第2話
京の町中-
一番隊が巡察に出ている。
このところ、新選組は将軍家茂の入洛などがあり忙しい日々を送っていたが、少しずつ落ち着いてきていた。
池田屋事変からというもの、新選組は京の人々に恐れられていた。
皆、新選組の巡察に遭遇すると、くもの子を散らすように道傍へ寄る。
総司はそれが何か悲しかった。
その時、町民に混じって道傍にいる、独りの女性に釘付けになった。
総司(…あの人だ…)
総司は胸が高鳴るのを感じたが、あわてて目をそらせた。
総司(いけない…迷惑をかけてしまう。)
総司は必死に平静を装いながら、その場を去った。
…
かなり歩いてから、総司はふーっと息をついた。
総司(…私に向かって、頭を下げていた…。律儀なお人だ…)
総司の胸はまだ高鳴っていた。
その人とは半年前に出会い、お互いに想いが同じであることも確かめ合った仲であった。
しかし、その人の親は新選組を嫌っていた。
そのため、親に内緒で時々会うのが精いっぱいだが、総司は満足していた。
最初は、遠くから見ていることしかできなかった人…。
まさか、その人と想いを一つにできるとは思ってもいなかった。
総司(…今度は…いつ会えるだろう…)
ふとため息をついた。
……
総司は饅頭を買いに菓子屋へ向かっていた。
最近、見つけた所である。その菓子屋の饅頭を食べることが、甘党の総司にとってあらたな楽しみとなっていた。
ふと、後ろから声をかけられた。
総司は微笑んで振り返った。声を聞いただけでわかったのだ。
総司「礼庵殿」
礼庵「お久しぶりですね。」
内科医である礼庵はにっこりと総司に微笑んだ。礼庵の柔らかい笑顔は心を和ませるものがある。男姿をしているが女であることは総司も知っている。だが礼庵本人はそれを言わないし、総司も問いただすつもりはなかった。今のままの方が、お互いにいい関係を保てるような気がするのである。
総司「診察ですか?」
礼庵「ええ。でも今日はもう終わりました。」
総司はほっとした顔をした。医者稼業は昼も夜もない。
礼庵「総司殿は?」
総司「私は今から饅頭を買いに行くのです。…あなたも一緒にどうです?」
礼庵は笑った。
礼庵「お武家さんが饅頭ですか。」
総司「おかしいですか?」
礼庵「まあね。…では、ご一緒させていただきましょう。みさに持って帰ってやると喜ぶでしょう。」
みさとは、礼庵の養女のことである。二人は肩を並べて歩き出した。
総司「それはいい。私が選んであげますよ。」
礼庵「おやおや。女の子の好みまでご精通のようだ。」
総司「からかわないでください。」
礼庵はくすくすと笑った。そして「あ、女の子といえば」と言って総司を見た。
礼庵「想い人殿と、しばらく会っておられないのでは?」
礼庵は総司の想う女性のことを「想い人」と呼ぶ。その呼び方を考えたのも礼庵自身である。そしてそれを自分で気に入っているのである。
総司は顔を赤くした。
総司「…昨日、巡察中にすれ違いました。」
礼庵「すれ違っただけですか?」
総司「ええ…いいんです。それだけでも。」
礼庵は、総司に少し気の毒そうな表情を見せた。
礼庵「非番の日を先に言って下されば、私が想い人殿にお伝えしますよ。」
総司「いえ…あなたには甘えてばかりだし。」
礼庵「お体の方はいかがですか?」
総司「大丈夫です。咳も収まっているし、体も前のようにだるくなることがないんですよ。」
総司は嬉しそうに答えた。
池田屋事変の時、総司は血を吐いている。その前から咳が止まらないことが時々はあったのだが、総司自身あまり気にしてはいなかった。労咳(結核)ではないかと新選組付きの医者に言われてから、薬を飲むように言われているのだが、総司はもう治ったのではないかと気楽に考えていた。
礼庵「やっぱり違うんだな…薬が…」
その礼庵の呟きに総司が気がついて言った。
総司「最近、薬は飲んでいないんです。」
礼庵は驚いた表情で総司を見た。
礼庵「飲んでいない?」
総司「ええ。」
礼庵「駄目じゃないですか!薬もちゃんと続けて飲まないと…」
総司はおどけて、顔をしかめてみせた。
総司「あーその医者の目いやだなー…」
礼庵「医者として言ってるんじゃありません。友人として…」
総司「あ!あの店ですよ!」
総司は逃げるように、足早に菓子屋へ向かった。
礼庵は口を開いたまま見送ったが、やがて「ふふっ」と笑って肩の力を抜いた。
礼庵「…困ったお人だ…」
そう呟いてから、総司を追った。