった。どうしたら、返り血を浴びずにいられるのか。
中條(…やっぱり先生は…鬼なのかもしれない…)
何かぞっとした。…が、やがて我に帰って、再び洗い始めた。