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雨のリズム  作者: 海来
82/94

[82] リクのもとへ

レインの手からにじみ出る血に、ユティは不安を感じていた。

このままでは、レインの身体は……

 速い風に乗って、レインの姿のガウと、ユティは大地の領域に入った。

 ユティは、レインの手に巻かれた、以前は袖であった布が、にじみ出てくる血によって真っ赤に染まってくるのを不安に思っていた。(一旦、下りて手当てをした方がいいんじゃないだろうか。出血が多すぎるとまずい)ユティは、ガウに合図を送った。レインの手を指さし、首を振り、その後に足元に広がる台地をちょんちょんと指差してみた。(もうダメだ。ひとまず下りよう)

 ガウは、可愛らしいレインの顔をしかめたが、仕方ないとでも言いたそうに、頷いた。ゆっくりと、二人は森の外れに降り立った。

「平地じゃ見つかりやすいからな、此処も変わらんかも知れんが、木がある分ちっとはましだろうよ」

 ガウは、雪鷲の羽根をベルトに差し込みながら言った。その時、下ろしていた手の先から、ぽとりと血が落ちた。

「ガウ、レイン姫の身体が弱りすぎないうちにレイン姫に替わった方がいい。ご自分で癒す事も可能だろうから」

 ガウは、眉間にシワを作って、首を横に振った。その目の下には、黒く隈ができ顔色はかなり悪かった。

「もう、限界が近い。レインに替わったら、この子が苦痛を感じる。癒しの魔術など、使える状態じゃない。このまま、リク達のところに行くんだ。取り返しのつかないことになる前にな」

 そう言ったガウは、ユラリと身体を揺らした。

「ガウ」

 ユティは、レインの身体を抱えた。

「相当、弱ってるのか……ガウ」

 ユティの呼びかけにも答えないガウだが、薄っすらと開けた瞳は、灰色でいまだに自分はガウのままだと主張していた。ユティは、レインのベルトから雪鷲の羽根を抜き取って、掲げた。

「待てっ」

 声のしたほうへ振り向かずとも、ユティにはそれが誰なのか、直ぐに分かった。今この状況で、ありがたいのか、ありがたく無いのかは、よく分からなかったが。

「タナトシュ殿……」

 ユティは、その場にレインの身体をゆっくりと横たえた。タナトシュは、空中から音もなく降りてきた。

「タナトシュ殿、速かったのですね。追ってこられるなら、きっとあなただと思っていました」

 ユティの言葉に何も答えず、タナトシュは、レインの横に跪くと、早速癒しの魔術を掛け始めた。

「傷は、もう良いのですか。きっと雲の王が完璧に癒されたのでしょうね。あの、ドーリーさんは……」

 その質問にも、タナトシュは反応しなかった。ただ、一心不乱にレインを癒している。

「レイン様、戻ってくるのです。私たちの元へ。あなたの血をつくり、骨と肉をつくり、皮をはりましょう。元の美しいあなたに戻るのですよ。心も戻ってくるのです」

 レインの掌は皮甲冑は取り除かれ、狼の牙によって噛み砕かれた傷口が無残に見えていたが、タナトシュの魔術が進行すると共に、内側の骨は繋ぎ合わされ、肉がもり、白い肌がそれを覆った。

 元通りの白い可憐な手が、ユティの目の前にあった。

 安堵が、ユティの心に一気に沸きあがった。

「タナトシュ殿。ありがとうございます……」

 タナトシュは、ユティをチラリと見ると、レインの身体を抱え上げようとした。

「そなたのためにしたのではないわ」

 ユティは、何も言い返すことができず、膝の上で拳を握った。

「レイン様は、わが城の姫。お守りするのが使命。そなた達が、何を企んでいるのかは知らぬが、闇の妖精の企てにかこつけて、雲の紋章を奪うなどもってのほか。レイン様にも、しっかりとこの件については、罰を受けていただく事になろう」

 そう言ったタナトシュの腕から、レインが立ち上がった。

「残念だがワシ等は、この紋章をもっていかねーとなんねェんだ。申し訳ねーなタナトシュさん。いくぞっユティ」

「そうはさせん」

 タナトシュが、そう言っただけで、ガウもユティもその場で指一本動かせなくなった。

「炎の民よ、レイン様をどう言い包めた。闇の妖精の話は本当であったが、その他はどうなのだ。何が狙いだ。雲の紋章を持ち去って、どうするつもりだ。そのままでも、話はできる、聞かせてもらおうか」

 ユティは、どう説明しようか迷っていた。全ての事を話してしまうべきなのか、そして、タナトシュが何処まで、何を知っているのか。確か、レインはヒルートの屋敷までの出来事は、雲の王の命を受け追ってきた者によって報告がされているはずだと言っていた。

 ならば、タナトシュほどの立場の人間であれば知っていて当然だろうとユティは思う。

「世界の崩壊に繋がる事なのです。時の魔術師が、予言によりそれぞれの領域の紋章を集結させるようにと。決して、闇の妖精に渡してはならないと」

 タナトシュの表情が硬くなる。何かを思い出すように、そして、何かを拒むように。

「時の魔術師……その様な者がいるとは、ズカーショラルの報告には無かった。永きに渡って時の魔術師は存在しない。見え透いた嘘は付かぬほうが身のためではないか」

 ユティは、冷静になろうと一度息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。

「私の名は、賢者ユティと申します。つい先日まで、この世に賢者は存在しておりませんでした。ですが、事態は変わっているのです。世界の崩壊を防ぐ為に、救世主たちは立ち上がったのでございます」

 タナトシュの眉が、片方だけ持ちあがった。

「ほう、賢者とな……では、その賢者と時の魔術師がまがい物でないと、どうして言える」

 ユティの瞳が細くなり、タナトシュを見据える。

「時の魔術師が『時読みの瞳』で見なければ、雲の城で闇の妖精が紋章を狙っているなど、どうして知りえたと思われますか」

「そ、それは……」

「レイン姫も時の魔術師の言葉に従い、城と紋章とお父上をお守りする為に、戻ったのですよ。彼女は、時の魔術師リク殿から離れる事を拒んでいらした。それでも、行けとおっしゃったのは、リク殿でございます」

「リクとは、異世界からきた少年か……確か、大地の魔術師にして心の癒し手と……それが、時の魔術師でもあると言うのか……何と言う……」

 その時、空から大きな鷹が舞い降りてきた。鷹は、ユティの肩にゆっくりと止まった。

「何…………」

 いきなりの事に、ユティの声と身体は震えていた。

「ガウ。助けてくれてありがとう……少し驚いたけど、自分の心の中でゆっくり過ごすのも悪くなかったわ。体を貸すのがあなたならね」

 タナトシュの手をほどいて、レインが微笑んだ。

「レイン様」

 ユティが大きく溜め息をついた。

「ガウだったのか、いきなり鷹になるなんて、思いもしなかった……分かってるって、この辺には鷹しかいなかったって言うんだろう」

 そう言って、ユティはガウの口ばしをチョンと突いた。

 ガウは、口ばしでユティの指を突付いた。

「痛いってば」

 その様子を、タナトシュはじっと見つめていた。

「あの者は、本当にユティ殿の守神のようですな」

「ええ、そうよ。お母様が与えてくださった守り神。そして、さっきユティの話したことは真実よ」

「時の魔術師の予言ですか……」

「ええ」

 レインは、タナトシュを真っ直ぐに見つめた。

「私も、救世主の一人。紋章が集まるまでに、リクのところに戻らなければ……全ての事が狂ってしまう。タナトシュ、お願い、行かせて」

 タナトシュは、なぜか微笑んでいた。

「行かせてくれと頼まなくとも、自由に身体は動くはずですが、レイン様」

「あら、本当ね」

 レインは、タナトシュを優しく抱きしめてから、別れの言葉を言って、ユティの傍に寄った。

「急がなければならないわ、雪鷲の羽根よりも嵐雲のほうが速くてよ」

 ユティが、少し顔を歪めた。嵐雲は、苦手らしい。

「レイン様、私の魔術で参りましょう」

 レインは、ギョッとした顔でタナトシュを見つめた。

「ねェ、タナトシュ、お別れはすんだわ。なぜついて来るの」

 タナトシュは、いつもと変わらぬ何食わぬ顔で、レインを見つめている。

「それは私の使命が、私の前にいらっしゃるからでございます」

 はァ〜っとレインは溜め息をついた。ユティは、ちらりとレインを見て、ふっと微笑んだ。

「タナトシュ殿の使命がレイン姫にあるなら、仕方ないじゃありませんか」

「見張られてるみたいだわ……」

「いいえ、見張っているのです。ドーリーに、あのおてんばな姫を頼むと言われていますから。勿論、陛下にもですが」

 レインの顔が、ぱっと輝いた。

「ドーリーは無事なのね。それに、二人は結ばれたんでしょう」

 タナトシュの顔が、赤くなったかと思うと、眉間にシワを作った。

「結ばれる暇もございませんでした。どなたかのために……、いつも、あなた様はそうだ」

 レインは、少しうな垂れた。

「ごめんなさい……」

「いいえ、構いません。あなた様を連れ帰って、ゆっくりと二人で過ごす事にしておりますから。さァ、参りましょうか、レイン様の想い人リク殿の所へ」

 タナトシュが言うと、フワリと起こった風が、皆を舞い上げ、運んでいった……































 


レインに着いて行くと決めたらしいタナトシュ。

他にも、目的があるのでしょうか?

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