[58] ウィンガー
危険を知らせるフーミィの鳴き声。
辺りを見回す一行には、何も見えず、何も感じられない。
ただ一人、シルバースノーを除いては……
皆が、フーミィが見つめる空を見上げたが、何も見えては来ない。フーミィとは反対の方角から、シルバースノーが走り寄ってきた。
「竜だわっ……待って……この波動、ギャピーの波動よ」
スカイが、シルバースノーの言葉に振り返った。
「ギャピーだって? なぜこんな所に?」
リクが、不思議そうに聞いた。
「ギャピーって竜なの?」
それに答える事無く、シルバースノーは背中の翼を広げて舞い上がった。その姿が、背中に翼を持った人型から、美しい銀の竜へと変化していく。
「ギャピーは、空の城で育てられている子供の竜だ。スノーが可愛がっていた、何故こんな所に……」
フーミィが、スカイに走り寄った。
「スカイ。あの小さな竜、かなり弱ってるみたいだよ。フラフラしてるし、背中に人間を乗せてるみたいだ」
「ギャピーみたいな幼い竜は、人を乗せて長くは飛べない。誰がそんな無謀なことを……」
その時、空の遥か遠くに黒い点が見え始め、ドンドン大きくなってくる。小さな竜を、前足で抱えるようにしながら、シルバースノーが戻ってきた。皆の頭上のかなり上に羽ばたきながら止まっている。
『スカイ、ギャピーを受けとめるウェブを張ってちょうだい。かなり強力にね。ギャピーは意識を失ってるから、気をつけて』
スカイは大きく頷くと、タカの方を向いた。
「タカ、スノーの声は聞こえたろう。手伝ってくれるか」
「ああ、ウェブの片方は俺が持とう。作り方を教えてくれ」
タカの言葉に、スカイは自分の手をタカと組み合わせた。その後、ゆっくりと放しながら二人同時に腕を広げていく、魔術の力が絡み合った輝くウェブが大きく張られた。
「スノー、ギャピーを降ろしてくれ」
シルバースノーは、降下できるギリギリまで来ると、ギャピーを手離した。輝くウェブは、ギャピーの身体を掴みに行くように伸びていく。高い位置でギャピーの身体をつかまえたウェブは、ゆっくりと皆のいる場所まで降りてきた。その後に続いて、金色の髪の少年を抱えたシルバースノーが、人型に戻って降り立った。
「ウィンガー!」
スカイが叫んだ。
「ウィンガー、何故お前がこんな場所に? ギャピーなどに乗って遠出ができないことぐらいは知っているだろう」
スカイは、シルバースノーからウィンガーを受け取って、草の上に降ろした。タカが、自分のマントを脱いでウィンガーの頭の下に置いた。青い大きな瞳からは、今にも大粒の涙が零れそうだ。泣き出しながら、ウィンガーがスカイにすがり付いてきた。
「兄上……兄上、城に、城にお戻りください。父上が……父上が……私の母に殺される……お願いです、兄上……助けて……」
「何を言っている、ウィンガーしっかりしろっゆっくりと分かるように話してくれ」
スカイにすがり付いていた手が、ブルブルと震えてくる。
「母上は、いえ……あれは母上ではない。魔物だっ助けてっ私も殺されてしまう! 兄上ェ〜……あ・に……うえ……」
「ウィンガー!」
スカイは、ウィンガーの体を思いっきりゆすった。そのスカイの腕を、タカがグッと強く握った。
「スカイ、弟さんは気を失っている。身体も大分弱っているみたいだ」
スカイは、タカをキッと睨みつけた。
「そんな事は分かっている。しかし、今は緊急を要する。ウィンガーに事の次第を聞かなければならんのだ」
タカは、ゆっくりと首を振った。
「スカイ、ウィンガーの体と心は、俺とリクが癒しておく。君はシルバースノーと一緒に小さな竜を癒してやってはどうだ」
「それならば、私がウィンガーを……」
タカは、そっとスカイと場所を入れ替わるように身体をスカイの前に入れ込んだ。
「平常心を失った今の君に、弟さんの話は聞けない。聞いたところで、的確な判断はできないだろう。少し落ち着くんだ。彼の事は任せて」
スカイの後ろから、レインが近付いてきて、その腕を取ってシルバースノーの所に連れて行った。タカは、素早くウィンガーの全身に手をかざし、状態を調べ始めた。リクは、ウィンガーの額に手を当てて、心の中に入っていく。
タカが、フーミィをチラリと見た。
「フーミィ、周りに注意してて。今はお前の目と耳が、俺たちを守る」
フーミィは、にこやかに笑った。
「はいっ!」
リクは、暗い闇の中を歩いている。周りのものは何も見えてこない。塗りこめられた闇の中に、小さく聞こえるのは子供の泣き声……すすり泣きのような、押し殺した声。
「何処にいる? ウィンガーって言ったよな。スカイに頼まれてきたんだ。返事をして」
リクが立っている少し向こうに、ぼんやりと灯りが浮かび上がる。
「兄上? 兄上を知ってるの」
リクは、慎重にゆっくりとその灯りに近寄っていく。
「ああ、知ってるさ。お前の兄上は真面目で賢くて、優しい。時々は厳しい事を言ったりするけど、結局はお前にはすごく優しかったはずだ」
返事はないが、灯りの輝きが増した。
「今、俺とお前の兄上は、ともに旅をしている仲間だ。安心して出ておいで」
灯りの中に、先程見た金髪に青い目の少年ウィンガーが、膝を抱えて座っていた。その身体には、所々に黒光りするものが蠢いている。
「兄上は何処にいるのですか?」
ゆっくりと近付いてきたリクは、ウィンガーの肩にそっと手をのせた。
「ここは、お前の心の中だ。スカイは入ってこられない、他の誰にもな」
ウィンガーは、不思議そうな顔で、リクを見つめる。ウィンガーの身体にこびりついていたものは、リクの手から逃れるようにウィンガーの体から退いて闇の中に隠れてしまった。
(闇の妖精?……)
リクは、今見たものがウィンガーの心の中に少しずつ蓄積された闇の妖精のかけらに思えた。じっとリクを見つめるウィンガーの瞳に、穏やかさが現れ始めた。
「あなたは? どうして私の心の中に入れるのですか?」
にっこりと笑ったリクの顔は、今まで誰も見たことがないほど優しく、何者も受け入れる大きさを感じさせた。
「俺は、心の癒し手だから……ほら、俺に触れていれば怖いものなんか無いだろう」
ウィンガーは、大きく目を見開いてリクを見つめた。
「ほんとう? でも、本当みたい、怖くない。さっきまであんなに怖かったのに……」
ウィンガーは、自分の肩に添えられたリクの手に、頭をのせた。リクは、ウィンガーの金色の髪をそっと撫でると、優しく声を掛けた。
「さあ、ウィンガー。お前の弱っていた身体は、俺の兄貴が癒してくれたみたいだ。スカイに逢いに行こう」
ウィンガーの心の中に入ったリクが見たものは、闇の妖精のかけら?
闇の妖精と空の城、一体何が起きているのか?
 




