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雨のリズム  作者: 海来
79/94

[79] タナトシュの部屋

雲の城にやって来たユティとガウ。

そのまま、スムーズに事は運ばないとは思っていたが……。

 朝になって、ショウヤが迎えに来てくれた。非番を替わって貰ったのだといっていたが、それはきっと自分達の為だけではないとユティは思った。ショウヤは、タナトシュのことをかなり気に掛けているようだったからだ。

「タナトシュって男はな、真面目を絵に描いたような奴なんだ」

 ユティは、城に向かう間、ガウの首輪をしっかりと握りながら頷いた。

「そのようにお見受けしました」

「そりゃあな、惚れた女が仕事の為に身を捧げるならと、自分も一人身を通してきた様な男だ。一本気で、雲の城の王様にだって信頼が厚い。俺の誇りなんだ」

「惚れた女。そんな方が、いらっしゃったんですね」

 ユティは、必要以上に、感心を見せないように気を使いながら、軽く聞いてみる。

「ああ、優しい女でな。自分の事よりも、姫様たちの幸せを選んだ。自分を心の底から愛してくれてる男がいるとも知らずにな」

 ショウヤは、思い出すかのように目を細めて溜め息をついた。

「タナトシュは、彼女に何も言わなかった。愛している事も、プロポーズをしようと思っていた事も」

「彼女は、何も知らなかったのですか」

 ショウヤが首を振った。

「ああ、今も何もしらんだろうよ」

「その方は、今も城に」

 ショウヤはユティを見た。

「俺は何も言えない。ちょっとしゃべりすぎたみたいだ。お前さんの想像に任せるよ」

 自分が何かを探っていると思われたかと、ユティは一瞬ヒヤッとしたが、直ぐにショウヤが笑ったので、その心配はなさそうだと安心した。

「俺は何にも言えん、何にもしてやれなかったんだからな。でも、今、あいつが困っているなら、俺は助けてやりたい」

 そう言ったショウヤが見つめる先には、雲の城がそびえ立っていた。










 タナトシュが約束してくれたとおりに、城にはすんなりと入る事が出来た。ショウヤは、まずタナトシュの部屋に案内すると言って、先を歩いていく。城に入って直ぐに、ショウヤは左に曲がり、奥へと移動してきていた。

「タナトシュの仕事部屋につれてくるように言われている。色々な手続きをしてから、図書館に連れて行ってくれるそうだ」

「何から何まで、タナトシュ様にはお世話になって、ショウヤ殿にもお世話になりっぱなしで申し訳ありません」

「いや、構わんさ。俺もタナトシュもガウに興味がある。こんな賢い狼は見た事がないからな」

 そう言って笑いながら歩くショウヤが比較的大きな木の扉の前で足を止めた。コンコンッとノックすると、扉はすっと内側に開いた。ショウヤの後について部屋に入ったユティの目に、大きな仕事机に頬杖をついて青白い顔をしたタナトシュの姿が映った。タナトシュは、ふらつきながらゆっくりと腰を上げ、ユティとガウの前にやって来た。

「ようこそ、雲の城へ」

 ユティは深々と頭を下げる。

「この度はご配慮ありがとうございます。ガウと共にお城に入らせていただいて感謝しております」

 タナトシュは、顔の前で手を振った。

「いや、城には入れたが、ガウと共に図書館には行けそうに無いのだ。申し訳ないがな、ガウにはこの部屋で過ごしてもらう事になる」

 ユティは、眉根を寄せた。

「この部屋で、とは……」

 ユティは、この部屋をすばやく観察した。魔術の気配が漂っているが、拘束するような呪文は感じられない。タナトシュに意図するところがあるのか、無いのか、ユティは測りかねた。

「ユティ、大地の民の中に、炎の民と言う者たちがいることは私も知っているのだよ。そのガウが炎の民だと思うのは、至極当然の事と思うのだが」

 ショウヤは、まあまあと言いながらタナトシュの脇に立って、身体を支えるような仕草をした。

 ユティは焦りを悟られないように平静を装い、ただ眼を細めるだけに留める。

「おかしな事を、タナトシュ様。なんの確証がおありなのか分かりません。ガウは生まれた時から、狼であり、この後も死する時まで狼のままです」

 タナトシュは、ユティに向けて手をかざし、何かの呪文を唱え始めた。だが、何も起こらない、何の変化もない。タナトシュは、その事に驚愕している様子だった。

「なぜ、ユティ……お前は何者だ……私の自白の魔術が効かんとは、お前も魔術師か」

 タナトシュの目に、怒りが顕わになってくる。

「タナトシュ、お前、いきなり魔術など使ったのか。そんな卑劣なことをするとは、いつものお前じゃない。どうしたって言うんだ」

 ショウヤの声も聞こえないように、タナトシュはユティとガウを睨みつける、

「いいえ、私は魔術師でも、魔法使いでもございません。ただ、母の死に際の守りの魔法が私を守ってくれている……それだけなのです。このガウとて、同じ事。母の死に際の願いによってのみ、私に寄り添ってくれているのです」

 いつの間にか、ユティの前に出てきたガウが、灰色の目をタナトシュに向けていた。

 タナトシュの瞳と、ガウの瞳が重なった。

 一瞬の出来事だった。ガウは、タナトシュの中に入り、今一度狼の身体に戻った。奥の方で眠りについている狼の魂は、目覚める間もなく、その身体を再びガウに渡してしまった。

 ユティが、ガウの頭を撫でた。

「ガウどうだった」

 ガウは、その言葉を合図の様に、タナトシュの方へ歩いていくと、前に伸ばされたままの手をペロリと舐めあげた。タナトシュは、プルプルと震えていたが、ガウがもう一度手を舐めると、優しくガウの頭を撫でた。ユティは、ホッとため息をついた。

「そうか、タナトシュ様は大丈夫と言う事か」

 ガウは、グルルルゥ〜と嬉しそうにうなった。タナトシュの事を案じて、脇に寄り添っていたショウヤは、ユティとガウを交互に見つめた。

「タナトシュが大丈夫とは何のことだ。お前たち……本当に何者なんだ」

 その時、タナトシュの仕事部屋をノックする音が響いた。

「こんな時に……誰だ……」

 タナトシュが手を振ると、扉の外側が透けて見えた。

「レイン様」

 扉の前に、綺麗なブルーのドレスを着たレインの姿が映った。

 開けるのをためらっていると、今度は、ゴーンゴーンと鐘を打ち鳴らす様な音がして、耳に痛いほど響いた。タナトシュは仕方なく、扉をほんの少しだけ開ける。

「レイン様、今は来客中でございます。後ほど、私の方からお伺いいたしますので、どうか」

 タナトシュが言い終わらないうちに、扉は一気に内側に開け放たれた。

「そのお客様に用事があるのです」

 レインは、小さな声で言うと、すっと扉を閉めた。

「ユティ、あなたに付けた印が、ここにいるって教えてくれたわ。話は聞きました。タナトシュは信じて大丈夫なのね」

「はい、ガウが確かめてくれましたから」

 タナトシュとショウヤは、あっけに取られて呆然と二人を見つめている。

「私とユティは友人なの。勿論、ガウも。これから始める事に、タナトシュの力を借りたいのよ」

 タナトシュは、レインをジッと見てから深い溜め息を付いた。

「レイン様。あなたは又、何をお考えなのですか……今の私には、あなたのお遊びに付き合っている余裕など有りはしないのですよ」

 そう言って、タナトシュは窓の方を向いてしまった。その肩は、わずかに震えているようだった。レインは、タナトシュの背中にそっと手を添えた。癒しの魔術の呪文を唱える。

 少しの間、そうしているとタナトシュの背中が、わずかにシャンと伸びたように見える。

「レイン様……私などを癒してくださるとは、ありがたき幸せにございます」 

 レインは、ニコッと笑うと、首を振った。

「身体は癒せても、心までは癒せないもの。タナトシュは、心が疲れているみたいよ」

「ええ、確かにそうなのかも知れませんな……」

 タナトシュは、ユティとガウに目をやった。

「で、レイン様。この度のお遊びは、いったいどの様なものなのですか。ことと次第によっては、陛下にご報告せねばなりますまい」

 レインは、キツイ眼でタナトシュを見つめた。

「お遊びではないわ。雲の城と父上の一大事よ」

 タナトシュが、眉を寄せた。

「…………」

 レインは、自分の胸の前で拳を握った。

「闇の妖精が、雲の紋章を狙っている」

 タナトシュの瞳が、大きく見開かれた。

「闇の妖精……まさか、そんな……」

 グラリと揺れたタナトシュの身体を、ショウヤがしっかりと受け止めていた。














闇の妖精と聞いたタナトシュの動揺は、かなりなもの……

その訳は? そんなに恐れているから? それとも?

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