[77] ショウヤ
雲の城の城下町に入ったユティとガウ。
でも、周りを衛兵に取り囲まれて……
ユティとガウは、雲の城の城下町に入ったばかりだった。先ほどのレインが起こした嵐のおかげで、城下町はかなり荒れている。窓が割れた家や商店、屋根に穴があいたと言って男が屋根に上がって修理する姿も見る事が出来た。雲の民は、城の魔術師がシールドをもっと早く張ってくれていればと、それぞれにブツブツと文句を言っている。
「シールドがなかったら、どうなってたんだろうな。ガウ、レイン姫は怒らせない様にしないと、怖いぞ……リク殿は大変だな」
「ガルルゥ」
「そうか、お前もそう思うか。まっそんな事よりも、城に入れてもらうのが先決だ。行こうガウ」
だが、この光景を、城下町の人々はビクビクしながら見ていたのは間違いない。何と言っても、ひ弱そうな青年が大きな狼の首輪を持っているだけで、何の枷もなしに町を歩いているなど有り得ない光景なのだから無理はない。この噂は、一気に雲の城の城下町に知れ渡り、数分もしない間に、ユティとガウは城から出てきた衛兵に取り囲まれた。
衛兵が皆、銃剣をガウに向けている。その中の一人が口を開いた。
「ここは城下町だ。森の中ではないのだぞ。その狼をこの檻の中にいれてもらおうか」
衛兵達の後ろから、大きな檻を載せた荷車を押して、新たな衛兵達が走ってきた。
ユティは、微笑みながらお辞儀をした。
「お勤めご苦労様でございます。私は大地の民ユティと申します。ご忠告はありがたいのですが、この狼は普通の者ではございません。私の守り神にございます。決して人に害なす者ではないのです」
ユティの言葉にも、衛兵達は銃剣を降ろす素振りはない。ユティは、ガウの横に腰を下ろした。
「ガウ困ったなァ。此処の人たちは、お前の事も私の言う事も信用してくれないみたいだ。どうすればいいだろう、長く掛かりそうだし、まァお前も座れよ」
途方に暮れた様子のユティの顔に鼻を擦り付けるとガルルゥと小さく唸ってガウは隣にお座りをした。そのガウの行動に、取り囲んでいた衛兵や、周りを遠巻きにしていた町の人々も、オオッと声を漏らした。その時、衛兵の輪の間から、体格のいい年配の衛兵が現れた。
「こりゃあ驚いた。この狼は人間の言葉が分かるみたいじゃないか」
「ええ、分かるのですよ。な、ガウ。分かったら小さく2回唸ってごらん」
ガウは、ユティの言葉を聞いて、その男に顔を向けてから、2回小さく唸って見せた。
「これは凄いぞ、こんな狼は見た事がない。お前さんは大地の民と言ったな。そういやァ、このあたりの人間ではない風体だな。私はここの城門の門番長をしているショウヤだ」
門番長のショウヤは、笑いながら大きな手をユティに差し出した。ユティも、ショウヤの差し出した手を握り返した。
ユティは、この男の事をレインから聞いていた。レインが、城下町にこっそり遊びに出る時は、必ずこの男の所に寄っていたらしい。城で働く若い侍女に変装したレインを雲の城の姫様とも知らず、親切にしてくれたと言っていた。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
一緒に頭を下げるユティとガウを見て、豪快に笑った後、ショウヤはニヤッとした。
「細っこい兄ちゃんと逞しい狼の二人連れか。どっちが主人か分からんなァ。狼の方が神様なら、兄ちゃんは巫女さんってとこか。可愛い顔してるしな」
若い衛兵が一人、慌てて門番長の袖を引いた。
「門番長。あの、それは失礼なのでは……」
門番長のショウヤは部下を怒るでもなく、飾り帽の隙間に指を入れて、頭をポリポリとかいた。
「ん、そうか……そうだな。大地の民の、えっと何てたっけ」
ユティは、ふっと微笑んだ。この門番長は、部下からも慕われているらしい、そうでなければ部下が上の者のする事に口を挟む事などできるまい、とユティは思った。これは、上手くいくかもしれないと、この男に成り行きを任せてみようと考えた。
「ユティと申します」
「そうそう、ユティさんだ。失礼な事を言ったお詫びと言っちゃあ何だが、いい考えがある」
ユティの顔を見つめながら、ショウヤはガウを指さした。
「触ってもいいか」
ガウは、ユティの返事を待つようにじっとしている。
「ガウ、触ってもいいかって聞いているよ」
ガウが、ショウヤの前にゆっくりと移動して、その前にお座りをした。大柄なショウヤの前でも、ガウの頭は胸の下辺りまでくる。ショウヤは、恐る恐る手を上げ、ガウの頭を撫でた。
「これは……大人しい、こんなに大きな狼の頭を撫でる事ができるとはな。友達にしてもらいたいもんだ」
それを聞いて、ガウはグルルルと喉を鳴らしてからショウヤの手を舐めた。ショウヤは、優しくガウの頭をもう一度撫でてから、ユティを呼んだ。
「さあ行くとするか、ちょっと飯でも食いながら待っててもらわんとならんがな」
ユティはガウと共に首を傾げた。
「何を待つんですか」
ショウヤが、ニヤっと笑った。
「なーに、城の偉いさんを一人知ってるんだが、その人に人間の言葉が分かる狼の話をしたら、きっと興味を持つだろうし、城の中にも招待されるかもしれんぞ」
ショウヤの言う偉いさんと言うのが誰なのか、ユティは気になった。
「偉いお方が、狼などに興味を持たれるのですか」
ユティは、遠まわしに探りを入れてみる。
「ああ、奴は城の執事長をしているんだが、そりゃあ力のある魔術師なもんで、昔っから神秘的なもんには眼がないってとこさ。ああ、奴は俺の幼なじみなんだ。今は偉いさんになっちまったが、この城下町で生まれ育ったんだ。話の分かるいい奴だよ」
ユティは、レインが話していたタナトシュと言う執事の事だろうと思い当たった。そうならば、雲の王の直ぐ近くにいるということで、闇の妖精に身体を支配されていてもおかしくはない。気を引き締めて、じっくり観察せねばならない相手になるだろうと思った。
「その方にお引き合わせ願えるのですか」
「おう。いつもの通りなら、今夜辺りこっちに下りてくるだろう。俺に会いにナ。その時に話すとしよう」
ショウヤは、人懐っこそうな笑顔で頷いた。ユティは、この大きな男が気に入り始めていた。なぜか、どこかで会った様な、よく知っている人に似ている様な、不思議な気持ちがしていた。
ユティとショウヤの真ん中で、首に付けた皮の首輪をユティに握られながら、大人しくついてくるガウは、二人の会話を右に左に首を動かしながら聞いていた。
後に残された衛兵達が、口々に門番長を呼んだ。
「門番長。そんな事して大丈夫なんですか。門番長、相手は狼なんですよ。檻に入れたほうがいいですって」
大男の門番長は、ヒラヒラと手を振った。
「大丈夫さ。この狼は、俺の友達だからな」
何となく、どこかで会ったような気がする人っていませんか?
もしかして、自分の一番身近にいる人に似ていたりって事かもしれません?