第51話
礼庵の部屋-
翌日の昼になって、やっと礼庵が目を覚ました。そして中條を見て驚いた。
礼庵「…中條殿…」
声がまだかすれている。
中條「…具合はどうですか?」
中條が尋ねた。礼庵が微笑んだ。
礼庵「…大丈夫ですよ。」
(そんなはずはないのに…)と中條は思った。
中條「…水を飲みますか?」
中條の問いかけに、礼庵は首を振った。
礼庵「私のことはもういいから、屯所に戻りなさい。」
中條「ここにいます。」
中條の言葉に、礼庵が再び首を振り、
礼庵「帰りなさい。あなたの手を煩わせるほどのことじゃない。」
と言った。
中條「先生…そんなに私は頼りになりませんか?」
中條が言った。礼庵は少し目を見開いた。
中條「そんなに私がここにいるのが…いやなのですか?」
礼庵「……」
両膝にのせている拳を振るわせながら、中條が言った。自分にまで気を遣う礼庵が嫌だった。
礼庵「そういうわけじゃ…ありません。」
礼庵のかすれ声がした。
中條「ではどうして、私を追い出そうとするのです!?…少しでもお役に立ちたいと思ってこうしているのに…」
礼庵「あなたの気持ちはうれしい…でも、あなたにも務めが…」
中條「これが務めです。沖田先生にちゃんと許可をいただいてこうして…!?先生…!」
中條ははっとした。礼庵が中條に顔をそむけて、痛みをこらえるような顔をしていた。
中條が中腰になり、礼庵の顔を覗きこんだ。
中條「痛いですか?先生…すいません…僕…つい…」
中條の言葉に、礼庵が首を振って微笑んで見せた。
礼庵「すまない…中條殿…」
礼庵がそう言って震える手を差し出し、膝の上にのっている中條のその手にそっとのせた。中條は思わずその手を握った。礼庵が握り返した。
礼庵「本当は…あなたが傍にいてくださるのがうれしいのです。」
中條「…先生…」
中條が顔を赤くしてうつむいた。
礼庵「でも私は、人に甘えることになれていない。気を悪くしたのなら…許して欲しい。」
中條は首を振った。礼庵のその気持ちを知っただけで、十分うれしかった。
「入りますよ。」
外から声がした。中條ははっとして、礼庵の手を離した。
中條「はい。」
中條が振り向くと、そこには総司が立っていた。中條は頭を下げた。
総司「目を覚まされましたか…」
総司が、うれしそうな顔をして礼庵に近寄った。中條が場所を譲った。
礼庵「ご心配をかけました。総司殿」
礼庵も微笑んでいる。総司は外に出ている礼庵の手を握った。中條は何か複雑な心境で、二人が手を握り合うのを見ていた。
礼庵「可憐殿は?」
礼庵が尋ねた。
総司「家にいさせています。外では新撰組が固めていますので、大丈夫です。」
礼庵「そうですか。」
総司の言葉に礼庵がほっとした様子を見せた。
総司「今夜、長州人達の集まりがあります。それを襲います。」
総司のその言葉に礼庵の目が見開かれ、少し不安そうな目をした。
総司「大丈夫ですよ。雑魚の集まりだそうです。それに土方さんも行くから…」
中條「副長が!?」
中條が驚きの声を上げた。総司は中條にうなずいて礼庵を見た。
総司「あなたへの詫びだそうです。」
総司は礼庵を見つめたまま言った。礼庵がとまどったような表情をした。
中條「私も行っては駄目ですか?」
中條が総司に言った。総司は首を振った。
総司「中條君は、礼庵殿を見るのが務めです。ここにいなさい。」
中條は下を向いた。礼庵がじっと中條を見ている。中條はその視線に気づくと、礼庵が微笑んで言った。
礼庵「あなたは…ここにいてください。」
総司も微笑んで中條にうなずいた。中條は顔を赤くして「はい」と答えた。




