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雨のリズム  作者: 海来
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[91] 紅い瞳

 大地の城に向かってくる黒い飛行隊の群れは、既にそれを目にしている者達にも、それが何なのかを判別させるほど近付いていた。

「来てくれたか……」

 スカイが小さく頷いた。シルバースノーが、高らかに鳴いた。ぐんぐん近付いてくる竜の大群は、背中に騎士を乗せたものもいれば、何も乗せず飛んでいるものもある。

『スカイ、竜族全てがここに集まった。空の城の下層部を地上に降ろしてから、此処にやってきたと言っているわ。良かった、空の城の民は無事だわ……』

 スカイは、心底ほっとした様子で微笑んだ。

「そうか、ありがとうと伝えてくれないか。そして、これからの戦いに備えて、空の城が到着したら直ぐに、大地の城の上空で円形を作って飛ぶようにと……悪魔達がやってくると、戦うのだと伝えてくれ」

『わかった、竜族は悪魔など恐れはしないわ』

 シルバースノーは、先ほどよりも一層大きく、気高く鳴いた。その鳴き声に応える様に、反対側にいるローショが力強く咆哮を上げた。やってきた竜たちは、シルバースノーとローショを囲むように回り始めた。




「竜が……」

 大地の城の謁見の間で、リクが窓の外を見つめた。

「いよいよか」

 同じく、窓の外を眺めていた大地の王とハモートがリクを見つめた。

「大地の魔術師……そなたは、既に時を読んだのか……戦の終りがどの様なものか、知っておるのか」

 リクが、大地の王の声に振り向きもせずに答えた。

「答えを知っていたらどうなんだよ。何か変わるのか……あんたはこの戦で死ぬのだと言われたら、息子の為にも華々しく死のうとするんじゃないか。それは予言が当たったんじゃねんだよ。死のうとして死ぬんだ……予言と運命なんて違うもんだ……知らなきゃ、死なずに済んだかもしれないのに、知っちまった為に、死のうと心に決めて死ぬんだ」

 ハモートが王の背中にそっと手を添えて、宥めるように摩る。

「そうですね、大地の魔術師殿の言われる事は間違っていないのかもしれませんぞ、陛下。予言はいく通りにも枝分かれし、その先も分かれている。知っていたところで、何をどう変えるなど出来はしないのかもしれませぬ」

 大地の王は、何度も頷いた。

「すまぬ、大地の魔術師……ワシは……」

「おっさん、ガイダンの事が気になるんだろ。でもさ、ここにいる誰もが、生きるか死ぬかなんて分からない……俺は色んなものをこの瞳で見るけど、結局、何の事だかハッキリ分かるのは、それが起こった後だったりすんだよ……教えてやれない」

 大地の王は、リクの肩に手を置くとグッと力強く握った。

「そうではないのだ。確かに、父として何もしてやれなかったガイダンを、このままこの戦で失いたくはない。だが、ワシが気になっているのは……この世界が、ワシ等の愛するこの世界が、続いていくのかと言う事だ……ワシの民も、他の領域の民も、全ての生き物が幸せでいられるならと」

「おっさん……いや、王様だな……あのさ、それなら大丈夫って言いたい。俺たちの仲間がこんなに沢山集まって共に戦うんだ……きっと勝てるさ、勝って俺の兄ちゃんをリアルディアに帰す、想い人と一緒に……それが、俺の使命だから……」

 大地の城の謁見の間に、また静けさが戻った。誰も何も言わない……あとは、時を待つだけ……

 リクは、謁見の間に埋め込まれた大地の紋章の前に立った。

『大地の紋章……俺に、誓いの剣を……戦いが始まる』

 大地の紋章に真っ直ぐに伸ばしたリクの手に向かって、黄色の光が伸びてくる。その光の中から、鋼色の大振りの剣が姿を見せた。

 剣を握ったリクは、黄色い光に包まれた。






 轟音と共に、空気が揺れていた。

 大地の城とほぼ同じ大きさの空の城が、早朝の靄を切り分けて進んでくる。

 その巨大さに、地上の者たちは押しつぶされそうな圧迫感を覚えた。

 スカイは、シルバースノーと共に、城の尖塔に降り、ウィンガーが待つ空の紋章の間に入った。

「兄上っお待たせしました。闇の門のことは、大地の王にお伝えになれたのですか」

 スカイは、しっかりと頷くと、空の紋章に近付いて行った。

「私が伝えずとも、リクは知っていた。彼は時の魔術師だからな……さあ、ウィンガー私達も戦うのだ。お前は、この城をしっかりと守れっ浮遊城が浮いていられるのは、お前がいるからだっ、空の王よ頼んだぞっ」

 ウィンガーは、空の紋章の横にたたずむ兄を、真っ直ぐに見つめ返し、大きくお辞儀をした。

「畏まりました。ソラルディアの王よっ。必ずやこの浮遊城を死守して見せましょう」

 それを聞いて、スカイは空の紋章に向き直った。

『誓いの剣をくれ……戦いの時だ』

 スカイの言葉に反応するように、空の紋章から鋼色に輝く羽根型の剣が現れた。

 剣を包んでいた青い光は、それを手にしたスカイまでも青く輝かせていた。






 雲に乗り、大地の城の東側の空中で待機していたレインは、自分の皮甲冑の中にしっかりと入れ込んだはずの雲の紋章が、銀色に輝き始めた事に気付いた。

「なに」

 レインの皮甲冑から、雲の紋章がするりと抜け出した。

『受け取りなさい、雲の魔術師』

「だれ」

『私の名は、雲の紋章。誓いの弓を受け取るのです』

「誓いの弓……」

 レインが呆然としていると、雲の紋章から銀色の光がレイン目掛けて飛んできた。

 光を受け止める形になったレインの胸に、真っ白な弓があった。

「これ……誓いの弓って……矢はどこにあるの……」

『矢は、お前の心から生まれる』

「それじゃ分からないわ。誓いの弓なんて初めて見るのよ。あなたとだって初めてじゃない。ちゃんと教えてちょうだい。雲の紋章だって言うのなら、きちんと教えてちょうだい」

 レインが声を荒げたが、雲の紋章は何も答えてはくれなかった。

「こんな弓だけで戦えないわ……」

 レインは、何も分からない自分が情けなくなり始めた。戦いが始まろうとしているこの切羽詰った時に、何も出来ないかもしれない……そう思うと、情けなくて涙が込み上げてきた。レインの大きな瞳から零れた涙が、真っ白な弓にポトリと落ちた。

『雲の魔術師よ。心のままに弓の弦を引くのです。お前の望むままに、矢は飛ぶのです』

「……ありがとう……雲の紋章……」

 笑顔になったレインは、白い光に包まれていた。







 ガウの背中で、不安そうな顔をしながら、緑の紋章の入った袋を首に提げ、それを握り締めていたフィーナの頭の中は、ヒルートのことで一杯だった。もう少しでヒルートに会えると思う喜びと、ヒルートが悪魔に身も心も取り込まれていたらと思う恐怖とで、フィーナの心は張り裂けてしまいそうだった

『守り人よ。そなたは緑の魔術師を信用できないのか』

 フィーナは緑の紋章が久々に話しかけてきたことに、なぜか安堵した。緑の紋章と話しているとヒルートを近くに感じられた。

「信用していないのは自分の力よ……ヒルート様を守る力が私にあるかどうか……」

『人間とは全く愚かな。自分の力を疑うなど有り得ない。紋章は己の力を疑うなどしない』

 フィーナは、ふっと微笑んだ。いきなり一人で話し始めたフィーナを、ガウが驚いたように振り返ったからだ。

「ガウさん、紋章とお話しをしているのよ……紋章には私の不安は分かってもらえないみたいです」

 ガウは、じっとフィーナを見つめていた……その瞳は慈愛に満ちていた。きっと長い間この優しい瞳でユティを支えてきたのだろうと、物言わぬ仲間をフィーナも見つめ返した。

「ガウさんもユティさんの守り人ですよね。私たち同じなんですね、愛する者を守りたいと願っている……ガウさんは、今もユティさんの傍にいたいのでしょうに。私を乗せて飛んでくれて……ありがとうございます。私、頑張りますから……」

 フィーナは、紋章を握り締める手に力を込めた。

『誓いの鞭を預けよう……緑の魔術師との誓いの鞭だ。守り人よ、お前に預けよう……必ずや、緑の魔術師に渡すのだ、決して放すでないぞ』

 紋章が、袋ごと緑色に輝き始め、自然に開いた袋の口からゆっくりと出てくる。緑色の光の帯がフィーナの腰にクルクルと巻き付いていく。その端にある持ち手は、フィーナの手に納まった。

「誓いの鞭……」

『緑の魔術師が私に誓いをたてる為の武器。それを手にすれば緑の魔術師は私の力を手にする事になる』

 フィーナは、自分の腰で緑に輝く鞭の持ち手を、キツク握り締めた。

「必ず。ヒルート様に渡すわ。必ず。守り人として誓うわ」








 空の城は、速度を落とし少しずつ大地の城の上空へ近付いていた。

 忘れ去られし書が見せた水盤上での出来事からすれば、大地の城の真上に空の城が重なったその瞬間に空と大地の門は開く……闇の門と共に……

 待ち受ける者すべてが、緊張に飲み込まれそうになっていた。刻一刻とその時は近付いている……



 空の城が、大地の城とピタリと重なる瞬間がやってきた。

 重なったと確信する間もなく、甲高い音が辺り一体に響き渡る。空の城と大地の城が共鳴するように震えたかと思うと、空の城の尖塔と大地の城の謁見の間の窓を突き破って虹色に輝く光が飛び出した。

 虹色の光は、レインを包んでいる白い光を通り、フィーナの腰の緑の光を通り、輪になって繋がった。

 驚愕の表情を浮かべながら、皆がその光の輪を凝視している。

 その視線の先で、光の輪のバランスが崩れてくる。フィーナの持つ、緑の紋章の部分だけ光の幅が狭くなり始めていた。謁見の間で、リクが叫んだ。

「緑の魔術師がいないから光の輪の均衡が保てないんだ」

 謁見の間の端で待機していたハモートが、リクに走り寄った。

「どうすればよい。リク殿」

 リクは、紋章から発せられる光に、身体を振るわせながらハモートを見た。

「にいちゃんに……フーミィと一緒に行って、水の力を借りて門を開く輪を保ってくれって言って」

 ハモートはリクの言葉を聞いて、直ぐに破れた窓から飛び出した。空中を矢の様に飛ぶハモートは、あっという間にタカとフーミィのいる丘にたどり着いた。

「タカ殿、大地の魔術師からの伝言です。そちらの青き竜と共に、空と大地の門を開く輪を保って欲しいとの事です。水の力を借りよとのことでした。分かりますか」

 タカは、フーミィの竜の顔を覗き込んだ。

「分かるか、フーミィ」

『緑の前の王様が、僕を清き水の者って呼んだよ。僕には水の力があるんだ。それに、タカには大地の魔法と空の魔法がある。フィーナを助ければいいんだよ。フィーナの所に、全ての魔法の力が集まれば、耐えられるかもしれない……』

「よし、行こう」

 フーミィは、タカを背に乗せフィーナの所へやってきた。

「ガウ。フィーナと一緒にフーミィに乗ってくれ」

 ガウは、光に身体全体を揺さぶられているフィーナを乗せたまま、フーミィの背中に降り立った。フィーナの腰に巻き付いていた光が、フーミィをも一緒に巻き込んでいく。

 光の輪が、均衡を保ち始めた。

「フィーナ、苦しいのか。大丈夫かい」

 フィーナが首を振った。

「苦しくはありません……少しずつ震えも納まってます。きっと輪が不安定だったから、あんなに震えていたんだわ……タカ様、来てくださってありがとうございます。フーミィもありがとう」

 フーミィは、キュルルっと小さく鳴いた。フーミィの鳴き声が消える頃、輪の中心に虹色の渦がまき始めた。

「空と大地の門が……開く……」

 その時、虹色の渦の下方に、半月型の闇が現れた。それは、この世のものではなく心の奥底まで凍らせるほどの冷たい闇……

 皆が声を上げた。

「闇の門が開く……」

 その声は、重なり合って恐怖を煽った。その時、半月型の闇から、とてつもなく大きな、赤黒いまるで溶岩が流れた跡のように皮膚のただれ手が、鉤爪を鳴らしながら突き出してきた。

 そのあまりの大きさと硫黄の様な悪臭に誰もが目を細め顔をゆがめた。

「悪魔か……」

 謁見の間でリクが叫んだ。虹色の輪は安定しており、リクが動いてもそのままそこにあった。それを確認すると、リクは謁見の間の窓から飛び出して行った。



 ゆっくりと出て来た悪魔の腕は、その左肩の次に頭部という具合に、着実にソラルディアに出て来ようとしていた。悪魔の右肩がこちら側に出てきたとき、フィーナの甲高い悲鳴があたりの空気を切り裂いた。


『人間の女の恐怖の味がする……』


 そう言って口角を歪ませて笑ったのは、とんでもなく醜い悪魔の右肩に乗った、美しい金の髪の青年だった。

「ヒルート様……その瞳は……」

 フィーナに向けられたヒルートの瞳の色は、片方だけ血の様に紅かった。

『生きるに値しない弱い者など……身も心も全て悪魔達に喰われてしまえ。悪魔の王と契約したこの私が戻ってきたのだ。誰一人、逃がしはしないぞ』

 ヒルートの紅い瞳がいやらしくわらった。


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