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雨のリズム  作者: 海来
84/94

[84] タカ、一人にされる

大きな執務室に通されたリクとタカ。

現れたのは、フードを目深に被った高齢の背の高い男だった。

 リクとタカは、比較的大きな執務室に通された。

 大きなオーク材の机の上には、山積みにされた書類が置いてあり、それらは、最近手を付けられた様子はない様に見える。

「いったい、誰の部屋なんだろーな」

 リクが、ぽつりと呟いた。

「お前が言うな。何の考えもなしに、相手の懐に飛び込むなんて信じられない」

 タカは、さっきから怒りっぱなしだった。小さな頃から無鉄砲なところのある弟だとは分かっているが、仲間の命や、使命の行方を変える場面においてまで、その調子で突っ走るとは思っていなかった。

 もう少し、慎重さや思慮深さが出て来てもおかしくない旅を、しばらくの間続けてきているはずだった。弟は、少し大人になったと、自分よりも深く物を考える事があると淋しくさえ思えていたときだったのに、とタカは複雑な思いに駆られていた。

 不機嫌そうに顔をしかめているタカを横目に、リクは面白そうに笑っていた。タカは、そんなリクの顔を見ていない。

「フーミィをレンちゃんやスカイへの連絡に置いてきてしまって、逃げる時は大丈夫なのか。フィーナは、危険が少ない場所に置いてきたほうが良かったんだろうがな……」

 タカの質問に、リクはニカッと笑った。

「大丈夫。だって逃げねーもん」

 タカが何かを問いかけようとしていたところへ、重たい木製のドアを開けてローブをまといフードを深々と被った人物が入ってきた。リクとタカは、一緒に立ち上がる。ローブの人物は背が高く、顔は見えないが高齢の男性のようだ。

「そなた達のどちらが、大地の魔術師なのかな」

 ローブの人物は、低音の穏やかな声で聞いた。リクは、その人物をじっと見つめていたが、どかっとソファーに腰を下ろしてしまった。

「誰かって聞きたきゃさ、その被ってるフードぐらい脱いだらどうよ。失礼ジャン」

 ベシッ!

「痛っ。殴るな兄ちゃん」

「リク。お前、その話し方なら、どっちが失礼か分からないだろうが。ちゃんとした言葉遣いをしろ」

「っ……わーたよ」 

 リクとタカの会話を聞いていたローブの人物は、ふふっと笑うと、ゆっくりとフードを脱いだ。フードの下から現れた顔は、温厚そうな壮年の男性の微笑だった。何もかも受け入れてくれそうな、深みのある濃い茶色の瞳はシワに囲まれてより一層柔らかく見えていた。

「そうだな、人にものを尋ねるのにフードを被ったままとは、私も老いぼれたものだな。失礼した申し訳ない。私の名は、ハモート。大地の王の側近であり、この城の魔術師でもある。これで良いかな。リク殿」

 リクは、ハモートに向かってウィンクして見せた。

「上出来。でっ俺がその大地の魔術師なんだ。よろしく」

 タカが、溜め息をついた。

「ハモートさん……いえ、ハモート様とお呼びした方が良いのでしょうか……その、僕達は大地の王にお目にかかりたくて、この城にやってきたのです。宜しければ、大地の王にお伝えいただけないでしょうか……」

 あくまでも失礼のない様に相手に接しようと努力するタカを、リクは横目でチラリと見ていたが、その目を直ぐにハモートに戻した。ハモートは、柔らかい視線のまま、タカとリクを交互に見ている。

「申し訳ないが、その願いに応えて差し上げる事は出来ないのだよ……王は今、病床に就いている……勿論、此処だけの話にしてもらわねばならないがね」

 リクが、じーっとハモートを見つめる。

「病床ね……で、あんたが替わりに話を聞いて、大地の紋章を確認してくれるって訳だ。ハモートさんっ」

 ハモートは微笑を崩さぬまま、リクを見つめている。リクも、笑顔で見つめている。穏やかなはずなのに、緊張感が高まって行っている事を、タカは肌でひしひしと感じていた。

「リク……お前……」

「兄ちゃんは黙ってて。ついでに、大地の紋章出してよ。兄ちゃん」

 何を考えているか分からない弟に躊躇しながらも、タカは肩から提げている布カバンから大地の紋章を包んだタオルを取り出した。タカから大地の紋章を受け取ったリクは、ハモートに近寄って行った。

 一瞬、ハモートの目がギラリと光ったようにタカには見えた。

「リク、どう言う事か教えてくれないのか……」

「闇の妖精は、紋章には触れないらしい」

 リクは、黙ってニヤッと笑うとそのまま大地の紋章をハモートの目の前にかざした。一瞬、ハモートの顔が歪むが、何事もなかったようにその場に立っていた。

「これが大地の紋章。申し訳ないが私には本物かどうかの判別は出来ない。その力があるのは王族のみ。すまないな、リク殿」

 ハモートは、穏やかな微笑をリクに向けた。リクは、大地の紋章を手の上でポンポンと引っ繰り返しながら、タカのいるところに戻ってきた。

「どうやら、俺の思い違いだったらしいな。なんて言うと思ってんの。ハモートさん」

 リクは、しれっとした顔で、ハモートを見返した。

「どう言う意味かな。まさか、私が闇の妖精だとでも言うのかな」

「そのつもりなんだけど、違う」

 ハモートは、バカバカしいとでも言う様に手を振りながら、微笑んでいる。

「そんな事があろうはずもない。まぁ、そなたの無礼も過ちも今は咎めるのはよそう。それよりも、大地の城の皇子にお目通りできるよう計らおうではないか」

 ハモートは、来た時と同じ様にフードを被りなおすと、部屋から出て行こうとした。その様子は、あたかもこの部屋を早急に出て行きたい思いを表すように慌しかった。

「兄ちゃん。これ持って」

 リクは、大地の紋章をタカに渡すと、直ぐに掌を大地の紋章にかざした。一瞬にして、紋章の周りに黄色い光が渦巻き、その中からリクは何かを取り出し始めた。幅の広い大振りの見事な剣が、大地の紋章から現れた。

「ウオリャー」

 取り出した勢いのまま振りかぶると、幅広く大きな剣をドアに向かって投げつけた。大きな音と共に、剣は黄色く輝きながらドアに突き刺さった。

「何処に行くんだよ。おっさん」

 ハモートは、剣を見つめながら、ブルブルと震え始めた。がっちりと噛締めた歯が、ギチギチと音を立てている。タカは呆気に取られてその光景を見つめていた。

「リク……あの剣は、何だ……」

 動く事の出来ないままのハモートの横を通って、リクは剣の柄を握って抜いた。とてもリクには持上げる事など出来そうに無い大振りの剣は、リクの腕によって軽々と掲げられていた。タカに向かって、リクは誓いの剣を上下に軽々と振って見せる。

「誓いの剣だってさ。俺って、大地の紋章と誓いをたてなきゃなんないらしくてさ。そのご褒美みたいなもん。かなぁ」

 リクが、剣を抜いた時から、震えていたハモートが少しずつドアに向かって動き始めていた。

「動くなってオッサン。俺は今から行かなきゃなんないとこがあるから、あとは兄ちゃんに頼みたいんだけどいいかな。言っとくけど、こいつ絶対に闇の妖精だかんな」

 タカは、大きな溜め息をついた。

「ああ、そうかよ。で、どうやって闇の妖精を押さえておくんだ」

 リクは、持っていた誓いの剣を、ドアに近づけた。誓いの剣は、まるでバターにナイフを刺す様にその先端をドアにするりと埋め込んで止まった。

「誓いの剣が、この部屋からこいつが出るのを邪魔してくれる。後は、兄ちゃんの腕次第ってことで。ごめん、俺、急がなくちゃなんねーの。頼んだよ」

 そう言い残して、リクはドアを出て行った。

「こんな事だと思ったよ。結局、お前の尻拭いじゃないか……これで死んだら、しゃれにならんな……いや、絶対に不本意だ」

「何をごちゃごちゃと、くだらぬことを。大地の魔術師がいなければ大地の紋章とて恐れるに足らぬわ。お前ごとき、私の相手ではなかろう」

 そう言うが早いか、ハモートは掌から魔法の熱球を放った。瞬時に横に跳んでかわしたタカは、ハモートよりも大きな熱球を相手に投げつけた。誓いの剣の力で動きの鈍いハモートは、タカの熱球をかわし切れずに右肩にくらった。

「くそ、小僧、お前も魔術師か……」

「そうらしいな。教えてやってもいい、俺はリアルディアの王だ」

 焼けきれて煙を上げている肩を押さえながら、ハモートは笑った。

「何をくだらん、リアルディアに王などおらぬわ」

「それが、いるんだよ。此処にな」

 続けざまにタカは熱球を放とうと構えた。ハモートが不敵に笑う。

「きさま。この人間が死んでもいいのだな。ハモートが死んでも俺は死なんぞ」

「何……」

 左手で長い杖を突き出し、ハモートはニヤリと笑った。

「俺は、闇の妖精。やばくなれば逃げるだけだ。こんな身体など必要ないからな。さあ、早く攻撃でも何でもしてこい」

 タカは、ぎりっと歯を噛締めた。

「くそっ」

 身動きできなくなったタカ目掛けて、今度は杖先から稲妻が飛び出した。タカは、盾のイメージを頭の中に作って形にする。稲妻が間一髪で盾に弾かれ、部屋の壁に当たって壁を焦がした。もう一度、稲妻が襲う。タカは、弾いた稲妻がハモートを襲わないように計算しながら身を守り続けなければならなかった。横に転がった瞬間、タカはハモートの持っている杖に向かって光の蔓を飛ばした。光の蔓は、杖を絡めとリ、タカの手元に運んできた。タカは、その杖を強く握ると光の蔓を絡めたまま、ハモートに投げ返し、光の蔓がハモートの右手左手と巻き取り、杖に括り付けていく。

 後ろ手に締め上げられる形になったハモートは、顔を歪めた。

「このガキがぁ」

 大きく開かれたハモートの口から、炎の玉が飛び出し、タカ目掛けて飛んできた。盾に弾かれた炎は、分散して消えた。炎の玉を吐き出したハモートの口元は焼け爛れ、血を流していた。

「はァはァ……愚かな人間め。ハモートはこのまま死ぬぞ」

 何もする事の出来なくなったタカの目の前で、ハモートの耳から真っ黒な影が這い出してきた。ズルズルとハモートの身体を這い下りると、ドアに向かってのろりと移動し始めた。タカは、素早くドアまで走って誓いの剣に手を掛け引き抜こうと手を添えた。

「大きな口を叩いた割りに、ドアからしか出られないのかよ」

 その時、タカの後ろでごそっと動く音がした。

「この部屋は……結界が張ってある。ドア以外には何人たりとも出入りは出来ん。ゴフッ……」

 その声は、闇の妖精から解放されたハモート本人のものだった。焼け爛れた口から発せられる声は、しゃがれていて辛そうだった。

「ハモートさん……」

 ドアの下に向かってゆっくりと進む闇の妖精の黒い塊に向かって、タカは誓いの剣を突き立てようと思った。

「これしかない、ぐっぐあっ」

 リクが持っていたときには、羽の様に軽く見えたのに、この誓いの剣は、岩の様に重たかった。タカは、渾身の力を込めて剣の柄を引っ張った。

「ウオオオオオオォ〜〜〜ッ」

 抜けたと思った瞬間には、ゴーンッと言う音と共に、床に向かって誓いの剣が剣先を下に落ちていった。その先には、闇の妖精の塊が今にもドアから這い出そうとするところだった。

 誓いの剣の先が、黒い塊に突き刺さると同時に、それは霞の様に消えてなくなってしまった。 

「ふー、運がよかったみたいだ……奴には不運だったんだろうけど」

 タカは、肩で息をしながら喘いでいる。

「た……すけて……く……」

 弱弱しくかすれた声が、タカの耳に届いた。タカは、その声が本物のハモートから発せられた思い当たり、慌てて光の蔓をほどいた。ハモートは、自由になった手で負傷した肩を押さえ、口元を覆い顔をしかめている。

「ハモートさん、申し訳ありませんでした。俺、闇の妖精に支配されてたなんて分からなくて……いえ、少し冷静になれば分かっていた事なのに……怪我をさせてしまって」

 ハモートは、弱弱しいが穏やかに微笑んだ。

「なに、はァはァ構わんよ……癒しの魔術で直ぐに治る……」

 ハモートの息は荒く、喘ぐように呼吸している。

 タカは、ハモートの喉に手を添え、口元を覆っているハモート自身の手の上に自分の手を被せた。

「俺が、癒します……本当に申し訳ありませんでした……」

 ハモートは、少しすると穏やかに息が出来るようになり、負傷している箇所も癒されていた。

「ありがとう、リアルディアの王。素晴らしい魔力だ。信じられんが、これは本物の王かもしれんな」

「本物です。間違いなく……」

「しかし、そなたの弟君も、本当に大地の魔術師のようだが……何とも破天荒よのう……」

 タカは、苦笑いをした。元気を取り戻したハモートが、声を上げて笑った。

「はい、でも俺よりは、深く考えているはずです。あいつなら、今の様なことにはならなかった……と思います。今のあいつなら……」

「そうか……私は、そなたも良くやったと思うがな。ところで、早く大地の魔術師を追わねばなるまい。この城の中は、闇の妖精で一杯じゃからな。助太刀せねばならん。さあ」

 素早く部屋を出て行くハモートの後ろを、タカは追いかけようとして、誓いの剣の存在を思い出した。

「ハモートさん。誓いの剣はどうしたらいいのでしょうか」

 ハモートが振り返った。

「心配はいらぬらしいぞ」

 タカがドアを見ると、誓いの剣が黄色い光に包まれて、大地の紋章に吸い込まれるところだった。

「そうですか……リク、頼むから事情は先に説明してくれ」

 タカは、独り言を呟きながら大地の紋章をカバンの中にしまって走り始めた。









 

 


 

リクを追って、ハモートと飛び出したタカ。

リクは何処に行ったのか。

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