[85] ダメかも?
一人で大地の王の元に向かうリク。
はたして、策は練っているのでしょうか?
ないかもね……
リクは、ハモートの執務室を後にしてから走り続けている。ドロドロとした禍々しい気が渦巻く中を、たった一つの気を追って走っていた。大地の紋章が教えてくれた、大地の王の紋章の気。
それが今、危険に晒されている、助けられるのは、自分と兄だけだとリクにも分かっていた。この城には、闇の妖精に支配された人間しかいない。
自分が走る後ろから、どんどんと闇の妖精が集まってくる気配を感じる。どれ程の数の闇の妖精がこの城にいるのか、リクははっきりと把握していたわけではない。ただ、漠然といつもの様に、スッゲー数ぐらいに考えていた。
「くそっ、考え甘かった? ハアハア、もっと速く走らねーとあいつ等に追いつかれちまうっ」
サッカーで鍛えた足は、まだまだ走ることが出来たし、廊下の角を曲がるのもお手の物だった。
「これでボールがありゃあ言うことねーのになっ闇の妖精目掛けて、ゴールしてやるのにっ」
独り憎まれ口を叩きながらも、目的の部屋の前まで到着した事を感じた。城の中でも大きく豪華で重厚な扉の前では、二人の衛兵が部屋の入り口を守っている。勿論、その衛兵の中にも、闇の妖精の気配を感じる事が出来る。
「フィーナの髪の毛は、闇の妖精が分かって便利だけど、終わったらヒルートに返さねーと、怖ェ〜だろうなっ」
そう言ったリクの腕には、フィーナの白い髪の毛が巻きつけられていた。
「あのゥ、この部屋に用事があるんすけどね」
リクは、とぼけた顔で衛兵に話し掛けた。
「きさまっ何者だ。此処は、大地の城の王の居室。近寄る者は、罰せられるぞ!」
言うが早いか、衛兵はリクに向けて槍を突き出し、クロスさせてその身を拘束しようとした。
「そうなんだっ僕、子供だから分からなくて……」
そう言った瞬間、リクは部屋の両側を守る衛兵の腕に、掌を押し付けた。
「何っを……っ!!」
何の抵抗も出来ないまま、衛兵は二人ともその場に崩れ落ちた。
二人の耳の穴から、黒い影が這い出してきた。
「えいっえいっ」
掛け声を掛けながら、リクはその影も掌で潰してしまった。
「俺の心の癒しの力って、闇の妖精には抜群に効くんだなァ感動っ」
リクは立ち上がると、重たい扉を引いた。
「何者だ……」
リクが王の居室に入ると、青白い顔の青年が振り返った。生気のない表情のまま青年は、リクを見つめていた。その青年の足元に、血まみれの男性が倒れている。
「間に合ったのか。おっさん大丈夫かよ」
紛れもなく大地の王であろう男に、リクは走り寄った。
「今直ぐに癒してやるっ頑張れ。あんた大地の王だろう」
リクは、大地の王を抱えるようにして、身体を癒し始めた。
「お前……何のつもりだ……、そいつを放せ……」
先ほどから立ったまま見つめていた青年が、リクの肩に手を掛けた。
「お前が何のつもりだってんだよ。おっさん死んじまうだろーが。お前それでホントにいいのかよ」
「…………」
リクの肩に置かれた青年の手から、力が抜けた。
「お前、このおっさんの子供だろう。親が死んじまっていいのかよ」
青年の身体がゆらゆらと揺れ始めた。
「王の子供、私がか」
青年の瞳は宙を彷徨い揺れている。その時、リクの腕の中で大地の王が目を開けた。
「ガイダン……大丈夫か……正気に戻ったか」
大地の王の養子であるガイダンは、父王の声にゆっくりと顔を向けた。それを見てリクは溜め息を漏らした。
「まだ呆けてるみたいだぜ、あんたの子はさ。闇の妖精を引きはがさねーと治んないじゃねーか」
リクは、立ち上がってガイダンの目の前に立つと、頭の方へ手を動かした。
「何をする」
ガイダンは、素早くリクの喉に手を掛け、持ち上げてしまった。
「ガッハッ、おろっせ……」
そのまま高々と持ち上げられたリクは、どうする事も出来ず手足をばたつかせていた。
「ガイダンやめろ。その者は大地の魔術師に違いない。止めるんじゃ」
大地の王は、ガイダンの腕を下ろさせようと必死でしがみ付いたが、人のものとは思われぬ力で、振り払われてしまう。
「その少年が、永きにわたって待ち望んでいた大地の魔術師なのじゃ、ワシの体ばかりでなく、心まで癒してくれた魔法こそ、その証。下ろせ、ガイダン、下ろすのじゃ」
リクは、もがいていた体から力が抜けていき、意識も朦朧としてくるのを感じていた。
(なんとか、しねーと死んじまうって、俺……くそっ頭に手が届きゃ、闇の妖精ぐらい……)
あと少しのところで、ガイダンの頭にリクの手は届かなかった。
(もうダメ? 兄ちゃん……無事かな……)
大地の城の長い廊下を走りながら、ハモートは杖を振って襲い掛かってくる人々をなぎ倒していった。
「ハモートさん、城の中には闇の妖精に支配されていない人間はいないんですか」
タカは大声を張り上げて聞いた。
「支配を受けていない人間は、地下牢の中だ。それと、大地の王のみ」
しばらくすると、襲ってくる人間はいなくなり、代わりにいたる所に虚ろな表情を浮かべた人々が横たわっていた。その中の数人の衛兵が、身体から抜け出た闇の妖精が一人の少年を追っていったと教えてくれた。今、タカとハモートは、その横たわる人々の身体を目印にリクを追っていた。
「この先には陛下の居室がある。そこで、陛下は私を乗っ取っていた闇の妖精に拷問を受けていたのだっご無事ならよいが……」
「大丈夫です。きっと弟が間に合ってくれてます」
「ああ、そう願いた……」
最後まで言い終わらぬうちに、大きな扉が開いている部屋の前に出たが、そこには黒く大きな塊がぬらぬらと蠢いていた。
「闇の妖精か。あんなに大きいのは見たことがありません……」
ハモートも小さく頷いた。
「私もだ……城の中の全てが集まったのやもしれぬ……」
タカは、カバンに手を入れると、静かに大地の紋章を取り出した。
「ハモートさん……いきましょう……」
リクは、薄れる意識の中で、ガイダンの後ろに迫ってくる黒い塊を見た。
「く……っそ……」
闇の妖精の塊は、ガイダンの身体を今にも包み込もうとしている。
「止めんか。汚らわしい。ワシの息子に手を出すな」
大地の王は、黒い固まり目掛けて体当たりをかました。
「許さんぞ、ガイダンはワシの宝だ。たった一つ残された……愛しい者」
大地の王の体当たりをものともせず、闇の妖精の塊はガイダン目掛けて進んでくる。
「替わりにワシの体をやろう。そうだ、大地の王の身体をやる。ガイダンはダメじゃガイダンだけは」
そう言って、闇の妖精の塊を押し戻そうとする大地の王の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「陛下」
その声とともに、タカとハモートが部屋に飛び込んできた。タカは、大地の紋章を前に突き出し、黒い塊にそのままめり込ませた。黒い塊がブルブルと震える。その時、ガイダンの髪の毛の中から、小さな黒い影が這い出してきた。
ガイダンの力が緩み、リクは床の上に落とされた。
「っ……」
リクは、霞んだままの目をしばたいて、小さな黒い影を追った。
「っかま……ぇたっと……」
小さな影は、リクの手の中で一瞬のうちに消えた。
しかし、大きな黒い塊は、震えるだけで消える事無く存在している。
そのうち床を伝い、ガイダンの方へ触手を伸ばしてきた。
リクが手を伸ばそうとするよりも早く、ガイダンが触手を踏みつけた。
「私は、もうきさま等の手下になどに落ちたりはせぬ。父上が言ってくれた……愛しい者と、身を挺して救って下さろうとした……私は、もう二度と過ちは犯さない」
ガイダンは、意を決して闇の妖精に戦いを挑んでいる。だが、踏みつけられた触手は弱まるどころか、ガイダンの足元からズルズルと這い上がろうとしていた。
「リク」
リクは、タカの声に、目を上げた。
その先には、闇の妖精の塊を突き抜けて、大地の紋章を握るタカの手があった。
「兄ちゃん。遅いって」
リクが、大地の紋章に手をかざすと、黄色い光の中から誓いの剣が現れた。大地の王が、息を飲む音が聞こえた。リクは、誓いの剣を闇の妖精の固まりに突き刺し、大地の紋章を持つタカの腕の周りをぐるりとまわした。どくんっと闇の妖精の黒い塊は波打った。
「お前らなんか、消えちまえ」
リクが誓いの剣を塊から抜き取ったその瞬間、塊は水のように散り、床を濡らし水溜りをつくった。しばらく腐ったような異臭を放っていたが、そのうち消えてなくなった。
静まり返った部屋の中で、キーンッと小さな音がし始めた。リクは、誓いの剣を大地の紋章に納めると、大地の王に微笑みかけた。
「紋章が、帰ってこれたことを喜んでるよ。おっさん」
ぼこっ
「いって〜何で殴んだよ。兄ちゃん」
「おっさんて言うな。王様だ……ホント、お前って奴は……」
部屋の外では、人々の声が聞こえ始め、ざわついている。
「これで、わが城も元に戻ったか……」
大地の王は、大きく溜め息をついた。
「陛下……闇の妖精に支配されてのこととはいえ、自分が何をしたのかは覚えております……このハモート、どのような処罰も受ける覚悟でございます」
大地の王が、跪くハモートを見下ろしている姿が、リクの目に入った。
「偉い人たちってのは、色々難しいのな……」
タカが、拳を握ってリクに見せた。
「黙ってろ」
「分かりましたよーだ」
リクとタカをチラリと見てから、大地の王はハモートに視線を戻した。
「のぅハモート……そなたとワシの仲ではないか、その話は無しにしよう。よいな」
「しかし」
大地の王は、静かに手を横に振った。
「大地の城は救われた。この苦境に紋章は戻り、大地の魔術師が現れた。これは運命、そなたに降りかかった災難も、ワシに降りかかった災難も同じよ……なんの変わりもない」
ハモートは、跪いたままうな垂れた。
「陛下……」
その様子を、ガイダンはじっと見つめていた。
「父上……私は……」
何かを言おうとしていたガイダンを、大地の王はしっかりと抱きしめた。
「ありがとう……愛しい者よ」
ガイダンの瞳から、涙が溢れ出した。
大地の王と、その養子ガイダン。
二人には何かがありそうですが?