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雨のリズム  作者: 海来
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[80] 心の奥に溜まったもの

ユティは、ガウと共に雲の城での自由を得た。

早速、行動を開始するが……

 ユティが雲の城を訪れた日は、早速に雲の王との謁見が許され、図書館の使用の許可まで王直々に貰う事が出来た。王は、娘のレインの助言を受け、ユティの守り神ガウをも城内をユティと共に行動する事を許してしまった。レインは、父王にはっきりと言ったのだ。

「この狼が何か良からぬことを仕出かしそうになれば、私が雲の魔術師であることを証明して見せますわ。この城は、いつか私の城になるのです。たかが狼に振り回されたりはいたしません。ユティ殿には、私が付き添う事にいたしましょう」

 その言葉を聞いた雲の王の顔は、苦虫を噛み潰したよりも酷いものだった。自分の娘が一度言い出したら、決して後には引かないと知っている。もし反対などすれば、また何処に飛んでいってしまうかも分からない。王は、それを何よりも恐れていた……二度とこの城を離れて欲しくなど無かったのだ。

 そして、ユティとガウは雲の城での自由を手に入れ、城の中に部屋まであてがわれ、夜には雲の王やレインと共に食事までいただく事になった。これには、さすがにユティは戸惑っていたが、レインは強行に押し通してしまった。食事中も、レインとユティが友人だとは知らない雲の王との会話に、度々冷や汗を流したのは、間違いなくユティだけだった。












 真夜中の雲の城は、動くものなど何もなく、耳の中にシーンと音がしそうなほど静まり返っていた。

 その静けさの中、小さめの木の扉がゆっくりと開いた。中から、細い影と大きな影が素早く闇の中に出てきた。その影の前に、いつからそこにいたのかもう一つ小柄な細い影が現れた。

「レイン姫、やはりその衣装のあなたの方が私には馴染みだ」

 扉から出てきたユティは、ガウと共にレインの姿を見つめた。天窓から差し込むわずかな月明かりの中、レインは旅姿に変わっていたが、その肩にかかっているのは、マントではなく、ガウンだった。

「このガウンがちょっとね……でも、誰かに会ったときに困るから仕方ないわね」

 ガウが、おかしそうにグルルと喉を鳴らした。

「ガウ、何がおかしいの」

「まぁまぁ、レイン姫、急ぎましょう。タナトシュ様が待っておいででしょうから」

「ええ」

 レインとユティとガウは、タナトシュから指定されたとおり、真夜中を少し回ってから謁見の間の扉から少し離れた階段に向かっていた。タナトシュからは、誰にも気付かれないようにと注意を受けていた。

 そう、誰にもだ、それがレインにとって信頼に値する人間であったとしても、と言う意味なのだ。タナトシュは、自身がここ数日間寝る間も惜しんで探り、見張ってきた相手を、レインに教える事はしなかった。それはひとえに、その人物がレインにとって掛け替えの無い存在であり、レイン自身の目で見なければ、何があろうと信じられないだろうとのタナトシュの考えからだったのかもしれないと、レインは思った。

 謁見の間の扉から少し離れた階段で、タナトシュは隠れて待っていた。

「レイン様、こちらへ」

 タナトシュの小さな声に、レインは黙って頷いて階段の陰に隠れた。

「間に合ったのかしら」

 タナトシュは、静かに頷くと、全員に隠し身の呪文を掛けた。この呪文を掛けておけば、声を出さなければ、相手がかなり高等な魔術師でない限りは気付かれる事はない。

 そのまま時間が止まったように、誰も動かない。広い廊下は、集まった人間の吐息でさえ音が響いてしまいそうな静寂で包まれていた。レインは、この静寂に不自然さを感じた。

 何かがおかしい……自分は今まで何度となく、夜の城を動き回り色々な悪戯をやってのけてきたのだとレインは思う。こんなに静かなはずがない。城の中を、夜中もずっと見張り続ける交代の衛兵達が立てる音に話し声、城に住み込んでいる侍女たちが逢引から帰ってくるコソコソとした忍び足の音……誰かが、トイレを使う音、いつも何がしかの音が城の中には響いていた。今夜の雲の城には、その生活の音が全くしないのだ。

 そんな事を考えていると、廊下の奥の方から衣擦れの音が聞こえてきた。闇の中を進んでくるのは、どうやら女性のようだ。しかし、真っ暗な城の中を歩くのに、ランプもろうそくも何も持ってはいない。ゆらゆらと揺れる姿は、頼りなく幽霊を思わせた。

 その姿が、窓から差し込む月の灯りに浮かび上がると、レインは息を呑んだ。タナトシュが、レインの口元に手を添えて、声を出さぬ様に合図をした。

『ドーリー。なぜ、ドーリーじゃないみたい……』

 レインと姉のケトゥリナを幼い頃から育て上げてくれた乳母のドーリー、侍女頭でもある彼女は、いつでもしっかり者で快活な心豊かな女性だ。しかし、今、目の前の扉の前に立ち、その手で謁見の間の扉を開けようとしている姿は、朦朧としていて夢遊病者のようだった。

 開けっ放しの謁見の間の扉から、三人と狼はそっと中に足を踏み入れた。先に入っていたドーリーは、玉座の後ろに回りこみ、雲の紋章の周りをナイフで削り始めた。陰に隠れて見つめるレインとユティは、タナトシュに問いかけるような視線を送る。だが、タナトシュは黙ったまま、首を振るだけだった。

 実際、タナトシュにも何がどうなっているのか、何故ドーリーがあのような事をしているのか、分かっていなかった。その時、ガウがユティの袖をひっぱった。ガウが、鼻頭を玉座の足元に振った。

 ユティは、目を細めてそこを食い入るように見つめる。

 玉座の足元で、小さい闇の影が動いている。

「闇の妖精……」

 ほんの小さな声だったはずだが、玉座の影に気付かれた。闇の塊は、ドーリーを呼び寄せ、その身体に這い上がり、耳の中に消えた。

『くそ、見つかったか』

 そう言って振り返ったドーリーの瞳には、紅い光がぬらぬらと燃えていた。ガウが、さっと飛びだした。三人の人間を守るように、ドーリーに向かって歯をむき出している。

「ガウ、待つんだ。傷つけてはいけない」

 ガウは、分かっているとでも言う様に、ガルッと一声鳴いたが、その場を動く事はしなかった。

『狼などにアタシがやられるとでも思ってるのか。何て馬鹿なんだろうねェ』

 ドーリーの口から発せられる声は、ガサガサしていて耳障りだった。

「闇の妖精ね。ドーリーの身体から出て行きなさい」

 レインが声を張り上げた。

『雲の城の姫か。お前の身体をくれるなら返してやってもいいぞ。こんな老いぼれた女の身体より、若い女の身体は住み心地もいいからな。どうだ』

 その時、ゆらりと人影が動いた。立ち上がってそのまま歩き始めたタナトシュは、真っ直ぐにドーリーへと歩を進める。

「その女から、出てもらおうか、闇の妖精。お前が何を企んでいようと、決してその企みは成功させはせんぞ。私が、防いでみせる」

『魔術師か……お前程度が、アタシに勝てるのかい……』

 ドーリーは、掌に渦巻く紅い炎を出し、タナトシュにぶつけた。タナトシュは、炎の玉を自分の両手で受け止めて包み込んで、消してしまった。

「大きな口を叩く割りに、情けない術を使う闇の妖精じゃないか」

 タナトシュの言葉を聞きながら、ドーリーの身体が震えている。

「タナトシュさ……ま……近寄って、は、なりま……せ、ん」

「ドーリー」

 ドーリー自身の声を聞いたタナトシュはいきなり走り出した。崩れ落ちそうになるドーリーをその手に抱きとめ、そっとドーリーの頬に手を添える。

「ドーリー。目を開けてくれ……闇の妖精など、この私が追い払ってやる。さあ、目を開けてくれ」

 ドーリーの手が震えながら持ち上がってタナトシュの胸元に這い上がってくる。

「タナトシュさま……クククククッ騙されやすいねェ」

 面白そうに笑い声を上げながら、ドーリーはタナトシュの胸に指を突きたてた。

「ウグッ……き、さ、ま……」

 タナトシュの胸に突きたてられたドーリーの指先からは、長い爪が伸び、肉を割って深くに突き刺さっていた。見る見るうちに、タナトシュの胸に血のシミが広がり、手を蔦ってドーリーの白い夜着を紅く染めていった。

『この女が言ったじゃないか、近寄ってはならんとナァ。バカが、お前を愛すればこそ、近付かせまいとした女心が分からんとは、この女が、心の奥に悲しみと妬みを持つのも頷けるというものよなァ』

 ドーリーではなく、その身体を思いのままに操っている闇の妖精は、タナトシュに突き立てた爪を、もう一段深くねじ込んだ。

「ぐあっ」

 タナトシュが、その場に倒れこんだ。

「タナトシュ」

 レイン、ユティとガウが前に飛び出した。

『雲の城の姫。お前にはやってもらいたいことがある。ほら、そこ』

 ぎらつく赤い目のドーリーが、玉座の後ろを指した。

「雲の紋章……それが目当てなのよね。自分で触れないから、ドーリーを利用したのでしょう。心の優しい彼女にこんな事をさせるなんて」

 闇の妖精が、一際大きく笑った。

『おや、おかしな事を言う。アタシ等、闇の妖精はね、心に闇の無い者には憑り付けないんだよ。この女も、醜い妬みにまみれてたって事さ、それが、アタシを呼んだんだ』

「嘘よ。ドーリーは、そんな人じゃない……」

「そっそうだ……かの……じょは、気持ち……の、やさしいおんな……だ」

 ドーリーの横に倒れこんでいたタナとシュが、ドーリーの手をつかんで起き上がった。

「ドーリー、目を覚ませ……闇の妖精を打ち負かせ……ドーリ……」

『馬鹿な男だねェ。この女が一番欲しかったのは、お前の心。それさえあれば、こんなにも悲しみが溜まったりはしなかっただろうね。でも、その悲しみがアタシにゃ、蜜の味って事さ』

 タナトシュの瞳が一瞬揺れた。胸の傷を押さえながら、歪む顔は、ドーリーを見つめていた。

「ドーリー……私も」

 そう言った後、タナトシュはその場に崩れ落ちた。

「タナトシュ」

 走り出したレインに向けて、炎の玉が飛んだ。

『お前には、やってもらうことがあると言っただろう』

 ドーリーの姿をした闇の妖精は、タナトシュを抱き上げた。

『おお、まだ生きている。この男の悲しみと苦しみや後悔は、美味いよ美味い』

 レインはその場を動けなくなった。

 ユティは、ガウに合図して、ゆっくりとその場から移動を始めた……












 







雲の紋章を狙う闇の妖精。

人質に取られたタナトシュ……

救うのは、ドーリーの意思か、それとも動き始めたユティとガウか……

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