[62] ごまかさないで
ユティは何を伝えに来たのか、リクはどこまで分かっているのか……
何かを隠している様なリクの態度が……
ユティが、リクをじっと見つめてから、ゆっくりと話し始めた。
「空と大地の門、それは古の時代からこのソラルディアとリアルディアを繋ぐと言われてる移動の扉の名称ですが、何処にあり、何時開くのかは、謎だった……」
リクは、ユティの視線に答えるように見つめ返した。
「そして、今その謎は解けたんだ。門は開く、そして、その門をくぐるのは、リアルディアの王だ……必ず、兄ちゃんには帰ってもらわないと困るんだ」
タカが、話に割って入ろうとするが、ユティに遮られてしまう。
「しかし。我々は、それを黙って見ているわけにはいかないのです」
「なぜ……」
ユティの表情が険しくなった。
「リク。あなたは知っているはずだ。空と大地の門が開く時に開く、もう一つの扉の事を!!」
「……」
タカが、ユティを押しのけてリクに迫った。
「どこまでも隠せるはずはないんだぞ。お前が話さなくても、ユティさんが教えてくれる」
タカに肩をつかまれ、身体をゆすられながら、リクは苦しげに眉を寄せた。
「どうして……ど…して、そんなに急かすんだ……」
「どうしてって、当たり前だろう、空の城の事も、大地の城の事も、時間がないって事は、お前が一番分かってるはずだ」
リクは、タカの手を振り払って、ユティを睨んだ。
「俺に言わせてーんだろうっ! 自分達の分からなかった事まで、俺が知ってるかもしんねーって考えてる。そうだよなっ」
ユティは、黙って小さく嘆息した。
「私達炎の民は、長年に渡って闇の世界への扉を守ってきたのです。それが、我々の使命なのですよ。確信が欲しいのです。闇の世界への扉が開くことはないと……」
リク以外が、皆、ユティの言葉に息を呑んだ。リクは、首を振って横を向いた。
「確信なんて、俺にもネーよ。時読みの瞳は、未来の断片を俺に見せるんだ。全てじゃない……その断片が合わさった時、それはすでに終わっているかもしれない……確信? 笑わせんな」
その時、レインがリクの前に来て、そっと手を取った。
「リク……あなたは見たのね、雲の城で起きる未来の断片を……空の城で、緑の城で、そして、大地の城で起きる未来の断片……」
レインの瞳は、苦しげにリクから何かを読み取ろうとでもするように揺れ動いた。
「お父様に何かあった? 雲の紋章にも? それをはっきりと言わないのは、私を気遣っているから?」
リクは、そっとレインの身体を抱え込むと、レインの髪に自分の顔を埋め込んだ。
「レンの匂いがする……」
「ごまかさないで……」
「ごまかしてない……ちょっと、落ち着きたいんだ……少しだけ、時間がほしい……」
(何の時間?……)レインは、心の中で湧き上がっていく不安と、疑問、ハッキリしないリクへの不満、それを打ち消すかのような、リクの腕の温もりの安心感に揺れていた。
二人の様子を、黙って見ていたタカは、空を見上げていつもの思考を巡らせ始めた。フーミィは、誰もが忘れている警戒を怠らぬように気を張っていた。フィーナは、闇の世界への扉と聞いたときから震えだしている、自分の手を固く握るのに意識を集中していた。
そんな中で、ユティだけが、リクとレインを優しい眼差しで見守っていた。
「リク……申し訳ありませんでした……あなたも苦しいのですね、時の魔術師。普通であれば、長い時をかけて成長していくものなのに……あなたには、時間がなさすぎる……」
ユティの声は、とても優しく、心地よくリクの耳に届いた。時を急いた事を詫びる気持ちと、リクを労わる想いが伝わってくるようだった。
「ユティ、あんた変わったな。自信ってか、余裕を感じる大人ってのかな?」
ユティは、フッと笑った。
「以前の私は、何時までも幼い自分の見た目に卑屈になっていただけです。でもリク、あなたが変えてくれた。賢者ユティとなれと言ってくれた。それに、元から私は60才を過ぎているのをお忘れですか?」
リクがククッと笑った。
「立場は、時として人を変える。俺も変わったはずだったんだけど、13才じゃちょっと無理も多いや。ちょっとの事でも、気持ちが揺れる……」
「いえ、あなたは立派に成長されている。この数日の間に、どれ程の未来と過去を見られたか……でも、それが、あなたの力になる」
「ああ……」
リクは、レインをすっと放した。
「レン、ありがとう落ち着いた」
「そう、よかった……」
リクは、不安そうなままのレインを見つめ、目を細めた。
「レン、まだ言わないつもりだったけど、こうなっちゃ仕方ないから。ごめんな」
レインは、瞬きもせずにリクを見つめ返した。
「……な、に……」
「雲の城に帰って、雲の紋章を持ってくるんだ」
レインの表情が硬くなる。
「一緒に……いってくれる?」
「いや、俺は行けないっ、大地の城が俺の目的地だ」
レインの言葉を最後まで聞かずに、きつく見つめるリクを見て、レインの真っ黒な大きな瞳に、見る見るうちに涙の粒が膨れ上がる。その涙の粒は、それを拭おうと差し出したリクの掌に落ちた。
「いやよ……リクが一緒じゃなきゃ……いや……」
リクは、レインの頭をギュッと抱え込んだ。
「時間がない。スカイは空の城に行って戦う事になるだろう。レンにも戦いが待ってる」
リクの腕の中で、レインが首を振った。
「できないわ! 無理よ、どうやってっ……っ」
リクは、レインの髪を優しく撫でる。
「レン……レンは、俺に会いに来てくれた。長い年月、色んな物を用意して、たくさん勉強して、扉を一人でくぐる冒険までして、俺に会いに来てくれたじゃないか」
「……それは、リクに会いたかったから……だから、離れるなんてできないっ」
「いや、できる。俺の為に、雲の紋章を取ってきて。レンにしかできない、レンしかいない」
タカが、二人の方を見た。
「リク、お前がさっき俺に何も言うなと言ったのは、このためだな。レンちゃんに一人で雲の城に行けと言うのを、遅らせたかったってとこか?」
リクは、情けなさそうな表情をタカに向けた。
「痛いトコ突くなよ」
リクが、レインを抱える手を少し強めた。
「そうだよ、俺だってレンと離れるのは辛いんだ。レンを一人でなんて行かせたくない。心配で死んじまうかもしれねー」
タカは、呆れたように肩をすくめた。
「でも、離れなきゃならないだろうな。レンちゃん以外に、そう簡単に雲の紋章を手に入れられる者は、この中にいないからな」
リクは、頷いた。
「俺と兄ちゃんは、大地の城に行かなきゃならない。フィーナは、フーミィとキートアルのところに行って話をつけてから、緑の紋章を取りに行って欲しい」
フィーナが、固まっていた身体をビクッと振るわせた。
「私ですか? 私は……闇の世界への扉が開くなら、そこに行かなければなりません。あの人を待たなければ」
震える声で話すフィーナを、フーミィがそっと支えた。リクが分かっているというように頷いた。
「緑の紋章を持って扉が開くまでに戻って欲しい。それが、あのひねくれ者を助ける唯一の手段になるかもしれないんだ」
「そうなのですか? 本当に? あの人を助けられる?」
大きく開いたフィーナの瞳に、少しずつ希望が沸きあがってくるのが見えた。
「あの人を……大切なあの人を救えるなら……私はどんな困難にでも乗り越えてみせる。もう一度、あの人に会えるなら……」
ポロポロと零れ落ちるフィーナの涙は、もう悲しみの涙ではなく、決意の涙に代わっていた。
フーミィが、フィーナに微笑んだ。
「一緒に行こう。キートアルなら、話したら分かってくれるよ。お兄さんを助けたいって思ってくれる」
フィーナの目から、涙が溢れた。
「フーミィ、ありがとう……、私と一緒に来てね」
「うん! 僕が背中に乗せていってあげるっ」
「空を飛ぶのは……怖い……いえ……大丈夫。どんな事でもできるわ!」
フーミィはギュッとフィーナを抱きしめて、嬉しそうに笑った。
リクに頭を抱えられたままのレインの肩が、ピクっと震えた。
レインは、リクと離れることが出来るのでしょうか?
レインの心は揺れています。
でも、きっとリクの心も……