第54話
礼庵の診療所-
総司は礼庵の見舞いに訪れた。
礼庵は元気になっているようなのだが、何か様子を見に訪れずにはいられないのだ。
しかし、それを悟られるのは気恥ずかしいので、いつもシロに会いに行くような振りをしていた。
総司は礼庵が診察を始めたのを婆から聞くと、そのまま中庭へ回り、シロへ会いに行った。
本当は、礼庵が元気なことがわかれば、すぐに帰ってもいいのだが…。
総司(?…みさがいないな…)
総司はそう思い、お茶を持ってきた婆に尋ねた。すると、みさは、礼庵の診察中もずっと傍にいるのだという。
婆「先生の体が治ってから、ずっとああなんどす。…先生が往診に行く時も、ついていくって聞かんのどす。」
婆がため息をつきながら言った。
総司は、婆にみさを連れてきてもらえないかと頼んだ。
婆は快諾し、すぐに診察室へ入っていった。
しばらくして、みさが婆に手を引かれて現れた。
総司を見てもいつものように飛びついてこない。
総司「みさ…先生の診察が終わるまで、おじちゃんと遊んでいようか。」
みさは、総司の前で正座したままうつむいている。
総司「先生はどこにも行ったりしないよ…。ね、遊ぼう。」
シロが尻尾を振って、縁側に両足をかけていた。みさが遊んでくれるのだと思ったのだろう。
みさはやっと顔を上げて言った。
みさ「…先生、ほんまにどこへもいかへん?みさ置いて、死んでしまえへん?」
総司はぎくりとしてみさを見た。みさは両親を火事で亡くしている。礼庵が大怪我をして帰ってきたのを見て、また自分が一人にされてしまうのだと思ったのだろう。
総司は、みさの手を引いて、そっと体を引き寄せた。
総司「大丈夫だよ。…先生はみさを置いて死んだりしない。おじちゃんもちゃんと先生を守るからね。」
みさ「…うん…!」
みさが嬉しそうに総司を見上げた。が、やがて表情を曇らせた。
総司「?…どうしたの?」
みさ「…先生な…時々、怪我したところ押さえて、じっと座っていることあるねん…。うち…あのまま、先生倒れてしまわへんか…って怖いねん」
総司「!?…」
総司は驚愕に目を見開いた。
……
礼庵は診察を終えた後、総司と対面した。
総司が少し厳しい表情をしているのを見て、不思議そうな表情をした。
礼庵「?…総司殿、どうかされましたか?」
総司「…どうかしたのは、あなたの方でしょう…」
総司の怒ったような口調に、礼庵はますますわからないような表情をした。
礼庵「??何がです?」
総司「みさから聞きましたが、まだ傷が治りきっていないそうではありませんか…。無理をしては、みさに心配をかけるだけです。」
礼庵は、自分にぴったりと寄り添っているみさを見た。
礼庵「みさ、そんなことを言ったの?」
みさは、すまなそうな表情で、礼庵を見上げた。
みさ「…だって…先生、時々動かなくなるのだもの…」
礼庵「…ああ…!」
礼庵は笑った。
礼庵「違うんだよ、みさ…あれはね…」
とみさに言いかけてから、はっとして総司に向かって言った。
礼庵「総司殿…ちょっとみさは大げさに考えすぎているようです。今まで怪我をかばっていたのがくせになって、立ち上がる時などにふいに力を入れるのが怖くなるのですよ。その時に、はっとして傷のところを押さえてしまうのです。それだけのことなのですよ。」
総司「本当にそれだけですか?…無理をしているせいで、傷が癒えていないのではないですか?」
礼庵「まぁ…傷跡はひどいものですけどね…。東老医師ももうちょっときれいに縫ってくれればいいものを…」
礼庵はそう言って笑った。
総司はついつられて表情を緩めてしまった。
礼庵「…確かに、まだ本調子ではありません。…でも、いつまでも患者さんを待たせるわけにはいきませんし…。…ご心配をおかけして申し訳ありません。」
礼庵は丁寧に総司に頭を下げた。
総司は慌てた。
総司「いや…頭を下げられては困ります。あなたの立場もわかりますが、どうか…あまり無理をなさらないでください。」
礼庵は微笑んでうなずいた。
そして、みさの頭をなで「みさもありがとう。私は大丈夫だからね。」と囁いた。
みさは、嬉しそうな顔をして、再び礼庵の体に寄り添った。
ほほえましい二人の姿に、総司はつい見入っていた。




