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雨のリズム  作者: 海来
75/94

[75] 初恋

フーミィは、王の木と女王の木がある丘に、ユウリィエンと共に残っています。

 かつて父であり、母であった木が、ユウリィエンの目の前に伸びていた。冬の枯れ木のようではあっても木の内部から温もりが伝わってくる。葉も花も何も無いはずの木に、たった一つだけ幹に突き刺さるように緑色に輝く小さなコインが見て取れる。

 ユウリィエンは、それに手を伸ばしかけては、引く、それをもう何度も繰り返していた。

「私に、この緑の王の紋章を受け継ぐ事が出来るだろうか。まだ、こんなに未熟なのに……」

 フーミィは、王の木の根元に座り込んでいた。

「お父さんとお母さんが木になるところを見て、取り乱したからだね」

 ユウリィエンは、小さく頷いた。

「王たるもの、どんな事にも動じてはならない。私は……叫んでしまった……我慢する事など出来なかった……そんな愚か者が王では、緑の民は報われない。この領域は救われない」

 フーミィは、じーっとユウリィエンを見つめている。その視線に気付いて、ユウリィエンは大きく息をついた。

「何が言いたい。その大きな黒い瞳に見つめられると、まるで責められているようだ」

 フーミィは、立ち上がってユウリィエンの手を握った。

「ユウリィエンは面白いね。どんな人なら、お父さんとお母さんが木になってしまうのを見て、叫ばずにいられるのかな。普通は叫ぶよ」

「しかし、私は普通の人々とは立場が」

「うんん。きっとユウリィエンのお父さんだって、ばばさまが木になった時、叫んだはずだよ。ヤズアーさんに聞いてみればいいよ。それとも、ばばさまに聞く」

 フーミィの言葉と共に、心の癒しの魔法がユウリィエンに染み込んでいった。フーミィは、自分が握っているユウリィエンの手を、王の木の幹に持っていった。

「さァ、もう大丈夫だよね。ユウリィエンは、とてもいい王様になれるよ、きっと」

「そうだと……いいな……」

 ユウリィエンは自分を励まして癒してくれる目の前の少女に、眼を奪われていた。

 日の光を受けて青みがかる短い髪、キラキラと輝く大きな黒い瞳、抜けるような白い肌。自分の中に、このみずみずしい生き物を愛しいと想う気持ちが湧き上がってくることに、ユウリィエンは驚いていた。

 このように、抑えることの出来ない感情で、異性を想った事など一度も無かった。自分は、王となる者にふさわしい女性を娶るのだろうとしか、考えたことはなかったのだ。まさかと首を振ってその思いを断ち切ろうとした。

 そして、その勢いで幹に突き刺さった緑の王の紋章を引き抜いた。

「父上は、ヤズアーに自分の言葉を託してくれた」

 フーミィが頷く。

「緑の王の紋章は、己の身の内で守っても、外に置いてもよい、と……ただ、生まれ変わり、後々まで領域を見守りたいなら身の内で守れ、だったよね」

 ユウリィエンは、振るえる手で緑の王の紋章を握っていた。

「私は、この領域をいつまでも見守りたい」

 そう言うが早いか、ユウリィエンはシャツの胸をはだけて、自分の心臓の上に緑の王の紋章を強く押し付けた。緑の王の紋章を、その身に取り込む方法は、ヤズアーが教えてくれた。かなりの痛みが伴うとも話してくれたが、その想像以上の熱さと痛みと苦しみに、ユウリィエンは喘いだ。

「クッあつっ……熱いっ……クアッ」

 ユウリィエンは、その場に倒れこんだ。

「ユウリィエン、しっかりして」

 フーミィは、倒れこんだユウリィエンの身体の下に手を入れ、抱上げる。

「フーミィ……胸が、熱い……苦しい……たすけて……」

 フーミィは、自分の腕を鷲掴みにしているユウリィエン手を、優しく摩った。

「大丈夫だよ。きっと上手くいくから。僕が一緒にいてあげる、だから頑張って」

 フーミィの呼びかけに小さく頷いた後、その身体をフーミィに預け、ユウリィエンは意識を失っってしまった。手の力が緩んで腕からするりと離れると、ユウリィエンの白い胸のちょうど心臓の辺りが、ぼんやりと緑色に輝いているのが見えた。

「ユウリィエン……よく頑張ったね。やっぱり、立派な王様になれるよ」

 フーミィは、この丘に来た時と同じ様に、今度は新たなる緑の王をその手に抱いて立ち上がった。

 バサッという音とともに、フーミィの美しい青い翼が開く。

「さあ、お城に帰ろう……」

 辺りをまた細かな霧が薄くおおている。









 柔らかな陽射しが差し込む部屋に大きな天蓋付きのベットが置かれている。ベットの上に、青白い顔のユウリィエンが眠っていた。傍らには、フーミィがその顔を眺めながら、額に手を当てている姿が見える。

「ユウリィエン……このまま癒していてあげたいけど、僕達行かないといけないんだ……ユウリィエンが頑張っている間に、必ずヒルートを連れ戻すね」

 キートアルとフィーナが、フーミィの後ろでその光景を眺めていた。

 キートアルは、フィーナに目配せすると、大きな窓をゆっくりと開いた。

「さ、気をつけて行っておいで。フィーナ、そしてフーミィ……二人ともありがとう。君たちのおかげで領域も少し元気を取り戻したようだ。二人の力が城や領域に巣くっていた闇の妖精を追い払ってくれた。感謝してもしきれないよ」

 ユウリィエンの額から手を離そうとしたフーミィの手が、ギュッと握られた。振り返るフーミィの瞳は、しっかりと開いたユウリィエンのエメラルド色の瞳に見つめられた。

「フーミィ……ヒルートが戻ったら……君も、この城に戻ってきて……私の……」

 フーミィは、不思議そうにユウリィエンを見つめ返し微笑んだ。

「僕はね、きっとユウリィエンにも、キートアルにも会うことはないと思うよ。そんな気がするんだ。ターカとリアルディアに行かなきゃならないから。でもね、ずーと忘れないよ。大切な友達だからね。それに、緑の領域もヒルートが戻ってくれば前みたいに美しい姿に戻るし、心配ないよ。ね?」

 ユウリィエンは、もう一度フーミィをジッと見つめた。

 その瞳の中に、何か言いたい事を包み隠すかのように、瞼を閉じた。

「私も忘れない……一生……この瞼の裏に刻んでおくよ……さぁ、飛び立っていけ」

「頑張ってね。ユウリィエン」

 フィーナが、二人に向かって深々とお辞儀をしたが、瞳を閉じたままのユウリィエンには、見えていなかった。窓の外には竜になったフーミィと、その背中にしがみ付くフィーナの姿があった。二人に向かい、キートアルが魔法のウェブを掛けて、フィーナをフーミィの背中に固定した。

 大きな音と共に、突風が部屋に吹き荒れた。空高く舞い上がった竜が、咆哮をあげる。霧雨とともにぐんぐんと小さくなっていく青い点を、キートアルはいつまでも見ていた。

「兄上、行ってしまいましたよ」

「…………」

 何も答えない兄を、キートアルは振り返って見た。ユウリィエンの顔のちょうど下あたりに、濡れた後を見つけると、見て見ぬふりをして、もう一度窓の外を見る。

「兄上、初恋というのは、切ないものでしょう……」

「なっ何を」

 顔を上げたユウリィエンの瞳は、真っ赤になっていた。

「兄上は真面目で面白みの無い方だと思っていました。恋する事も無く、いつか政略結婚でもするのだろうと……それが、相手が竜とは、それもフーミィは元々魔法の生き物だ。やはり兄上は父上に一番似ている」

 ユウリィエンは、それまで落ち込んでいたのも忘れたように拳を握ってキートアルを睨みつけた。

「キートアル。何を勝手な事を言っている。私はフーミィのことなど」

 キートアルから眼を移し、ユウリィエンは開け放たれた窓の外を見つめる。

「何とも思っていない……。それに何だと、面白みの無い人間、私が。そうかもしれんな。今からでも、面白みのある人間になりたいものだ……」

「……ええ」

 キートアルは、微笑みながらユウリィエンの近くに寄った。

「では、兄上、何から始めますか」

 ユウリィエンが、さっと手を振ると、両手に液体の入ったグラスが現れた。

「キートアル、果実酒などどうだ。貯蔵庫の最高品を頂戴した」

「ほう、兄上が昼間からこんなに濃い酒を飲まれるとは……どんな楽しい話が聞けるのでしょうね」

 ユウリィエンが、フンっと鼻を鳴らす。

「私の失恋話に決まっているだろう。明日の即位式までは、そこらの若者でいさせてくれ」

「はい、兄上」

 ユウリィエンは、自分の胸を押さえ、瞼を閉じる。

「私の初恋が……聖なる水の者であり心の癒し手であったとは、領域のこの状況がそんな思いにさせたのだろうか。もしかして、恋ではないのかもしれん。そうだ、父上も聖なる水の者に満たされたではないか……私も、同じなのかもしれん」

 キートアルが、思わずプッと噴出した。

「兄上は、往生際が悪すぎます。その思いは恋ですよ」

 ユウリィエンは、キートアルの断言するような言い方にムッとした。

「何故、なぜ、そのように断言できるのだ」

 キートアルは、溜め息をついた。

「あにうえ、兄上は行かせたではないですか」

 ユウリィエンは、眉をひそめた。キートアルが、兄の目の前で人差し指を振って見せた。

「助けて欲しいと言えばよかったんです。緑の王となるにはフーミィの助力が必要だと、領域が保てなくなるからと、引き止めれば良かったのですよ」

「そんな事、出来るはずがない。彼女は……想い人の所に戻る事しか考えていなかった。早く行かせてやらねばならぬではないか」

 キートアルは、果実酒を一気に飲み干した。

「そこですよ兄上。兄上は、自分の気持ちよりも彼女の気持ちを優先させた。領域のことよりも、王としてのこれからよりもです。違いますか。それは、恋とか愛とか呼ぶんですよ……一般的にはね」

 ユウリィエンも、一気にグラスを空にした。

「そんなものか……」

「はい間違いなく。兄上、おかわりを頂けますか」

 キートアルは、にこやかにユウリィエンを見つめた。

「ああ、もう少し話を聞いてくれるならな」

「ええ、明日の即位式までなら、お付き合いしましょう」









 空高く飛び続けるフーミィに、フィーナは小声で話しかけてみた。

(聞こえるといいけど)

「フーミィ……ユウリィエン様のこと、タカ様には秘密にしておくから大丈夫よ」

『ユウリィエンのことを。何で』

「何でって……ユウリィエン様は、フーミィのこ……まさか、フーミィ気付いてないの」

『何を』

(言った方がいいの。言わない方がいいの)

『ねェ、フィーナ、何言ってるの。僕の分かるように話してよ』

「いえ、いいの。私の勘違いみたいだわ。ごめんなさい」

『変なフィーナ』

(申し訳ありません、ユウリィエン様……フィーナにはどうする事も出来ません)

 それまでと変わりなく、青竜は飛び続けていた。


























さあ、緑の紋章を持ってリクとタカの元へ戻る二人。

残る紋章は、雲の紋章……

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