第62話
礼庵の診療所-
総司が訪れると、庭から子供たちの楽しそうな声が風に乗って聞こえる。
その中に、低い男の声が混じっているのを聞き、総司はふと眉をひそめた。
礼庵が、玄関に現れた。
礼庵「これは、総司殿。」
礼庵はにこにこと笑って、総司を中へ招き入れた。
総司「何か賑やかですね。」
礼庵「ええ…九郎殿に来てもらっているんですよ。」
総司「…ああ…この間の…」
総司、おもしろくなさそうな顔をする。
礼庵「働いている親の子を最近預かることにしたんですよ。農作業などで、ほったらかしにされている子供は多いですからね。その子供たちの世話を九郎殿に頼むことにしたんです。」
総司「もしかして、その九郎という人を、ここに住ませているわけなじゃいでしょうね?」
礼庵は「まさか」と笑った。総司の表情が少し和らぐ。
総司「しかし…どうして、あのような浪人にあなたがそこまでなさるのですか?」
礼庵「性分ですよ。今までも、いろんな浪人の面倒を見てきました。もちろん、その中に尊攘派の方もいましたよ。」
総司「!?」
礼庵「でも、ほっとけないんです。考え方は人それぞれだから、それを責めることはできない。」
総司「…その九郎殿は…尊攘派なんですか?」
礼庵は笑った。
礼庵「いえ。彼には、思想はないようです。とにかく食べられたらいいという風です。今まで道場破りをして稼いでいたそうですが、その方面では名を知られてしまったようで、どこも相手をしてくれないようです。」
総司「そんなに強いんですか?」
礼庵「…のようですね。私は見たわけじゃないから。」
総司「流派はわかりますか?」
礼庵「我流のようです。あなたが見たら、めちゃくちゃだと思うかもしれない。」
総司は一度、剣を交わしてみたい…と言おうとしたが、ふと口をつぐんだ。我流ほど質の悪いものはないのである。
その時、噂の主が現れた。
背が高く、目つきがするどい。あらためて見てみると、どこか中條に似ている…と総司は思った。
九郎は、驚いた目を総司に向けて、しばしその場に固まっていた。
九郎「これは…沖田殿!」
九郎が、礼庵の隣に座って、総司に深深と頭を下げた。
九郎「せ、先日は、失礼つかまつった。」
総司は「いえ」とひきつった笑顔を見せた。
九郎「某…礼庵殿の用心棒をすることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
総司「!?…用心棒?」
総司は驚いて、礼庵を見た。礼庵が苦笑した。
礼庵「頼んだわけじゃないんですけどね。」
九郎「いや、この京は物騒でござる。先生を一人で歩かせるのは危険と私から頼んだ次第でございます。」
総司「報酬はもらうつもりですか?」
九郎「…え?」
九郎の顔が少し赤くなった。
礼庵「もちろん払いますよ。…この人がお腹をすかせて、また面倒を起こしては困りますからね。」
礼庵がくすくすと笑いながら言った。
九郎は体を小さくしている。
その時、外から「九郎のおじちゃん」という声がした。
総司はみさの声だと悟った。
すっと障子が開いた。
みさは、総司の姿を見ると、あわててその場に正座して頭を下げた。
みさ「…いらっしゃいませ。」
総司はふと目を伏せ「こんにちわ。みさ。」と言った。
さっきまで、九郎と遊んでいたのだろう。着物のすそや袂に泥がついている。他の子供たちが、そっと縁側から中を覗いていた。
総司がよく知っている子供たちである。
「沖田のおじちゃんや」
一人が言った。皆、一様にうれしそうな表情をしているが、中へ入ってこようとしない。何か、よそよそしく総司には感じた。
総司「遊んでいるときにごめんよ。」
皆、首を振った。
九郎が総司に頭を下げ、「さ、行こう」と立ち上がった。皆、声をあげて庭へ走っていく。みさもふと九郎に手をとられ立ち上がったが、総司に遠慮がちな視線を送った。
総司は、そんなみさに微笑んで「行きなさい」と言った。みさは、頬を染めて、九郎に連れられて出ていった。
終始、黙っていた礼庵が少しすまなそうな目を総司に向けている。
総司「九郎という人は…子供の面倒を見るのがお上手なようですね。」
礼庵「ええ…ちょっと荒っぽい遊び方をしますが…。」
礼庵が笑いながら言った。
しばらく、沈黙が訪れた。
礼庵が遠慮がちに口を開いた。
礼庵「…総司殿。九郎殿も毎日くるわけではありませんので…」
総司「いや、気にしないでください。…私も…最近、子供たちの相手をしていなかったし…」
礼庵「…総司殿…」
総司は微笑んで「帰ります」と言って立ち上がった。礼庵はとまどったような表情をしたが、立ち去っていく総司の後をあわてて追った。
総司が玄関で履物を履いていると、礼庵が後ろから声をかけた。
礼庵「…また来てくれますよね。」
総司は微笑んで振り返り「もちろんです。」と答えた。礼庵はほっとした表情をした。
総司は礼庵に一礼すると外へ出た。




