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第17話

京の町中-


総司は礼庵の診療所へ向かっていた。

このところ、毎日のようにシロに会いにいっているのである。


その時「沖田さん」と後ろから声をかけられた。

聞きなれた声に振り返ると、外科医のあずまがにこにことしてこちらへ向かってきていた。


総司「これは、東先生…。先日は、お世話になりました。」


総司は目の前まで来た東に頭を下げた。先日とは、斎藤を助けに行った時に、怪我をした隊士を見てもらったことである。


東「そんな、いちいちお礼を言われてちゃ、私もやりにくいですよ。」


東はそう言って、頭を掻いた。

若い医者である。そう言えば、礼庵と同じ年だと言っていたのを、前に聞いたことがあった。


東「今日は、非番ですか?」


東は、総司と並んで歩き出した。


総司「いえ…。今日は夜から巡察なので、ちょっと礼庵殿のところへ行こうと思いまして…」

東「ああ!…最近会っていないのですが、彼は元気ですか?」


総司は「彼」ということばに少し違和感を感じたが「ええ」と答えた。


東「最近、また悪い風邪が流行っていますからねぇ…。彼も大変だろうなぁ。」

総司「…そうですね。」


総司はそう答えてから、ふと気になって、東に尋ねた。


総司「東先生はいつから、礼庵殿のことを?」

東「もう長い付き合いですよ。」


東はそう言ってにこにことした。総司は思わず「え?」と聞き返していた。


東「そうだなぁ…彼が京へ来た頃に、丁度腑分けの仕事がありましてね。」

総司「…腑分け…ですか。」


腑分けとは、今でいう解剖のことである。


東「ええ。まぁ、なかなかない体験ですので、近くの医者などに声をかけたんですよ。そしたら、私の祖父が彼を連れてきましてね。…ああ、祖父も医者なんですが、彼が京へ来た時に住む所などを紹介したそうなんですよ。」

総司「…そうですか…」


総司は何か複雑な心境で東の言うことに相槌を打っていた。


東「その時腑分けに立ち会ったのは、祖父と同じくらいの内科医が一人と、私よりも少し若い外科医が一人、そして祖父と、礼庵だったんです。」


総司は、東が礼庵のことを呼び捨てにすることを前々から知ってはいたが、「彼」という言葉同様、未だに聞きなれなかった。が、表情もかえず、東の話をただ聞いていた。


東「その時、祖父と私以外は、腑分けを見るのは初めてだったそうなんですが…。顔色一つ変えなかったのが、礼庵一人だけだったんです。」


総司は驚いて目を見開いた。


東「外科医は最後の方になって、いきなり外へ出て行って吐いていましたよ。祖父と同じくらいの内科医でさえ、ずっと口元を押さえていたのに、礼庵だけが平然とした顔で私の話を聞いていたんです。」


総司も死体を見るのは慣れている。…が、礼庵のようにじっと正視できるかどうかは自信がない。


東「はじめて彼を見た時は「女みたいで頼りない奴だなぁ」って思っていたんですけどね。それを見てすっかり見直しましたよ。…その頃からです。彼とのつきあいは。…前は、よく酒を飲みに行ったりもしたんですが…最近はお互い忙しくて会うこともないなぁ…。」


総司は「そうですか…」としか答えることができない。

すると東は「おっといけない!」と突然立ち止まり、あわてて踵を返した。


東「すいません!仕事を忘れていました!…礼庵によろしく伝えてください!」

総司「え、ええ。」

東「じゃ!」


東は、あわてて反対方向へ走っていった。

総司はぼんやりと東の後姿を見送った。

何か複雑な想いが、総司の胸に渦巻いていた。

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