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雨のリズム  作者: 海来
92/94

[92] ヒルート奪還

 ヒルートの笑い声が、空を揺るがせていた。

 共に旅をしようと、世界を救おうと誓った仲間たちの心を振るわせた。闇の世界への扉を閉じるために自ら闇の世界に入って行ったヒルートを誰もが案じていた。

 だが、目の前にいるヒルートの姿は、皆の想像を遥かに上回るほどに邪悪なオーラに包まれていた。

 リクが、大地の誓いの剣を持ち、空中に浮かび上がった。

「ヒルート。正気に戻りやがれ。そんな悪魔みたいなセリフは、テメーに似合わねんだよ」

 ヒルートが、自分の目の高さまで浮かび上がってきたリクを、片眉をくっとつり上げて睨んだ。

『大地の魔術師。どこの貧相なガキかと思えば、リアルディアの子供ではないか。一番に喰われにやって来たのか』

「ヒルート、お前はひねくれ野郎だったけど森や緑、生き物達、仲間、そしてフィーナを愛する心を持っていた。忘れるな緑の魔術師ヒルート。自分の、自分の心を忘れるな」

 リクの叫びに、ヒルートがまたしても笑った。

「心など必要ない。緑の魔術師など所詮はこのソラルディアのちっぽけな魔術師にすぎんのだ。私は闇の魔術師となったのだ。心など必要ない」

 そう言った瞬間、悪魔の鉤爪がリクに向かって振り下ろされた。リクは、誓いの剣を振り上げ鉤爪を受け止めた。鋼同士がぶつかる金属音が響く、どちらも譲る事無く力は均衡している。もしどちらかに何らかの力が加われば、一気に形勢が決まるだろう。

 リクが歯を食いしばった、ギチギチと音が鳴るほどに力を使っているのが分かる、誓いの剣は銀の輝きを増し、リクごと光り輝いていた。ヒルートのチッという舌打ちが聞こえた時には、その手に丸い炎が揺らめいていた。炎をリクに投げつけようとヒルートが腕を伸ばした瞬間、その手首に緑の光が巻きついた。

『何だ。この光、力が……』

 ヒルートの顔が歪むと同時に、悪魔の鉤爪の力が少し弱まった。リクが、その間に誓いの剣を振り切ろうと力を込める。

 


『月の光に照らされる あなたの瞳は 

                夜の深さと金の色

 

    日の光に照らされる あなたの瞳は  

                金に輝く命の色

 

     あなたの瞳に映された緑は

           朝の光を葉に抱き 大地は己が身体を温める


      あなたの瞳に愛されて 

             花たちが歌い草木は踊り 水は命を讃え続ける


       あなたの愛するこの森が

           待っているのは金の瞳の目覚める時


        あなたの愛が 目覚める時 

                  金の瞳が 恵みを与える


  森が歌う あなたの瞳が恋しいと


         風が誘う 日の光と共に踊ろうと


      あなたに 愛されたいと 全てのものが溜め息を漏らす


        さあ 目覚めなさい 金の瞳の愛しき人 

                    森が手を広げて待っている


 金の瞳が濡れる時 森も静かに泣くでしょう


       金の瞳がかげる時 大地は凍えてしまうでしょう


        闇が密かに育つ時 金の瞳に愛されし子 金の瞳の守人となる


   金の瞳の愛し子は 金の瞳を抱きとめる


      愛し子輝く時 金の瞳は緑に染まる


        金の瞳が濡れる時 守人の愛しき歌は響くでしょう


          森をごらん 風を 雲を 大地をごらん


              全ての命が 金の瞳を守るでしょう』 



 ヒルートの腕に巻きついた誓いの鞭の持ち手を握り締め、フィーナは涙を流しながら歌っていた。その声は、空いっぱいに広がり、誰の心も安らがせる。

 リクが、レインが、タカとフーミィが、スカイとシルバースノーが、ローショが、ユティもガウも仲間がその歌声に聞き入っていた。

『やっやめ、ろ……歌を……』

 耳を塞ぐように伸ばされたヒルートの左腕が、耳ではなく真っ赤に変わった目のほうへ移動していく。

『止めろっ〜〜〜』

 ヒルートの指先が、真っ赤な瞳に突き刺さった。


『金の瞳の愛しい人 あなたの愛に守られた 

           あなたの守り人はここにいる


    愛した想い 甦り 闇の記憶を消すでしょう

               心で交わした約束を 今この時に 果しましょう


  金の瞳は陰らない 守り人の愛で守られる

       恐れるものなど 何も無い


            愛する者が ここにいる 

             この命の輝きに 戻っておいで

   

   金の瞳の愛し児よ

         あなたは愛し子の愛で 目覚めるでしょう』



 フィーナの歌声が消えぬ間に、ヒルートは自らの紅い瞳を抉り出していた。ヒルートの手に、真っ赤な眼球が乗っている……それは、そのもの自体が鼓動しているように、ドクンドクンと鳴っていた。

 ヒルートの身体がガクガクと震えていた。


「フィーナ……」


 小さく呟いたヒルートの首に、フィーナが渡したお守りが現れた。

「ヒルート様……フィーナは此処です……戻ってきてください、フィーナは此処におります」

 フィーナの首にも、ヒルートの守りの鎖が現れていた。

 ヒルートがフィーナの方に向けて顔を上げようとした時、悪魔の身体が動き始めた。身体をずらした間から、新たな悪魔たちがソラルディアになだれ込み始めた。

 それまで、ヒルートと悪魔を相手にしたリクを見上げていた地上でも、降りてきた悪魔達との戦いが起こっていた。

 ある者は、悪魔の毒液に身体を溶かされながらも、槍を悪魔の身体に突き刺していた。豪腕の剣士は、何体もの悪魔を大剣を振り回しながらなぎ倒していった。

 悪魔と、人間の戦士と魔術師が、血で血を洗う戦いをはじめていた。

 空では、竜たちが空を飛ぶ悪魔達と戦っている。

 竜の炎が悪魔を焦がし、悪魔の毒が、炎が竜たちを苦しめた。

 翼を失った竜が地上に落下していく。

 竜に食いちぎられた悪魔の腕や足が、大地の城の周辺の森に向かって飛んで行った。

 その間も、ヒルートは必死に身体を振るわせ、紅い瞳を掌に握り締めていた。

『この役立たずめが。人間らしい心など持ち合わせておらぬと思ったが、所詮は人間。下らん生き物……お前がワシの瞳を抉り出すなら、契約は無くなった。お前の心も体も、このワシが喰ってくれるわ』

 悪魔が紅い瞳と、ヒルートにそっくりな金の瞳で、ヒルートを睨みつけた。ヒルートは、血を流す片目を瞑ったまま悪魔を見返した。その顔に、微笑すら浮かべている。

「そうは行かぬのではないか、お前の紅い瞳はこの手の中にある。そして、私の金の瞳はお前の中にある。契約は交わされたままだ。だが、私は緑の紋章に誓いを立てた。紋章に誓いを立てたままお前の瞳を握る私は、お前を支配する力を持っている」

『そんな話にワシが怯えるとでも思うか。謀るなら、もっと下等な悪魔を選ぶのだったな。お前の力など、ワシがねじ伏せてくれるわ』

 そう言った魔王は、闇の門から出る為にその身を揺すってひねった。だが、こっちの世界に出ている部分以上には、出てくる事が出来ない。魔王の顔に困惑が広がる……真っ赤な瞳が、マグマの様に熱を上げていくのが分かる。

『魔術師、何をした……』

 ヒルートは震える身体を必死に支えながら、ニヤリと笑った。

「お前の身体を闇の門に括り付けた。お前は、私の呪文でのみ闇の世界に帰れる……帰して欲しくば、他の悪魔を連れ帰れ。闇の者は、闇に帰るのだ」

 ヒルートの放った言葉に、魔王の身体がブスブスと音を立てて蒸気を上げ始める、穴のあいた皮膚から、緑色の液体が流れ出てきた。その液体がヒルートの木靴を焼きはじめる。

「っつ」

 ヒルートは瞬間に身体を浮かび上がらせ、魔王の肩から飛び退いた。だが、魔王の動きの方が速くヒルートの身体を鉤爪で捕らえてしまった。

「くそ。ヒルート何やってやがる、おっせんだよ動くのが」

 リクがそう叫ぶと、ヒルートが苦しそうな顔をリクに向けた。

「ちょっと、目が痛むのでな……遅れた……」

 リクは、悪魔の鉤爪目掛けて誓いの剣を振り下ろそうとしていた。その時、フィーナがガウに乗ってヒルートの直ぐ横に飛んできた。

「ヒルート様。直ぐに自由にして差し上げます」

「フィーナ危ない、下がってなさい」

「イヤですヒルート様は私が守る」

 フィーナの声を受けるように、誓いの鞭が大きくしなって、鉤爪に巻きつき始めた。

『小ざかしい真似をしおって』

 悪魔の目がフィーナを捕らえた。

「フィーナ下がれ、下がるんだフィーナ」

 ヒルートを掴む鉤爪の隣の鉤爪が、フィーナに向かって動き始めた。

「リク様。助けて、ヒルート様を助けて」

「リク。フィーナを頼むフィーナを」

 お互いに相手を助けてくれと言っている二人を、リクは交互に見た。どうすればいい、どこを攻撃すればいい……リクは実戦経験が全く無い、思いあぐねて動く事が出来なくなっていた。

「リク、一緒に手首を切るぞ。思いっきりいけ」

 リクの横に、いつの間にかスカイが来ていた。シルバースノーに乗る事無く、自分の魔法の力で浮かんでいる。

「リク、スカイ、私が魔王の額を狙う。やっつけてやるわ」

 そう言ったレインの手には、真っ白な弓が弦をいっぱいに引かれていた。

「レン……矢はどこ」

「矢は、私の雲の魔術師の心よ。外したりなんかしないわ」

「こわ」

「リク冗談を言っている場合ではない。行くぞ」

「ああ、いっせーのでっ」

 リクの掛け声で、銀の光と青の光が絡まりながら、魔王の手首に切り込んで行った。その光を一周するように飛んでから、白い光が悪魔の王の額に突き刺さった。地鳴りのような、魔王の絶叫が鳴り響く。切られた手首から、額から、緑色の液体を撒き散らしている。

 その時、ガウの叫びが聞こえた。ガウは飛んでくる緑の液体から、自分の身体を使ってフィーナを庇っていた。がくんと揺れて、ガウは落ち始めていた。

 捕らえられていた鉤爪から解放されたヒルートは、慌ててフィーナを誓いの鞭を使って自分のところに引き寄せた。

「ガウさん」

「ガウ」

 フィーナもリクも皆が叫んだ時、ガウの身体は地上目指して落下して行った。

 それを追う様に、リクが地上を目指す。

「ガーウ」

 地上にたたきつけられる瞬間、ガウがちらっとリクを見たような気がした。ガウの目の前に、一頭の竜が舞い上がった。ガウは、その瞳を捕らえる……瞬時に、ガウは竜の身体を乗っ取った。竜になったガウの目に、今まで自分であった大鷲の姿が写る。大鷲の落ちてくる身体を待ち受けるように、地上では口の大きな悪魔が涎を垂らして待っていた。

 ガウは、その悪魔に喰われそうになっている大鷲ごと、竜の火炎で燃やし尽くした。それが、自分に身体を貸してくれた大鷲にできる、せめてもの罪ほろぼしだった。竜になったガウの瞳に、涙が浮かんでいるのは、地上の遠く離れている場所にいるユティだけが感じていた。

「ガウが……竜になった」

 リクは、大きな溜め息をついた。溜め息などついているときではないはずで、その隙に背後から悪魔が迫っていた。

「ギャー」

 断末魔の叫びにリクが振り返ると、悪魔を真っ二つに引き裂いて返り血を浴びたローショが浮かんでいた。

「リク殿……気を抜かぬように」

 そう言ってローショは別の戦いの場へと飛んで行った。

「やっちまった……」

 リクは、気を引き締めなおして、悪魔の王が叫び続ける闇の門の前に戻ってきた。




「魔王、お前はこっちには出てこれない。良いのか、お前よりも下等な悪魔がこの世界を、そしてリアルディアを支配する事になっても」

『何が言いた……魔術師、きさまの口車には乗らんと言ったはずだ』

 ヒルートは、冷たい笑いを隠す事無く、魔王を睨んでいた。

「お前が本当の意味で悪魔の王ではないと、私が知らぬと思ったか。闇の世界を支配するのは、お前の父。お前は、別の世界が欲しかったのだろう。苦しみや悲しみ、絶望や妬み。そんなものが渦巻く世界を手に入れたかった」

『何を言っている……ワシが闇の世界の王だ』

「いいや私は知っている……混沌という名の闇の王をな。奴は、ソラルディアもリアルディアも滅びる事を望んではいない。混沌は何も望まない……そして、混沌とは生命の輝きの対に位置する存在。生命の輝き無くして、混沌は有り得ない……今回のお前の無謀な試みも奴は望んではいないのだ」

 悪魔の口元がわなわなと震えだした。その話の間にも、悪魔達は空と大地の門を潜ろうとやっきなって飛び込んでくる。シルバースノーとローショの指揮の元、竜がそれに応戦しレインは既に心の矢をなん十本と放っていた。

「リクもスカイも、手伝ってよ」

 レインが叫んだ。リクとスカイは顔を見合わせて頷いてから、空と大地の門の前に陣取った。飛び込んでくる悪魔達を、誓いの剣で切り落としていく。

「リク。中々筋が良いな」

「たり前じゃん、俺様は何したって優秀なんだよ」

 リクは、本当は怖くて仕方なかったが、なぜか大地の誓いの剣の柄から温かく伝わってくる剣の魔法の力が、心を静めてくれていた。羽の様に軽い大振りの剣は、敵に当たるとかなりのダメージを与えているようで、リクには不思議だった。

「こんな軽いのにな」

 そう言いながら、剣を振り回していた。そのリクの耳にも、魔王の苦しげな声は聞こえていた。

『闇の父は、ワシに何も言わなかった……なぜ、きさまになど……』

「混沌は、この戦いに手を出す事はできない。神が手出しできないのと同じ理由だろう。この戦いは、世界を救うために人間に残された最後の審判だからだ。お前たちを食い止め、闇の世界に戻し、世界に均衡を取り戻さねばならない」

『しかし、悪魔達はすでに、この世界に入り込んだ。止められはしない。こんな世界など滅びればいいのだ。人間など全て喰らい尽くせばいい』

 ヒルートは、フィーナをしっかりと抱きしめながら、哀れむような視線を悪魔に送った。

「闇の世界は、ソラルディアとリアルディアと共にあり、三つの世界があってこそ均衡は保たれる。この世界が滅びれば、お前たちも滅びるのみ。愚かな……早く、他の悪魔を連れ帰るのだ」

 ヒルートの言葉に、悪魔は誰しもが分かるほどに肩を落とした。

『……何もかも……何千年の時を待っていたのは、無駄だったのか……』

 そう嘆いていた、魔王はいきなり顔を上げると、真っ直ぐに前を向いた。

『来る……』

 魔王がそう言って見つめる方向、遠くの空に、何かが輝いて見える。

 うねりながら、ぐんぐん近付いてくるそれを、リクは驚愕の表情で見つめ……とっさに兄のタカを探していた。









 


 

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