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雨のリズム  作者: 海来
68/94

[68] 誓いの剣で…

悪魔に向かっていったスカイだったが、その手を鈍らす女王の、義母の声が……

 叫び声と共に、スカイは闇の妖精の心臓目掛けて誓いの剣を突き上げた。胸に剣が届くか届かぬかの一瞬の間に声が聞こえた。

「スカイ殿、やはり、そなたは私を許してはくれぬのですね……実の弟の母を、その手にかけるほどに、憎んでいる。もう、許しておくれ、殺さないで怖いのです……」

 女王の声に、スカイの動きがピタリと止まったが、既に誓いの剣先は、闇の妖精の胸に突き刺さっていた。醜い皮膚から、紫色の液体が流れ出してくると、ウィンガーを捕らえていた指が開いて、床に落としてしまった。

「その剣は……辛い……凍えるように寒い……抜いておくれ……弟の母を、助けておくれ……」

 スカイは、躊躇っていた、本当に女王の意識が戻っているなら、リクと合流できるまで女王をこのまま生かしておいてやりたかった。そう思えば思うほどに、誓いの剣を握った腕は震えてきた。

 その時、スカイの震える手に、血にまみれた小さな手が重なった。ウィンガーは、ふらつきながらもスカイの手を握り締めている。

「兄上、これは母上ではないっ母上は私に殺してくれと、悪魔に心を奪われる前に殺してくれと頼んだのです。これはっこれは母上ではない」

 ウィンガーは、スカイの持つ誓いの剣を、闇の妖精の心臓に深く突き刺した。

「グォオオオオ」

 闇の妖精は、咆哮をあげると、その場に崩れ落ちた。身体を痙攣させ、誓いの剣に貫かれた胸からはおびただしい量の紫色の液体が噴出していた。徐々に身体は小さくなり、紫色の液体は、血の色に変わった。そこに横たわっているのは、白い肌を血の色に染めた、中年の女性、空の城の女王だった。

「はっははうえ……」

 ウィンガーは、スカイから手を放し、母親に駆け寄った。

「母上、母上」

「……ウィ……ガー……。ありがとう……スカイ……様……ありがとうございます……」

 女王は、ウィンガーの手を握り締めた後、完全に眼を閉じた。ウィンガーが、母親の手を握り返す……すると、その手がだんだんと灰色に変わり、窓から入り込む風に流され崩れていった。

「あっあっ……ははうえ……が」

 スカイは、弟を背後からしっかりと抱きしめた。

「お前の母は、長い間苦しんでおられたのだ。今やっと解放された、お前の愛によってな」

 ウィンガーは、身体を震わせて泣いている。そのうちに二人の目の前から、女王であったはずの灰は全てなくなっていた。目の前で起こっていたことに、眼を奪われ父王の事を忘れていた事にスカイは、ハッとして父王の方へ振り返った。

「ティルズ、父上は」

 ティルズが、額に手をやって小さく首を振った。既に、ローショとシルバースノーも王の元に駆け寄っていた。スカイは、ウィンガーの手を引き、父の元にやって来た。

「ティルズ、なぜだ、癒せなかったのか。お前の腕を持ってしても……そんな馬鹿なこと……」

 ローショが、自分の父に代わるように顔を上げた。

「スカイ様……陛下は、頭の中の血管が激しく損傷を受けた為にお倒れになられました。その損傷箇所があまりに多すぎて……最後にシルバー様と私も癒しに入ったのですが……申し訳ございません……」

 シルバースノーが、そっとスカイの肩を抱いた。

「ごめんなさいね……力が及ばなくて」

 スカイに手を引かれていたウィンガーが、その場に座り込んでしまった。大きく肩を震わせ、さらに泣き始める。

「あに……うえ……母を、母を許して…やってっ…ください……おねがっ…ひっくっひ……ちちうえまで……母上は殺してしまったっあああ」

 ひどく首を振りながら、泣き叫び始めたウィンガーを、スカイは自分の腕の中に引き寄せ強く抱きしめた。

義母上ははうえは、私の母を殺してなどいない。そんな事の出来る方ではなかった。優しい人だったんだ、昔からずっと……」

 話し方はしっかりしているものの、スカイの声は、泣いているのは明らかだった。

義母上ははうえは、父上を愛していた。きっと、私の母がこの城に后として迎えられる前からずっと……、父が母を娶った時、どんなに辛かったか……」

 スカイの言葉に、泣いていたウィンガーの声が、詰まった。

「兄上は…ヒック…知っていたのですか……」

「ああ、義母上ははうえは、私の幼いときのお守り役だった。私が幼い頃の父にそっくりだと、よく頬擦りしては頭を撫でてくれた。身体の弱かった母を持つ私には、母親代わりのような人だった」

「知らなかった……」

 ティルズが、顔を上げた。

「そんな中、空の城の議会を動かしている大臣達の間で、世継ぎがスカイ様お一人では不安だとの意見が出始めたのです。陛下は、それを聞かないわけにはいかなくなった」

「そんな勝手な……兄上のお母様が……かわいそうだ……」

「それでも、身体のお弱かったスカイ様のお母上の代わりになる第二婦人が必要だったのです。その時、陛下と幼い頃から共に育ってきたウィンガー様の母上に白羽の矢が立ったのです」

 スカイは、ウィンガーを自分の方に向かせた。

「その時、義母上ははうえは喜んではいなかった。私の母と私に申し訳が無いと、何度も泣いていた……優しい人だったから……」

 スカイとティルズの話を聞いて、ウィンガーの状態が少しずつ落ち着き始めていた。

「あにうえ……母をゆるしてくれるのですか……」

 スカイは、ウィンガーの瞳をじっと見つめた。

「許すも何も、義母上ははうえは何もしていないじゃないか。全ては闇の妖精の仕業、誰が悪いわけではない。いいな、ウィンガーお前も自分の母を責めてはいけないんだよ、絶対にな」

 ウィンガーの瞳から涙が零れ、静かに頷いた。紋章の間に、響く空の城の移動音はグォーングォーンと唸っていたが、その中に新たな音が混じっている事に、ローショとシルバースノーだけが気付いていた。

 二人は、窓に近寄って外の物音に耳をすます。

「ローショ……私が見てくるわ。貴方はここに残ってスカイとティルズに話して頂戴」

「分かりました。お気をつけてシルバー様」

「ええ、大丈夫よ」

 シルバースノーは、念のためにもう一度、身体全体を黒く変化させ、闇夜に飛び立って行った。それに気付いたスカイが窓の方を向いた。

「ローショっ、スノーは何処へ行ったんだっ」

 ローショは、少し怒りを表しているスカイに頭を下げながら、父のティルズにも合図を送り、スカイの近くへ寄った。

「スカイ様、先程より城の下方からの音が激しくなってきております。城が移動している時の音だけではない様に思えます」

 スカイが眉間にシワを寄せた。

「何の音か分からないのに、お前はスノーを行かせたのか」

 ローショは、落ち着いた表情のまま、スカイの前に跪いた。

「申し訳ございません」

 スカイは、首をブンブンッと振るとローショに立ち上がるように言った。

「もうういい、スノーはお前が言ったところで言う事を聞くはずが無い。私の言う事も聞かないのだからな……で、その音は、何の音だと思うんだ」

「何か、岩がこすれ合う様な音なのですが、かなり重い音です。私には見当がつきかねます」

「ティルズ、思い当たる事は」

 ティルズは、小さく首を振っただけだった。空の王の死によるショックから、いまだ立ち直れないティルズは、自分がもっと若かったなら、このように立ち上がれないほどのショック状態にはなっていないのではないかと思えた。次から次へと起こる出来事の中で、悲しみや憎しみでさえも置いていかれてしまうのが若さと言うものなのだろう。今、自分の目の前にいる若者達の様に……。立ち上がる事もままならぬ自分は、もう年老いてしまったとつくづく感じていた。

「父上、歳などと考えておられては困ります」

 ティルズは、ハッとして顔を上げた。

「まだまだ父上には頑張って頂かなければならない事が沢山起こるはず。どうか、私達を……いえ、私を助けてください。お願いします」

 わが息子の顔が、穏やかに自分を見つめている。見た目はローショであっても、その表情には、父である自分をも越えた深い慈愛が感じられた。

「ローショ……お前は、いつから竜人りゅうびとになった。つい最近までのお前とは……何もかも違っている……全てを見透かすような深い瞳……」

 ティルズは、聞かずにはいられなかった。生まれたときからいつかこんな日が来ると感じてはいたが、こんな形で現れるとは思っていなかった。

「父上、私は何度も転生を繰り返し、何度も何度も色々な人生を歩み、あなたの息子として、今あるのです。初めての父の名は、大地の魔術師トワイシィ、時の魔術師でもありました。私はある使命の為に、この時代になって、再び竜人りゅうびととなったのです」

 ティルズの目が見開かれた。

「大地の魔術師トワイシィだと……なんと……お前は、竜の女王ミーシャ……」

 ティルズの身体はガクガクと震え、顔色は真っ青になっていった。

「なんと、恐れ多いことか……」

 空の城で長年にわたり王の執事として働き学び続けてきたティルズにとって、空竜族の最後の女王ミーシャはあまりにも大きく遠い伝説であった。

 ティルズは、ローショの手を握るとそのまま頭を下げてしまった。

「父上……何も恐れ多いことではないでしょう。私はあなたの息子のローショです。生まれた時も、そして今も、それは変わらない。私の背中に金のウロコがあっても、あなたは母と共に私を愛してくれたではないですか……だから、父上、今少し私を助けてください」

 ローショの言葉を耳にして、頭を上げたティルズの顔には息子を誇らしく思う父の表情が戻ってきていた。

「ありがとう、ローショ……私はまだ頑張らねばならんな」

「ええ、お願いします」

 父と子が、しっかりと手を握る中、シルバースノーが慌てて飛び込んできた。

「大変だわ。城の下層部が上層部と離れようとしてる。少しずつ回りながら、下に降りて行くわ」 

 部屋の中に一気に緊張が走った。スカイは窓に駆け寄った。

「何故だ……闇の妖精はまだ何か仕掛けていたのか」

「分からないわ。でも、下層部には浮遊する為の魔法も、空の紋章もない。離れたら……」

「城の下層部には、一般市民が住んでいる。このままにはしておけない……止めなければ、皆が死んでしまう……」

 スカイは、呆然と天井を見上げながら、考え始めた。ティルズが立ち上がった。

「下層部が離れるだと……こんな事は、聞いた事が……いや」

 ティルズは、しばらく黙り込んだ。ティルズの手が、宙を彷徨い、何かを探し当てた。胸の前に置かれた手には、何かを持っているようだが、何も見えない。

 本のページを素早くめくるように動いていく。

「遠視の魔術か……」

 不思議な様子のティルズに眼を向けて、スカイが呟いた。

「遠視の魔術って遠くのものを手元にあるように見られる魔術よね。ティルズは何を見てるのかしら、本をめくっているように見えるわ」

 ローショも頷いた。

「多分、空の城の大図書館にある秘密の部屋ではないですか」

 スカイは、もう一度、天井を向いてポツリと言った。

「王とその執事にだけ扉は開かれる。私は一生入ることはないだろう」

 スカイは、イライラしながらティルズの様子を窺っていたが、いても立ってもいられなくなったのか、窓から身を乗り出し、シルバースノーを振り返った。

「スノー、乗せてくれ。私も様子が見たい」

 その時、ティルズの目が開いた。

「スカイ様、お待ちくださいませ」

「ティルズ、何か分かったか」

「はい……」

「止める方法はあるのか。何故こんな事になっている。早く言ってくれ」

「…………」

 ティルズの顔が、険しくなって、苦しげに歪んだ。

















浮遊城がバラバラに?

勝手に動き出している空の城は、どうなるのか?

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