第15話
京の町中-
礼庵は往診を終え、診療所へと足早に向かっていた。
何か、シロのことが気になって、つい急ぎ足になってしまうのである。
礼庵「‥おや?」
遠くに、見覚えのある人物が見えた。人より頭が飛び出ている。
礼庵「ああ…中條さんだ。」
礼庵は、ふとこちらを見た中條に向かって手を上げた。中條は驚いた表情をしたが、やがてこちらに向かって駆け寄ってきた。
礼庵「今日は非番ですか?」
深々と頭を下げる中條に、礼庵が言った。
中條「はい…」
礼庵「…何か…手持ちぶさた…という感じですね。」
中條「…はぁ…」
特に行き先もなくぶらぶらしているらしい。
礼庵「お暇でしたら、うちへ来ませんか?最近、犬を飼い始めたのです。」
中條「…犬?」
礼庵「ええ。総司殿が拾ってこられましてね。怪我をしていたこともあって、うちでひきとることにしたんです。見に来ませんか?」
中條「行きます…!」
中條の目が少し嬉しそうに輝いた。
……
礼庵の診療所-
中條は子犬に向かって、すっと手を差し出した。
子犬は警戒することもなく、中條の手の中におさまってしまった。
みさ「すごい、中條のおじちゃん!…私にだって、最初は警戒したのに!」
中條はそう言うみさに、照れくさそうに微笑んだ。
中條「犬にも…似たもの同士って…わかるのかな。」
そう呟くように中條が言った。
子犬は中條の手をぺろぺろとなめている。
中條「…沖田先生が拾ったって聞いたけど…」
みさ「うん。夜中に鳴き声が聞こえて…見たら、足を怪我して可哀想だったからって…」
中條「…先生って…優しいんだな。」
みさは、まるで自分が誉められたかのように、嬉しそうに「うん!」と答えた。
みさ「沖田のおじちゃんのこと鬼って言う人いるけど、ぜったい違うもん。みさがよく知ってるもん。」
中條は何か考え込むように黙っていた。
……
中條は子犬がみさと遊んでいるのを、ぼんやりと縁側から見ていた。
すると、賄の婆が、冷たいお茶をそっと傍に置いた。
中條「!…す、すいません!」
中條が縁側から飛び降りるようにして、いきなりあやまったので、婆が驚いた。
婆「い、いえ…。私はただ…お茶を…」
中條「僕、客じゃありませんから!…どうぞ、お気遣いなく…!」
婆は「まぁ…」と言って、笑いながら頭を下げて、去っていった。
中條は再び座ってお茶を眺めていたが、やがて碗をそっと掴んで、飲み干した。
中條(…お茶を人に入れてもらうのって久しぶりだな…おいしい…)
中條はなぜか縁側で正座になって、再び子犬とみさを見た。
そして、総司が鬼でない…というみさの言葉を思い出した。
中條(…沖田先生には二面性がある…。)
中條は一度、壬生寺で子供と遊んでいる総司を呼びに行ったことがある。その時の総司の柔和な顔に中條は驚いた。そして、襲撃などで剣を振るう時の顔は、ひどく険しくなる。その時の顔は本当に鬼のようなのである。
中條(…一方では人の命を奪い…一方では子犬を助ける…。どうしてそんな矛盾したことが、平気でできるのだろう?)
中條には、答えが出せない。