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雨のリズム  作者: 海来
70/94

[70] ユウリィエン

キートアルが治める地域へ降り立った、フィーナとフーミィの前に……

 月の無い夜空を旋回し、降りる場所を探していた青竜フーミィは、遥か彼方から聞こえる竜の咆哮にピクっと身体を振るわせた。とりあえず着地するのにギリギリの、小さな空き地に降り立った。

 青竜の身体は、美しい女性の身体に変化する。フーミィは、辺りをぐるりと見回して、首をひねった。

 先日、緑の領域を通った時は、みずみずしく美しい緑の森だったはずが、辺りの木々は生気を失い、まれに枯れ果てた木さえ見ることが出来た。こんなに短期間に、変わり果ててしまうことなど考えられなかった。

「空から見た時から、おかしい事には気付いてたんだけど……ひどいな……どうしたんだろう?」

 フーミィの背中にロープと魔法のウェブで固定されていたフィーナは、疲労と恐怖でその場にペタリと腰を下ろしてしまった。

「フーミィ、ありがとう。ここからは歩かなくてはダメね……でも、ほんの少しだけでいいの、休ませて頂戴。ちょっと、歩けそうに無いわ……」

 フィーナの瞳には、疲れの為に涙が滲んでいた。

「うん……」

 手を地面についたフィーナは、カサカサと乾いた草葉が掌に感じる事を不思議に思った。

「あら? なにこれ……あっ森が、森が枯れている……、フーミィ、これはどういうこと?」

 フーミィは、夜空を見上げ何かを考えているようだ。

「フーミィ? どうしたの? 何か分かるの?」

「違うんだっ。ローショとシルバースノーが呼んでる……ソラルディア全土の竜に空の城に集まれって……竜族の女王を助けて欲しいって叫んでるんだよ」

「まァ……スカイ様達に、何かあったのね……あなたも行くの? でも、あっ、まさか此処も……闇の妖精に?」

 フーミィは首を振った。

「分かんないよ、でも、僕はフィーナと一緒にキートアルの城に行くから。そしたら、森が枯れてるのがどうしてなのかも分かるかもしれない」

 フィーナは、フーミィの背中で力を入れすぎたために強張ってしまった体をゆっくりと立ち上がらせた。

「ありがとう。そうね、あなたがいてくれないと、タカ様とリク様のところに戻れないもの」

「うん、僕はフィーナと一緒。心配しないで」

 フィーナに手を貸し、少し休めるところまで移動しようと歩き始めた二人の前に、何かが音もなく現れた。身体にフィットした薄緑の衣服に身を包み、目深にフードを被った人物は、じっとフィーナを見つめている。

「フィーナか?……」

「……」

「最果ての森のフィーナかと聞いているっ」

「は……い……」

 フードの人物が、その顔を露にした。腰まであるエメラルド色の長い髪が、夜風にサラリと揺れ、同じエメラルドの瞳が瞬きもせずにフィーナを見つめている。

「ユウリィエン……さま……でございますか……?」

「その様だな。久しぶりで、私にもお前だと確信が持てるまでに時間が掛かった。美しくなったな。だが、その髪は、どうしたのだ?」

 以前は栗色だった髪が、何故白くなったのかを今一度思い出してフィーナは俯いてしまった。ヒルートを一人で逝かせてしまった辛い記憶が蘇る。

 フーミィが、優しくフィーナの肩を抱き、不思議そうに首を傾げている。

「フィーナ? この人、誰?」

 ユウリィエンが、さっと腰を折った。

「これは、これは美しい方、申し遅れました。私、緑の城の第一皇子ユウリィエンと申します。どうぞお見知りおきを……」

 ユウリィエンは、フーミィの手を取ると、その手に口づけた。

「なんと柔らかい肌。……到底、竜のそれとは思えません……」

 ユウリィエンは微笑んだが、そのエメラルド色の瞳は、全く笑っていなかった。探るように、フーミィの真っ黒な瞳を覗き込んでいる。その視線にもひるむ事無く、フーミィは笑った。

「当たり前だよ。今の僕は、人型なんだ、普通は柔らかいでしょう人間の肌って。でもね、いつでも、固く出来るんだよ。ホラっ」

「……ガハッ!!」

 フーミィは、ユウリィエンの手を硬いウロコで覆われた手で強く握ってから、すっと放した。

「だめだよ。僕、馬鹿にされるのキライだし、心を探られるのもキライだよ」

 ユウリィエンは、痛む片手を抱え込みながら、少し後ろに下がった。

「フィーナ、お前はなぜこの竜と一緒なのだ? ヒルートの屋敷を離れて、キートアルの城に近いこの様な場所で何をしている。答えろっ!!」

 フィーナは、少し困惑していた。ここ何年間も出会っていなかったとはいえ、あの沈着冷静で弟のヒルートにもさりげない優しさで接し、召使の自分達家族にも優しかったユウリィエンが、こんなに激しく怒りを露にしたり、あからさまに人を疑るような態度を取っている事が、納得いかなかった。

「ユウリィエン様……あの……私達……、あっ、この人は、と言いますか、この竜人りゅうびとはフーミィと言います。ヒルート様のご友人のタカ様が、フーミィの想い人でございます。フーミィは、想い人を持って、竜人りゅうびととなったのでございます。決して、怪しい者ではございません」

 自分達がここに来た理由を、言うわけにはいかなった。緑の紋章を奪いにきたなど、口が裂けても言えるはずはない、相手は緑の城の第一皇子、次代の緑の王なのだ。

「では、ここに来た訳を聞こう」

 ユウリィエンが、そう言った時、木の枝が揺れた。ユウリィエンとよく似た格好の人間が一人、木の陰から現れてフードを取った。

「キートアルではないかっ! 帰りが遅いので、皆気を揉んでいるのだぞ」

「申し訳ありませんでした、兄上。わが城の事も気になっておりましたもので、少し回り道を致しておりました」

 ユウリィエンは、眉間にシワを寄せ、キートアルを睨んだ。

「そんな事だろうと、移動の魔術を使ってここまで来たのだ」

 キートアルがフィーナに視線を向けた後、ユウリィエンに頭を下げるが、それを見なかったようにユウリィエンはフィーナを指さした。

「お前を探しに来たら、珍しい人物に出くわしたところだ。しかし、緑の城の大事に、お前は自分の身重の妻の心配だけをしているというのか? 見上げたものだな」

「兄上……私はその様な……いえ、申し訳ありませんでした。帰りが遅くなった事に変わりはありませんね」

 ユウリィエンが深い溜め息をついた。

「すまない……キートアル……このような事を言うつもりではなかったのに……どうかしている。ここ二日間寝ていなかったものでな……気が立っているようだ」

「城の様子は、父上は……」

 ユウリィエンは、さっと手をあげてキートアルを制した。

「そこまでだ。この二人に質問に答えてもらうほうが先決だ。ヒルートの屋敷の召使が何故……竜と共にこの地をうろついているのか、教えてもらおうか」

 キートアルが、フィーナとフーミィを交互に見つめた。

「フィーナ、この女性は誰? お前はヒルート兄上と一緒だったはず……兄上に何かあったのかっ!!」

 フィーナは、キートアルの大きな声に、ビクッと身体を振るわせた。

「フィーナ、すまない。大声を出してしまって……しかし、何かあったなら教えて欲しい」

 兄のヒルートを思うあまりの大声だったのだろうに、びくついてしまった自分が、フィーナは恥ずかしかった。自分を落ち着かせるように、フィーナは、ゆっくりと息を吐いた。

「この人は、フーミィです。竜の想い人を持って竜人りゅうびとになりました。想い人はスカイ様と対の人間のタカ様です。覚えておいでですか?」

「ああ、覚えている。リアルディアから来た兄弟の兄のほうだろう。それで、何故ヒルート兄上と別れて此処にいるんだ」

 フィーナは、言いよどむ様に俯いていたが、決心したようにキートアルを見つめ返した。フィーナが口を開くより一瞬早く、フーミィが口を挟んだ。

「あのね、フィーナは、一緒には連れて行ってもらえなかったんだよ。彼は彼女を連れて行かなかった。フィーナは邪魔だったんだよ。自分がしたい事をするために、彼女が持ってる守り人の力の全部をヒルートは持って行った。彼のことは、フィーナには聞かないで」

 この辺りに闇の妖精がいないとは限らない。迂闊にヒルートが闇の世界に行った理由は話せない。辛い思いをしているフィーナに追い打ちを掛けている様でフーミィはとても気分が悪くなった。でも、フィーナはフーミィに微笑んで頷いてくれた。フィーナは分かってくれていると思った。

「ヒルート様は探求のために参ったのでございます。召使の私などお供できるはずもございませんから」 キートアルが、グッと拳を握った。

「兄上が探求の旅に……そうか、行ってしまわれたのか」

 ユウリィエンが、キートアルの腕を引いた。

「キートアルっ何の話をしている。リアルディアの兄弟とは何者だ。スカイと対の人間と言ったな。スカイとは、まさか空の城の皇子の事ではなかろうなっ。お前はいったい、何を隠していたのだ」

 ユウリィエンは、顔面蒼白になりながら、怒りをあらわにキートアルの腕をきつく握っていた。











 大きな木の中は、大人でも5人ほどは余裕で入れるほど大きな洞になっていた。キートアルが、魔術を使って作り出した休憩所のようなものだ。皆が座っている床には、乾いた木の葉がしっかりと敷き詰められ、柔らかくなっていて座りやすかった。

 その座りやすさの割りに、4人の表情は暗く、ユウリィエンなどは頭を抱えていた。

「今の話が本当ならば、世界を救う命が失敗すれば、ソラルディアもリアルディアも崩壊してしまうと言うことか……」

 ユウリィエンは、フーミィとフィーナからこれまでの経緯を聞いているところだ。だが、肝心のフィーナ達が此処に来た理由は、いまだに聞いていなかった。

「そこまでの話は理解したとしよう。だが、フィーナ、お前が此処にいる理由にはなっていない。その先も話してもらおう」

 フィーナは、小さな声で答え始めた。

「ヒルート様が、闇の世界に行かれたことをご報告しなければと思いましたので……まずは、私達の使命の事をご存知のキートアル様にと……」

 ユウリィエンがフィーナをじっと見つめる。

「そうか、ご苦労だったな。それでは用は終わったという事になる。ヒルートの屋敷に戻り、主の帰りを待つがよかろう……」

「いえっあの……王様に……直接お話ししませんと……」

 ユウリィエンの片方の眉が上がった。その様子に、フィーナは愛しいヒルートの癖を思い出していた。

「なんのために? 第一皇子の私が報告を受けたのだ、何か問題があるのか?」

 その皮肉を含んだ声音も、ヒルートを思わせた。フィーナは、改めて目の前にいるユウリィエンが、愛しいヒルートによく似ている事に気付いた。それに気付いてしまった事で、フィーナはヒルートへの想いが溢れ、それと共にこの数日溜め込んできた涙が、一気に溢れ出してきた。

 ユウリィエンは、フィーナの溢れる涙に、頭を抱えた。

「すまない、フィーナ……最近、疑り深くて、泣かせるつもりはなかったのだが……」

 フィーナは、そっと首を振った。

「いいえ、違います。ユウリィエン様があまりにヒルート様に似ておいでなので……つい……」

 フィーナの横に座っていたキートアルが、優しくフィーナの肩を叩いた。

「お前も辛い想いをしたのだな。可哀相に……しかし、フィーナ……ユウリィエン兄上の言っている事ももっともなのだよ。今、緑の城は大変な状態になっているんだ」

「大変な状態? キートアル様、それは……この森の様子と関係が?」

 フィーナは、空の城のウィンガーが持ってきた知らせを思いだしていたが、闇の妖精の事は自分から言い出さないでおこうと思った。闇の妖精が、空と大地の門を開き、それと同時に闇の世界への扉が開く事を狙っているなどと話すせば、各領域の紋章の事も話さずにはいられなくなるはずだと思った。

 自分達が、緑の紋章を奪いに来たと知られてしまう。特に、ヒルートによく似た、兄ユウリィエンの前では、事をうまく運ぶなどできなくなってしまいそうだった。それに、今のところ闇の妖精の気配はしない。緑の領域が衰退しているのには別の原因があるのかもしれない。














ヒルートによく似た兄ユウリィエン。

彼を欺いて、緑の紋章を手に入れることはできるのだろうか?

キートアルは味方になってくれるのか……

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